第一話 目覚めたら戦国時代だった?
……知らない天井だ。ここは何処だ?
まだ頭半分夢の中にいる状態で身体を起こし、周りを見ようとする。
周囲を確認してみると、俺が寝ていたこの部屋は随分と古風な部屋だということに気づいた。まるで時代劇のセットのようだ。本当にここは何処だ?明らかに俺が知っている場所ではない。
暫く考えていると、スッと襖が開いて、若い女性が中に入り、頭を下げた。
「おはようございます、勘十郎様。御朝食の準備が完了致しました」
……誰?と、問いかける間も無くその女性は襖を閉め、部屋を出て行った。
いや、今の女性は誰だ?服装も今時じゃない和風の着物だった。それに勘十郎様?誰の事だ?もしかして俺のこと?俺はそんな名前じゃないぞ。俺の名前は東郷泰人だ。やばい頭が混乱してきた。……一旦、整理しよう。
俺の名前は東郷泰人、ゲームが大好きな普通の大学生だ。好きなゲームはストラテジーゲーム。自慢じゃないが、あるゲームで日本一位を取ったことがある。自慢じゃないよ。
昨日は、夏休みだったこともあり、一日中家でゲームをしていた。午前十時から夜の十一時半までずっとゲームをしていた。流石に眠たくなって来たから、確かベットでちゃんと寝た筈なのに……。
取り敢えず外に出よう。立ち上がって、襖を開けるとそこには、自然が広がっていた。木々が黄金色に染まっていた。ここは、俺の知っている場所じゃない。一気に顔から血の気が引くのを感じた。
「勘十郎様、如何なされましたか?」
そのまま呆然として立っていると、左から声を掛けられた。振り向くとそこには、髷の少年が此方を窺いながら見ていた。中学生ぐらいの少年だ。ガチで!?この時代にこんな髪型してるの初めて見た!ジーッと見ていると不思議そうな顔で此方を見ていた。
「いや、何でも無い」
「そうですか、失礼致します」
そういうと少年は俺の後ろを通って歩いて行った。俺はその少年の後をついて行くようにした。今必要なのは情報だ。じゃないと何をしたら良いのかがわからないからなぁ。……やばい、ちょっとワクワクしてきた。
―――
少年の後をついて行くと、少し大きな部屋に着いた。其処には既に食膳が用意されていて、これが朝食だということに気付いた。食膳は三つ並べられていた。取り敢えず一番近くの手前の所に座った。改めて用意されている御飯を見てみると、ザ・和食という感じがしている。本当に何時の時代の料理だよと思った。
「勘十郎様?何故其処に座られているのですか?貴方は上座でありますよ?」
声がした方を向くと其処には、……熊が居た。いや違う、人だった。でも熊と間違える様な体型をしている。巨漢だ。だが、太っている様な印象では無く、引き締まっている、良い体だ。……ていうか誰?
「誰ですか?」
すると熊男は、一瞬驚いた様な顔をして、すぐに真顔に戻り溜息を吐いた。
「勘十郎様、まだ寝惚けていらっしゃるのですか?……権六です。柴田権六勝家でございまする」
……え?……柴田権六勝家?……あの鬼柴田?ヤバイヤバイヤバイ、色んな感情がグチャグチャになってる。もしこの熊男が本当にあの柴田勝家なら勘十郎って事は………織田信勝?
……もしかして転生した……?
―――
あの後もう一人、おそらく40代後半の男が入ってきた。小さいお爺ちゃんの様な見た目をしている。近くにいた小姓によると、このお爺ちゃんが林佐渡守秀貞らしい。秀貞といえば、織田家の重臣の一人だ。史実では主に政治面で信長に貢献していた。
食事が終わり、自室に戻ろうとすると、勝家と秀貞に話したい事があると言われ、別室に向かった。勿論、俺は部屋の位置を知らないから、二人の後ろをそのまま付いて行った。部屋に着き、上座に座り、向かって左側に秀貞、右側に勝家が座った。そして勝家が此方の方を向いて、話し出した。
「勘十郎様、明日の話をしたいと思いまする。明日我等は挙兵し、清洲に居られる上総介様を討ちまする。そして、勘十郎様が新しき当主となられるのです」
……やっぱりか。なんとなくだが状況が掴めてきた。
恐らく今は1556年の九月末だな。この時期に史実では稲生の戦いが起こる。織田信長軍対織田信勝軍の戦いだ。結果は信長の大勝利だ。兵力差は二倍以上もあったにも関わらず信勝は大敗する。
信長と信勝の関係は元々は悪く無かったと言われている。それなのに対立した原因は、信長がうつけと呼ばれ、信勝が調子に乗った事だろう。周囲に乗せられ、織田家当主に相応しいのは自分だと考えてしまったのだろう。欲が出たのだ。
信勝、俺はこの二人に乗せられて、挙兵したのだろう。確かに当主がうつけでは後先が不安には違いない。だが、信長はただのうつけでは無いのだ。
「お主らは兄上がうつけで、仕えるに足らぬ主君ゆえ、俺を擁立し、挙兵したのだな?」
二人が驚いた顔をしている。何か話し方を間違えたのか?
少し、困惑していると、勝家がゆっくりと頷いた。
"はぁ"と溜息を漏らした。
「兄上は、うつけでは無い。うつけを演じていたのだ」
「まさか!!」
勝家が驚いて、目を見開いている。秀貞は声には出さなかったが、顔に驚きと疑いの色が出ている。
「嘘では無いぞ。演技だと考えれば全ての行動に腑が落ちる。正徳寺での会見で美濃を奪った道三が兄上の才を見抜いた。守護代家は、兄上にうつけだと騙され、油断した所を突かれ滅ぼされた。二つとも兄上が真にうつけならば起こり得なかった事だ」
二人が俯いてる。俺と目が合わない。表情は見えないが、困惑しているのは間違いないだろう。
「俺は、兄上に謝罪し、許してもらうべきだと思う」
「勘十郎様!!それは――」
「権六、俺達の敵は兄上のみか?もし、兄弟で争っている間に美濃の一色、駿河の今川が攻めてきてもおかしくない。内を纏め、外に目を向けなければならんのだ」
勝家の言葉を遮って話した。俺が言い終わると二人は渋々頷いた。なんとか自分を納得させようとしているのだろう。二人は馬鹿じゃない。……兄上が、うつけじゃないと分かれば敵対する理由は無い。この二人を説得する事には成功だな。
……さて、問題は次だな。
「さーて、どうやって兄上を説き伏せるかな?」
ニヤリとして二人を見た。二人とも目が点だ。なんでこいつは笑ってるんだと考えているんだろう。多分だが、以前の信勝はこんな感じじゃ無かったのだろう。一度聞いてみるか?
「二人とも何故そんなに驚いているんだ?」
「……はっ、いえ、その、以前までの勘十郎様は上総介様を兄上などとはお呼びになっておりませんでしたので……。そ、それに、何時も某達に意見を聞いてから話しておられましたゆえ……」
秀貞がしどろもどろに答えた。……マジか。信勝ってそんなに優柔不断だったのか。人間関係も全然わかってないからなぁ。もしかしたら兄上とは不仲だった可能性もある。兄上って呼んで無いぐらいだからな。
二人が不思議そうな顔で見ている。少し考え過ぎたか。
膝を叩きながら大きな笑い声を上げた。
「はっはっは!その様な小事で驚いたのか!取るに足らぬ些細な事よ!気にするな!はっはっは!」
無理矢理笑顔を作って笑った。二人も一瞬戸惑ったが、一緒になって笑った。……ある意味現実逃避みたいだな。兄上を説得する良い案が思い付かん。マジでどうしようかな。このままだと、史実では戦に負けて、信長に暗殺、冗談じゃない。俺は死にたく無い。
「……勘十郎様、一つ案が浮かび申した」
秀貞が三人にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「……明日、上総介様がこの城を攻めに来た時に門を開け、我等の兵の武装を解き、こちらに戦いの意思は無い事を示します。そして、二つの事を条件に謝罪を受けて貰うのです」
……二つの条件?




