7.そんなの勿体なさすぎる!
サミュエルが戻ってくるのと入れ替わりに、今度はキューテックが出ていった。暫くすると大きな角盆に何かを乗せ、持って帰ってくる。
「少し早いですがお昼にしましょう。セーブルズさんも良かったらご一緒に」
「いえ、私は……」
アマリアは断ろうとしたが、キューテックが盆にかけていた覆い布をさっと取る。彼女は続く言葉を失った。
「明日の予行練習です。食堂へ特別にお願いして、ランチの持ち帰りをお願いしてみたんですよ」
彼は意味ありげな目線を宰相に送り、宰相は二度ウンウンと頷いた。だがアマリアは気づかない。盆の上の豪華な料理に目が釘付けだったからだ。
本来は執務室であった奥の部屋は、今は蔵書と資料を置く巨大な書棚と、重要な来客のための応接セット……という名目だが、実際は忙しい日の仮眠室としてサミュエルが使うソファーセットが置いてあるだけの部屋になっている。
そのソファーのひとつに座り、テーブルに並べられた料理に アマリアは目を輝かせた。おそらく食堂で一番豪華なランチメニューであるそれらは、凝った盛り付けが映え、鼻腔をくすぐる香りが漂う。
「美味しそう……」
「どうぞお召し上がり下さい」
「いいんですか? ……では遠慮なく。いただきます!」
若草色のポタージュスープに匙を差し入れれば、それはトロリと粘り気を持って匙に乗る。アマリアが一口飲み込むと、上品な塩気と共にえんどう豆の爽やかな香り、クリームの甘味が口の中に広がった。
「はぁ……」
彼女はその滋味に浸ったが、次の瞬間、その喜びは全て吹っ飛ばされてしまう。
「旨いか?」
いつの間にか真正面に座ったサミュエルがアマリアの様子をじっと見ていたのだ。
(ひえっ!!)
普段は彼に書類を手渡す時などは顔を見ないようにしているので、こんなに間近で、しかも真正面からサミュエルの顔をモロに見てしまったアマリアは頭が真っ白になった。なんという美の圧力。本当に彼の周りに光の精霊でも居るのではないかと思うほどのキラキラっぷりだ。
「は、はぃぃ……」
もう味なんてわからない。それでもなんとか答えるとサミュエルはにっこりと笑んだ。
「そうか、良かった」
(きゃああああ!!)
嗚呼「氷の貴公子」は何処。そこには氷など存在しなかった。キラキラを通り越してギラギラの真夏の日差しだ。うっかり直視すれば目が潰れるところも共通している。アマリアはぎゅっと目をつぶった。
「セーブルズも旨いと言ってるし、あの女性も満足してくれるのではないかな」
「では、明日の会食もこのメニューでいいですかね?」
「ああ。だが念のため公爵家の料理人にも軽くつまめるものを作らせよう」
「それは良いですね。飲み物は……お酒は駄目ですよね?」
「勤務中だからな。果実水でもあればありがたい」
「手配しておきます」
先輩秘書と宰相閣下が明日の打ち合わせをしているのを聞きながら、やっと目がチカチカしなくなったアマリアは二度と宰相の方を見ないように食事を続けた。また見てしまったらその度に味がわからなくなるかもしれない。そんなの勿体なさすぎる。
そうしてポタージュも、新鮮なサラダと添えられたテリーヌも、ふかふかのパンも、皮目はパリッと中身はジューシーに焼かれたお肉も彼女は充分に堪能できたのであった。途中でサミュエルが味の感想を訊いてきても、全て目の前の料理を見つめることで目が潰れるのを無事回避した。
「はぁ……美味しかった……御馳走様でした」
「食後にお茶はいかがですか?」
「いえ、もうお腹が一杯で……」
キューテックの目が丸くなる。
「おや、セーブルズさんは少食なんですね。この量でお茶も入らないとは」
「少食というか……」
アマリアは口ごもった。いつもは貧相なお弁当を食べているから、胃がビックリしてこれ以上は受け付けないとは言いにくい。
「……普段はできるだけ、節制しているので」
「節制?」
「ああ、流石だねセーブルズ」
サミュエルが口を挟んだ。
「セーブルズ伯爵領が復興してから2年も経っていない。領民の中にはまだ苦しい生活の者もいるだろうから、領主の娘である君自身が節制をしているんだな。なんという美しい志だ」
「え!?」
アマリアはビックリした。ビックリしすぎて胃の中のものが全部逆流するかと思った。そんなの勿体なさすぎる!
「ちっ、違います閣下! そんな高潔な精神じゃありません!! その、私はできるだけ節約をしているだけで……」
「だから、領民の為に贅沢を控えているんだろう?」
(くっ!)
不思議そうにするサミュエルの顔も、これはこれで美しい。だが見とれている場合ではない。
「そうじゃないです!! えーと……」
まさか「このまま私はオールドミスになるだろうから、今のうちから贅沢は控え、老後に備えてお金を貯めているんです!」とは言えない。自分の生き方を恥ずかしいと思うわけではないが、やっぱりサミュエルに言うのは何だか恥ずかしい。
「……えーっと……趣味です!」
「「趣味」」
宰相閣下とその第一秘書はハモったあと、ゆっくり顔を見合わせた。
「そうです! 趣味なんです! 私はお金をケチケチするのが純粋に楽しいんです!」
勢いよく口に出してから、アマリアは心の中でガクリと膝をついた。
(私は何を言ってるのぉぉぉ!? なんかこう……もっと上手い言い訳があったでしょうに!!)
恥ずかしさでは『老後に備えてお金を貯めている』とどっこいどっこいな内容である。顔から火が出そうだ。
「……ほう? つまり、今後も昼食をこちらで用意すれば食べて貰えるということだな?」
「へ?」
意外すぎる返答に、思わずアマリアはサミュエルをまともに見てしまい、そのニコニコ顔にまた眼が潰れてしまった。
「あまりに節制しすぎて体調を崩されてはこちらも困る。俺もここで食事をとれば何かあってもすぐに対応できるし良いアイデアだと思う。君さえ良ければ、どうかな?」
「え……ぁ、はぃ……」
目の前の圧倒的な美と先ほどの美味しかった食事とでなし崩しに返事をしてしまった事を、彼女は後で少し悔やむのである。












