グラスの底に見る男の背中
「そうだディンゴ、お前汚れ仕事は平気か?」
「んお」
チーズのたっぷり乗ったピザにホットソースをかけて食いついていると、ベニーがそんなことを言い出した。カロリーバー以外の食事は久しぶりなのでつい欲張り過ぎてしまった。想像以上にうにょーんとのびるチーズに悪戦苦闘していると、くすくすと上品に笑いながらメルディア姐さんが指で絡めとってくれる。
ワインのつまみとばかりに指に付いたチーズを舐めとる仕草がとってもエロい。
「おーい、チェリーボーイ?」
「……聞こえてるよ。汚れ仕事って言ってもなぁ、俺じゃまだ大抵の奴には負けるぜ?」
汚れ仕事……つまり殺し屋、掃除屋と呼ばれる類の仕事だ。
わざわざ依頼が出されるような相手なら弱いということはないだろう。駆け出しのディンゴでは返り討ちに遭うこと間違いなしだ。
「そうじゃない……まあバルドシティだとむしろそっちの方が意味としちゃ正しいが、今回は言葉通りの汚れ仕事だ」
”3Kだ3K”と言われてようやく意味を理解する。
キツイ、キタナイ、キケン。
そういう人がやりたがらない過酷な仕事をやらないかと言われているのだ。
「程度によるが、細かいこと気にするタイプじゃないぜ。特殊清掃くらいなら鼻歌交じりでこなせる」
「そこまで求めちゃいないよ」
不潔を好むという訳では無いが、最終的に洗い流せてしまうならあまり気にしないのだ。
答えを聞いたベニーが予想通りの反応だと笑う。そんなに分かりやすいだろうか。
「なら鉱山で炭鉱夫やる気はあるか? 稼ぎはそこそこで危険もそこそこだが、空ぶることはまずないぞ」
「借金の形に鉱山送りか……」
「ワンちゃん古いわねぇ」
昔のホロで良くある展開に思わずこぼすと、メルディア姐さんがノッてくれた。
ベニーがベーコンの原木を豪快に齧りながら肩を揺らす。
「お前も知っての通り、今のご時世は魔力がないとやってられん。あらゆる魔具の燃料であり、通貨にもなっている」
魔力とは定形ではない。
気体、液体、個体と分かれており、それぞれで向いている用途も違う。
薬品や食料品に使われる液体の魔水、魔具の燃料や材料に使われる魔石。似たような用途だが、加工する手間を考慮すると別々に使うのがベストだ。
中でも気体の魔素は最も扱いやすいため、通貨と換金することができる。ハンターたちが主にギルドに納めているのもこれだ。
そうは言っても魔獣を倒して魔素を集めるのは手間だし、相手も生物だから出会えないこともある。だから魔石や魔水の需要が無くなることはない。
だから鉱山という訳だ。古い山には長年かけて取り込んだ魔素や魔水が結晶化し、魔石が埋まっていることが多い。
「その魔石採掘と坑道に出現する魔獣を排除するのが仕事だ。体力勝負だが、お前なら大丈夫だろ」
「どうすっかな……」
悪い話ではない。むしろいい話だ。何がいいって、うますぎない現実的なラインというのがいい。
だが二回目でいきなり穴掘りというのが頭を悩ませる原因になっている。今はもう少し地力を付けたい。今日のハンター業で自身の未熟さを実感した後だと尚更そう思う。
「魔獣ってどのくらいでるんだ?」
「結構出るぞ。大抵は小型のゴーレムとかだけどな。午前と午後で採掘班と駆除班が入れ替わるから、ずっと倒してばかりって訳には行かないがな」
つまり少なくとも半日は魔獣討伐に当てられるということだ。
ただひたすらツルハシを振るうのであれば断っていたが、これならば問題ない。
「その仕事、やるぜ」
「よしきた。明後日から丸二日空けとけよ。時間や条件は追って連絡する」
その後はただただ飲んで、食べた。
イマドキは後輩に奢るのが上司や先輩の義務という風潮もなくなって久しいが、ベニーはその辺り鷹揚なビーストだった。ビーストという種が比較的仲間内の面倒見が良いというのもある。それも時代とともに薄れつつあるのが寂しいと言うべきか、個人主義だからと前向きに捉えるべきかは分からない。
「……で、そのザリガニみたいな魔獣と共闘したってことか?」
せっかく奢ってくれているのだから話題くらい提供するのが礼儀というもの。それにあの魔獣の話は報酬のために情報として売り渡すよりも、酒の席で語り草にしてやる方がしっくりくる。
今日あった出来事を話していると、やはり一番興味を持つであろう話にベニーたちが食いついた。
「中々のイケザリだったぜ。ああいうのって珍しいんだろ?」
「実は最近そうでもない」
「あれ、間違って覚えてたか?」
確か基礎訓練で見た資料では意思の疎通ができる魔獣は珍しいと記載されていたはずだが。
鼻先がかゆいのかポリポリとかきながらベニーが続ける。
「いや、座学が間違っているわけじゃないが……ああいう資料が訂正されるのはしっかりした裏付けが取れてからだからな。ここ一、二年の変化程度ならよっぽど劇的じゃない限りはそのままさ」
これは怠慢ではなく慎重と捉えるべきか。変えました、やっぱり気のせいやただの偏りでしたでは手間も掛かるし格好もつかない。
こういった情報は現場ならではの物だろう。知識は大切だが情報収集も欠かせないらしい。
「バルドシティにもいつからか話の分かる魔獣がちょくちょく出始めてるぜ。目立つし噂になるぶん実際の数以上に耳に入ることが多いけどな」
「中には商売までしちゃう子までいるのよ? 可愛いんだから」
商売て。体でも売るのだろうか。
頭にはシードマンが“僕の子種をお食べ”とタネを渡しているシーンが浮かんでいたが、あまりにシュールな光景に笑ってしまう。自分の体を食べさせるとかホラーかよ。
「にしても魔獣まで受け入れるのかよこの都市は。懐が深すぎねぇ?」
「意思疎通ができて、益のある取引ができるならそれは獣ではない……ってのがお上の判断だよ」
「拝金主義極まれりだな」
「まあそう言うな。俺たちビーストだって大昔は魔獣と大差ない扱いされてたらしいぜ?」
旧時代。
まだ魔術が貴族や選ばれた人間たちの物であった頃は、ビーストやリザードマンを始めとしたデミ・ヒューマンたちは迫害されていたという記録が残っている。エルフのような見た目が人に近い一部種族とはそれなりにうまくやっていたらしいが、他は酷い扱いだったそうだ。
それが今や金さえあればビーストが人間を奴隷にすることすら可能なのだ。
世界は金の名のもとに真の平等を実現することに成功したのである……というのが企業都市の謳い文句だ。
「確か先月にも駆け出しが魔獣連れてるって噂あったな」
「あったかしら? 記憶にないわ」
「お前はその時二日酔いでダウンしてたろうがよ……今日はそのくらいにしとけ」
「えー、やーだぁ!」
意外としっかりしているのはベニーのようで、ぐずるメルディア姐さんを担ぎ上げる。
褐色のせいか顔にはあまり出ていなかったが、猫のようにぐでんとしているのを見るに結構酔っぱらっているらしい。酒に弱い訳ではなく、単にペースが速すぎるようだ。彼女の席には既に三本の空き瓶が転がっていた。
「じゃあなディンゴ。つまらない死に方するなよ」
「ごっそさん先輩。姐さんも」
「バァイ」
御姫様抱っこで美女を運び、当然のように全員分の支払いを済ませて出ていく背中は中々にキマっている。
いつか受けた恩を返せるぐらいに強くなりたいと、そう思った。
「……さぁて、寝るか」




