野良犬
そこは科学の代わりに魔術が発達した世界。
エルフやドワーフ、ビーストにリザードマン、その他多くの種族が暮らす神秘の世界。
しかし定番である剣と魔法の中世ファンタジーであったのは過去の話。彼らとていつまでも中世に甘んじている訳も無く、発展して成長していくのは当たり前である。
この世界の特徴であった魔力を用いて不思議な現象を起こす魔法。それらをより確立だった手法により発展させていき、人々の生活を豊かにした。
一人の天才により体系だった魔術理論が確立され、それまで血や才能に依存していた神秘は消え去った。貴族を貴族たらしめていた魔術という存在はより身近なものとなり、誰にでも使えるようになったことで貴族社会は完全に崩壊を迎える。
経済的にも、文化的にも急成長を遂げた魔術社会の到来である。
国や貴族が力を失った代わりに台頭したのは企業だ。企業はより効率的に魔術を運用し、種族を問わず人材を有効活用して飛躍的に資産を増やしていった。
際限なく発展していく魔術。しかし技術の発展とは必ずしも人の生活を豊かにするだけではない。
利益を追求する企業は大きな格差を生み出し、合理的だが余裕の無い社会へと変貌させていった。金さえあれば何でもできるが、金のない者に存在価値はない。
確かに国土を争うような大規模戦争は無くなった。しかし企業間による暗闘は激しさを増し、治安は急速に悪化。犯罪行為を働いても多額の献金元である企業に楯突くことを恐れて行政は見ないふり。
金こそが正義。金を持っている奴が強くて正しい。
魔術による発展と利益を突き詰めていった社会は、結果的に貴族が企業に成り代わっただけの実質的な階級社会へと回帰していたのは何たる皮肉か。
そんな「自然豊かで剣と魔法のファンタジー」からはかけ離れたこの世界で、一人の青年がハンターズギルドに足を踏み入れたことからこの物語は始まる。
バルドシティ。
大陸中部有数の発展を見せる巨大企業都市。数多の大企業が根を張るこの街に憧れる者は多く、一旗揚げようと各地から若者たちの集う人気都市だ。そしてそのほとんどが街の養分となり、食い物にされて消えていく場所でもある。
街の中心部には一握りの金持ちが住み、その周辺をバウムクーヘンのように資金力のある順で囲んでいくように暮らしている。外周部になるほど治安も悪く、危険な生物による被害も大きい。
バルドシティ西区。ハンターズギルド、ナルサワ支部。
ナルサワ重工の恩恵を強く受ける地域にあるそのギルドは、それなりの作りをしているはずなのにどうにも雑多な雰囲気が拭えない建物であった。
恐らく客層が悪いせいだろう。
元々ハンターなど粗雑な人間が多いのだが、この支部を根城にしている者は特にその傾向が強い。
時代錯誤な両開きのウエスタン扉は支部長の好みだろうか。
「いい趣味してるね」
扉を前にした青年はにたりと笑うと、あえて乱暴にウエスタン扉を開け放った。
特に意味はない。旧時代の映画に影響されただけだ。
派手な音を立てた扉にハンターたちの視線が集まった。
半分は騒々しく入って来た者への抗議の視線……こちらはほとんど職員によるものだ。もう半分はハンターたちによる値踏みするような好奇の視線。
視線はしばらく遠慮なく青年を撫でまわしていたが、彼がド素人だと気づくとすぐに離れていった。
「……ま、そうだわな」
事実今の自分はただの若造なのだ。これで“君は見所がある”なんて言い出す奴は十中八九詐欺師である。
だがまあ、ケツの青い若造も決して悪いことばかりではない。ここからなんにでもなれる可能性の塊だ。物事はポジティブに捉えよう。
堂々と肩で風を切り、一丁前にイキってみせる。よくいる有象無象の勘違い若造のパフォーマンスに、オッサンお姉さまの先輩たちは微笑ましいものを見るような目をしている。これが許されるのも若造の特権だ。
これまた定番の美人受付嬢のいるカウンターへ向かい、片肘乗せて馴れ馴れしく。
「ハンター登録をしてぇんだが」
薄汚れた銀貨を二枚カウンターに乗せて滑らせる。
不自然な黒……染めているのだろう漆黒の髪をした二十歳前後の受付嬢は極めて冷淡な目で無礼な若造を見ると、これまた事務的に対応をする。
「ようこそハンターズギルドナルサワ支部へ。新規の登録は銀貨二枚となります。こちらに必要事項の記入と、個人登録のため血液を一滴頂きますね。何か刃物はお持ちですか?」
「登録料稼ぐのに必死でな。あいにく素寒貧だ」
「そうですか。ではこちらで用意したものをお使いください」
スッとどこからか銀色に光る太い針を取り出す受付嬢。
青年はにまりと笑ってカウンターへ乗り出すと受付嬢に顔を近づける。
「お姉さんが優しくやってくれない?」
「いいですよ」
言うが早いか、青年の手を取った受付嬢は振りかぶった針を思い切り叩きつけた。
手の甲を貫通した針がカウンターごと縫い留め、傷口から血があふれ出る。
「―――よく聞きなさい、小僧」
悶絶する青年に構わずドスの効いた声で胸ぐらを掴む受付嬢。
ぐりぐりと針を動かして傷口を抉りながら
「次に施設を乱暴に扱ったらお前の内臓を売り払って新調する。さぞいい扉が買えるでしょうね? 今から楽しみです。……分かったら返事ィ」
「……ハイ」
答えを聞いて満足した受付嬢は勢いよく針を引き抜き、血を採取する。一滴どころではない量の血が乱暴に試験紙らしきものに塗りたくられ、奥へ持っていかれた。
穴が開いて向こうが見えるようになった掌を切なげに見つめていた青年だったが、受付嬢は採血の手伝いはしてくれても怪我の治療をしてくれるほどやさしくはないらしい。
止血する物もろくに持っていないので仕方なくそのまま書類へ記入する。なるべく汚さぬように気を遣って書くのはそれなりに手間だった。
「はい、確認できました。ハンター登録おめでとうございます」
書類の不備がないかを確認した受付嬢が初めて笑顔を見せてくれた。
手にしている血塗れの書類も合わさりとてもキュートだ。
「ようこそ、えー……」
書類に目を落とした受付嬢が言い淀む。おそらく名前の後半が血で汚れてしまっているのだろう。
青年は野良犬のように歯を剥き、笑みを浮かべて名乗った。
「―――ディンゴだ」
新作です。
少年少女たちのハートフルストーリーをお楽しみください。




