不穏が平常、バルドシティ
翌日は丸一日を訓練に当てた。
とは言っても次の日は仕事なので体に疲れが残らない程度にだが。
先日のシードマン戦で浮かび上がった課題はいくつかあるが、最も大きいのは命中率だろう。
なによりも早撃ちを大事とするガンマンだが、いくら相手より先に撃っても当たらなければ意味はない。ほとんど全ての場面で相手より先にリロードが必要になるリボルバーなら尚更だ。
そんなわけで命中率を上げるにはどうしたらいいかとマスターに連絡してみたところ“撃ちまくれ”とのありがたい助言を頂いた。
弾幕を張れという意味ではない。ひたすら撃って練習するしかないということだ。
アイアンサイトで狙って撃つ方はともかく、腰だめでの早撃ちは感覚によるところが大きい。
何度も何度も練習してその感覚を掴むしかない。
狙って撃つのが駄目という訳では無いが、抜いた銃を腰から顔の前まで持ってきてリアとフロントを合わせて撃つよりも圧倒的に速いのだ。
今はまだ使えないが、その動作がキーとなるガンマンのスペルもある。
「結局地道にやるしかねぇんだよなあ」
訓練場で模擬弾をひたすらぶっ放しながら愚痴る。
朝から撃ち続けて既に昼時となった頃。ひたすら練習を繰り返した右手は皮が剥けて血が出始めている。汚すと怒られるのでトイレ休憩ついでに手を洗い、止血剤を塗ってから慣れぬ左手で包帯を巻いていく。
ロビーを通って戻る途中、ついでに水と模擬弾を追加購入していこうとフロントに顔を出す。
「へい、弾一丁」
既に顔馴染みと言えるほどに毎日顔を合わせている店員はこちらを見もせず、しかし準備してあった模擬弾の箱を雑に叩いた。
幾度も模擬弾を買いに来るディンゴの周期を既に覚えてしまったのだろう。
「話が早くて助かるぜ」
カードを翳して支払いを済ませて弾薬箱を運ぼうとすると、上に何か乗っている。
片足立ちになり膝で支えて片腕で取ってみると、何かの薬剤が入ったぶっといチューブだった。緑色の外装に赤い十字マークが描かれている。医薬品か何かだろうか。
「おい、忘れもんだぜ」
「持っていけ。最下級のヒールジェルだ。……使用期限切れだけどな」
努めて平坦な口調に理解が遅れる。
ポカンと口開けてチューブを裏返せば、確かに切れている。二日くらい。
ちなみにハンターが主に使用する医薬品は使用期限がかなり厳しく見積もってある。緊急時に期限間近なので効果きれちゃってました、では許されないからだ。一度でもそれが起きてしまえば、その企業の信用は地に落ち、製品など誰一人として使わなくなるだろう。
つまり、余裕で使える。
「……よぉ色男。俺が女だったら惚れてるぜ?」
「妻がいるんだ。気持ちには応えられそうにない」
「ハッ、そりゃ残念だ!」
さっさと消えろと手で追い払う店員に再度頭を下げてその場を後にする。
定位置となった……いつまでも居座るから奥へ行けと追いやられたとも言う、一番奥の区画へ戻る。
右手の包帯を取って止血剤を拭うとすぐに傷口から血が滲み始めた。そこへ先ほど貰ったヒールジェルを歯磨き粉の宣伝くらい大盛に指へ出して塗りつける。薄緑色のジェルはひんやりしていた。
するとじわじわと裂けた皮が繋がり始めた。一番安いので遅いが、それでも自然治癒に比べれば格段の治癒速度だ。
ほどなくして完全に塞がった傷口のジェルを拭きとり、恐る恐る指で撫でる。
皮が薄くまだピンクだが、しっかりと傷は癒えていた。
「すっげ」
回復系の魔術が使えなくとも扱えるヒールジェルは最下級とはいえとても高い。止血剤なんて効果も即効性も劣る品が未だに出回っているくらいには、一般人では手が届かない代物だ。
マスターのような一流からすればはした金だが、今の稼ぎでは経費抜きで二日分は必要となるだろう。期限切れとはいえそんな高価な品を欲しがる者はいくらでもいるのだ。
「恵まれてんなぁ……」
余りの運の良さに笑いがこぼれる。本当に同期に恨まれそうだ。
拳を握り手の調子を確かめると、静穏の魔術が籠められた耳当てを嵌める。
軽快に鳴り響く六連射は日が暮れるまで訓練場を揺らし続けていた。
がんがんとベッドが蹴って揺らされている。
「……ふが」
寝ぼけた頭で貝のように閉じたがる瞼を妨害する音に反射的な殺意を覚え、枕元で鳴っている時計のアラームにそれを向けられるべきは自分の方だと思いなおす。
おぼつかぬ手でヒステリックに泣き続ける彼女を宥め、針の位置を確認するとそろそろ準備しなくてはいけない時間だった。
訓練を程々で切り上げるつもりが思わぬ貰い物のおかげで興が乗ってしまったのが原因だろう。気が付けば日が暮れていて、礼にと空いた弾薬箱やゴミ捨ての手伝いをしていたらすっかり遅くなってしまったのだ。
それでも若い体はしっかり食べてぐっすり眠れば一晩で回復してくれる。
狭いベッドで伸びをすると、周りに小声で詫びておく。返ってくるのは舌打ちだけだが、これはこちらが悪い。
体を起こして共同炊事場に顔を出すと昨日作ったスープの残りを温め、もう一つの鍋でシードマンのタネを一つ茹でる。
火にかけること数分。先に温まったスープを飲んでいると、タネの硬い皮が徐々に剥けて根っこが苦しむようにのたうちはじめた。タネから伸びた根っこはわらわらと助けを求めるように暴れている。
通はこれを半ナマで食べるらしい。食道や胃袋が押される感覚がオツらしいが、レア過ぎると根に穴開けられてアニサキスよろしく苦しむとか。
ディンゴはしっかり火を通した方が好きなので、暴れるタネをフォークで奥底に沈める。フォークの爪に根っこを絡みつかせて抵抗していたシードマンのタネだったが、やがてその根をくたりと力無く熱湯の中に漂わせた。食べごろだ。
湯を切り紙皿にとって四つに切り分ける。湯気を上げるタネに塩をかけ、ホクホクとしたそれにかぶりついた。枝豆のような味とジャガイモのような食感で美味いが、若い舌には少し物足りない。
「……」
バターかチーズが欲しい。
そんなことを考えるが、借金を返して弾薬などの消耗品を購入すれば手元にはほとんど残らない。タネがあるだけいい方だ。仕方がないので二つ食べたところで残りをスープの中に入れて味変させる。安いトマト缶に塩胡椒で味を付けただけのスープだが少しはマシになるだろう。
身支度を整えて寄宿舎を出ると、ベニーから連絡のあった集合場所に向かう。
マッドシティの外層は円の外周部だけあって移動距離が無駄に長い。しかし魔導車のような高価な品を個人で持てる者は少ないので徒歩か定期便を使うのが常識だ。
今回はそこまで距離も金もないので歩きで行く。
横を通り過ぎる定期便には疲れた顔の企業戦士がこれでもかと詰め込まれており、誰も彼も死体のような雰囲気をだしていて今にも飛び降りそうだ。幽霊船だってあそこまで負のオーラを発してはいまい。
「ハレルヤァアアアアああああ!!!」
そんな世界の終わりのような顔をしている者もいれば、幸せの絶頂に至っている者も。
綺麗に剃り上げた頭部とごちゃごちゃしたマジックアクセが特徴的な男がヘッドバンギングしながら路上に飛び出してきた。この世の全てが幸福に見えるといった様子の男は道のど真ん中で両手を広げて主を讃えている。
「……あ、轢かれた」
そして当然のように撥ねられた。
車体を汚すことを嫌った運転手がマギ・シールドを展開したおかげで轢死体になることは避けられたようだが、かなり派手に吹っ飛ばされている。
「アァアアアーーーメンんんんん!!」
しかし轢かれた男は元気に立ち上がって"かくあれかし”と叫びながら走り去って行った。
精神を弄る魔術でハッピーになった者は大抵あんな感じだ。粉のお薬よりも効きは弱いが、安価に処方してくれるので貧困層ではこっちの方が需要がある。
「今日もバルドシティは平常運転だぜ」




