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第七話   桶狭間の戦い(一)

一五六〇年(永禄三年)六月中旬   尾張国清洲城評定の間



〜織田信勝〜



「御家を保つ為には、降伏も已む無し!」


「何を申すか!今川などに降ってたまるか!ここは籠城しかあるまい!」


「後詰無き籠城に勝ち目なと無いわ!!やはり降伏するのだ!!」


「なんだと!?―――」


陽が沈んでから大分時が経った。清洲城の評定の間に主だった者達が集められ、軍議をしている。兄はまだ来ていない。軍議は籠城派、降伏派、迎撃派に分かれ、平行線で纏まらない。

籠城派は柴田権六、佐久間右衛門尉、降伏派は林佐渡、美作、迎撃派は森三左衛門である。ちなみに又左・藤吉郎・内蔵助は籠城派だ。

主に籠城派と降伏派が言い争っている。迎撃派は賛同者が少なく、発言力が小さい。


「殿が参られました」


小姓が襖を開け、言った。すると皆が頭を下げて控える。足音がドスドスドスと聞こえる。足音は早歩きで上座に向かい、ドスンと座った。


「面を上げよ」


兄がそう言うと皆が頭をゆっくりと上げた。兄の顔はいつもと変わらない。


「殿、籠城しかありま―――」


「権六、お主少し太ったか?顔が餅の様だな」


兄が権六の話を遮って喋った。兄はケラケラ笑っている。権六は困惑している。権六だけじゃ無い、俺を除いて評定の間にいる全員が困惑している。


「……いえ、某は変わりありませぬ。その様な事よりも先ずは戦の事を―――」


「先日、勘十郎と鷹狩りに行ったのだがな、やはり勘十郎は鷹狩りの名人よ。百舌鳥を使っての狩りなど見た事が無かったわい。とても有意義であったぞ。今度は皆で行くとしよう。誰が一番狩り上手か競おうではないか」


勝家の顔が真っ赤っかだ。そろそろ爆発するぞ……。


「殿!!その様な事どうでも良いのです!!話を―――」


「権六、喧しいぞ。……そんなに明日の事が知りたいのか。……良かろう、二つだけ教えてやろう」


皆の顔に緊張が見える。又左の額に汗が垂れているのが分かった。藤吉郎、内蔵助もだ。


「良く食って、良く寝ろ。以上だ。解散!」


そう言うと兄はスッと立ち上がり、またドスドスドスと足音を立てて部屋を後にした。評定の間に集められた者たちは皆唖然としている。


「……運の末には、知恵の鏡も曇る」


誰かがボソッと言った。そしてそれに続けて、織田家も終わりか、と言っているのが聞こえた。

又左たちの顔を見ると顔面が蒼白だった。ポジティブな内蔵助ですら不安なのだろう。


「……殿の言う通りに、良く食べて良く寝ましょう。腹が減っては戦はできぬ、寝不足では戦はできぬ、でありましょう?」


丹羽五郎左衛門尉が言った。声に少し失望があった様に感じた。五郎左は自分に言い聞かせている様だった。



―――



〜前田利家〜



軍議が終わってしまった……。殿は戦の方針も決めずに部屋を出て行ってしまった。柴田殿が話を持ちかけても全て無視し、仕舞いには当たり前の事を言って出て行ってしまった。

藤吉郎、内蔵助もどうしたらいいのかわからない様だ。俺も、今自分がどの様な表情をしているのかわからない。……?勘十郎?


「……勘十郎?……何故笑っているのだ?」


周りに聞こえないぐらいの声で勘十郎に話しかけた。勘十郎は一瞬驚いた様な顔をしたが直ぐに真剣な顔に戻った。


「俺は今、笑っていたのか……?」


「あぁ。気づいていなかったのか?」


そう問いかけると、勘十郎は口元に手を当てた。勘十郎の考えている時の癖だ。今は表情はわからない。


「そうか、俺は、笑っていたのか」


勘十郎は呟いた。表情は見えないが、恐らく笑っているだろう。何故この様な状況で笑えるのだ……?


「又左、この戦絶対に勝つぞ」


勘十郎は俺の肩を叩き、真っ直ぐに目を見てきた。光輝いている目だ。その目には希望と期待、そして決意が見える。

勘十郎の目を見ていると、不思議と力が湧いてくる様な気がした。


「あぁ、絶対に勝とう」


俺は周りに聞こえないぐらいの小さな声でそう言った。



―――



〜松平元康〜



「殿!やりましたな!兵糧を運び込む事に成功しました!これで我らも三河に戻れます!」


鍋之助、いや本多平八郎忠勝が大はしゃぎで話しかけてきた。


「落ち着け、平八郎。まだ戦は終わっていない。油断するな」


そう言うと平八郎が少しバツが悪そうな顔をした。


大高城を包囲していた織田軍を突破し、兵糧を運び込む事に成功した。重畳。明日は織田方の丸根砦、鷲津砦を攻める。そこに今川の本隊も合流する。そして……織田家を滅ぼす。

……織田の考えが分からない。大高城に兵糧を運び込まれたに関わらず、何も行動を起こさなかった。あの程度の兵力で我らを止めれると考えたのだろうか。だとしたら浅はか過ぎる。せっかくの付け城の意味が無くなってしまう……。一体何が狙いなのか……。


「殿、あまり深く考え過ぎると柔軟に行動出来なくなりますぞ」


酒井小五郎忠次が俺の頭の中を見透かした様に話しかけてきた。


「小五郎、口に出てたか?」


「いえ、あまりにも思い詰めた顔をしていたので」


小五郎が笑いながら喋った。顔に出ていたのか。俺は少し恥ずかしく思った。顔が熱い。


「織田の狙いが分からぬのでしょう。それ故に焦っておられる。殿、先ずは自分にできる事から、ですぞ」


小五郎はさっきとは違い真剣な顔だ。真っ直ぐに俺の目を見て話す。俺も小五郎の目を見返す。


「あぁ、そうだな。先ずは丸根砦、鷲津砦の攻略だな。朝比奈殿と明日の話をしてくる」


そう言い、俺は小五郎と平八郎の元を去った。

明日、朝比奈殿と丸根砦、鷲津砦を攻める。恐らく早朝の出陣になるだろう。兵力的には何の問題も無い。報告では織田の本拠、清洲からは援軍の様子は無いらしい。

……籠城か。期待外れだったな。上総介殿もその程度の男であったか……。俺の野望は叶わぬかもしれんな……。



―清洲城―



〜織田信長〜



「殿!丸根砦、鷲津砦が攻撃を受けておりまする!!」


とうとう来たか!


俺は布団を蹴飛ばして起き上がった。小姓は驚いた顔をしている。


「具足だ!具足を持って来い!!」


「は、はっ!」


具足を持ってくるように言うと、小姓は慌てて部屋を出て行った。細かい足跡が離れて行くのが聞こえた。俺は一度深呼吸し、心を鎮めようした。……よし。


「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり 一度生を()け、滅せぬもののあるべきか……」


敦盛を舞い終えると同時に小姓が襖を開けて具足を持って来た。ふん、少しは気が利くようだな。

用意された具足を小姓に手伝わせて着る。


「湯漬けを用意せよ」


「はっ、此方に」


ほぅ、此奴は本当に気が利くな。優秀な武将になりそうだな。

立ちながら湯漬けを食べた。勢い良く口にかき込んだ。美味い。


「出陣だ。皆に伝えよ」


「……へ?」


小姓の間抜けそうな声を無視して部屋を出て、廊下を歩いて行く。そこら中で女中たちが慌てている様子が見れた。

城門の前まで行くと既に馬が四頭あった。一つは俺の馬だった。残りの三頭は、犬、猿、内蔵助の馬であろう。


「殿、お待ちしておりました。何時でも出陣出来まする」


「うむ!良くやったぞ!お前たち!……勘十郎は如何した?」


この三人がいて勘十郎がいないのは少しおかしい。まさか遅れるなどという事は無いよな……?


「勘十郎は一足先に兵四百を率いて丸根砦、鷲津砦に向かいました」


犬の言葉を聞くと怒りで顔が熱くなるのを感じた。奴め……、勝手な行動を……!


「殿、勘十郎より伝言が御座います。『策は完成し申した』、との事です」


……成程な。そういう事か。であれば許そう。


「相分かった。では、出陣致す!先ずは熱田神宮に向かい、戦勝祈願を行う!皆、付いて来い!」


『はっ!』


兵は凡そ八百程か……。思っていたよりも多いな。これも勘十郎の策であろうか。この戦、当初考えていた以上の成果が期待出来そうだ。


号令をかけ、馬を走らせた。その後ろを又左らが遅れずに付いて来る。狙うは、今川義元の首よ!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 技能欄見ながら槍の又左衛門ふむふむ、ん、中国大返し?さらさら越え?これ絶対開花しちゃ駄目なやつやん!……いや待てあわてるな、これは作者様の罠だ。
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