第十五話 天下
一五六ニ年(永禄五年)五月中旬 美濃国稲葉山城本丸
〜織田信長〜
「ふむ、来たか沢彦」
俺が声をかけると目の前の坊主が頭を下げた。
「はっ、先ずは戦勝、御慶び申し上げまする。」
「うむ、未だ東美濃に斎藤の残党は残っておるが、後は勝手に崩れていくだろう。濃尾平野は俺の物になったな。して、話とは何だ?」
「はっ、殿に申し上げたい事が有ります」
ふむ、申し上げたい事か。
「稲葉山城下の井ノ口の名を改名すべきかと思いまする」
「改名か。一体何故だ?」
「井ノ口は斎藤道三公により発展した町でございまする。些か斎藤の町としての印象が強いと思いまする。織田が斎藤家を滅ぼしたという事を家臣たちや斎藤の遺臣たちにも分からせる為にも城下町の名前を変えるべきかと」
「ふむ、一理有るな。……よし、お主の言う通りにしよう。ついでに城名も変えようか。何か良い案は有るか?」
「はっ。であれば、周の文王が岐山に都を置き、殷を滅ぼしたという古事に習い、岐山、岐陽、岐阜の三つは如何でしょうか?」
「ふむ……。ならば"岐阜"と名付けようか」
「畏まりました。城下の民に御触れを出しましょう。もう一つは、殿の進む道を家臣や民衆に認知させる為に、これよりは"天下布武"の印章を使用してくだされ」
「"岐阜"に、"天下布武"か……。天下に武を布く……。うむ、良き名だ。これより稲葉山城は岐阜城とし、井ノ口は岐阜とする。そして俺は天下に武を布き、安寧をもたらす!」
「はっ!」
岐阜に、天下布武。下地は整った。次は上洛だ。畿内から三好を追い出す!何か良い名分が有れば良いのだが……。
〜織田信勝〜
何とか上手くいったな。半兵衛達も兄との話を終え、一度自分の城へ帰って行った。俺は暫くは稲葉山城待機だ。近江への抑えだが、まぁ必要無いだろう。この戦は内密に行われたからな。徹底的な情報統制を行なった。六角や浅井が気付いた頃にはもう遅い。
さて、戦後恒例の能力値チェックをするか。
名前:織田勘十郎信勝(東郷泰人)
レベル:36(35310/52900)
年齢:25
職業:織田家中島領主
状態:健康
体力:44/100
統率:47
筋力:54
頑強:50
敏捷:57
器用:53
知能:68
精神:60
技能:剣術(達人)、槍術(初級)、弓術(上級)、鉄砲術(中級)、格闘術(上級)、百舌鳥使い(中級)、隠密(初級)、兵法(中級)、指導(初級)、暗視(中級)、挑発(初級)、調略(上級)、算術(中級)、書法(中級)、鑑定(上級)、弁術・説得(中級)、弁術・論破(初級)、町割(初級)、治水(中級)、農業(初級)、超集中(上級)、織田の赤鬼(固有)、人たらし(固有)、急成長(固有)
スキルポイント:2
装備:当世具足
うーん、そろそろ『急成長』も頭打ちかな。それとも雑兵は経験値が集まりにくいのか?どちらにしてもこれからはスキルポイントの使い方には気を付けないとな。適当に使えなくなったな。戦闘中に『槍術』の技能を取ったから今のスキルポイントは2か……。これは貯めておくべきだな。大事に使おう。
さて、そろそろこれからの事も考えないとだな。恐らくもうすぐ永禄の変が起こる。そうなってくると織田家は畿内の争いに巻き込まれる。年代的にはもう少し後だが、三好長慶が病で倒れたとの報告もあった。史実よりも早い……。それに三好実休、安宅冬康は生きている。細かい部分で史実と異なる事が起きている。そうなってくると俺の前世の知識が通用しなくなるかもしれない。より一層慎重に行動するべきだな……。
……よし、領地に戻ったら訓練でもするか。鍛え過ぎて困る事は無いだろう。……無いよな?妬まれて闇討ちなんてやめてくれよ……。
そういえば美濃攻略したけどクリア報酬とかは無いのか?夜が明けてもまだ出てこない。今回はそれ程歴史に影響していないからか?そんな事も無いと思うが……。まぁいいか。そろそろ帰る準備でもするか。
俺は重い腰を上げ、立った。すると身に付けている具足から血生臭い臭いがした。これはまずいな。戻る前に一度水浴びでもするか。
―――
水浴びをしようと本丸御殿から出て、井戸を探した。……が、中々見つからない。半兵衛に聞いておくべきだったな。まだ陽が出る前という事もあり、人が一人も見当たらない。守備兵も恐らく城外にいるのだろう。城内は静寂に包まれていた。うーん、本当にどうしようか。……あ、あれは……女中か?厩舎から屋敷の方へと歩いている女性を見つけた。俺はおーいと声をかけながら小走りで近付いて行った。するとその女性は此方に気付いた瞬間、叫びながら逃げて行った!
「て、敵襲!敵襲!足軽が一人城内に!!」
!?ちょ、ちょっと待て!!敵襲!?何を言っているんだ!?
「ま、待て!俺は敵ではない!は、話を聞け!」
引き止めようと追いかけようとするが、先の戦の影響で体が重く、上手く走れなかった。すると直ぐに兵士が集まり、俺の事を取り囲み、槍を俺の方に向けた。
「お主、一体何者だ!!」
あー、本当にまずい事になったな……。
「……織田勘十郎信勝だ。その方ら一度落ち着け。よく見ろ」
俺が落ち着いた声で話すと、兵達は俺の顔をまじまじと見た。すると何人の兵が驚き、戸惑っていた。やっと気付いたか……。
「か、勘十郎様でありましたか!も、申し訳有りませぬ!!」
そう言うと兵達は全員土下座をした。
「……いや、これは俺も悪い。この様な格好では敵兵か落武者にしか見えんからな」
……あれ、誰も笑わないな。落武者はボケたつもりだったんだが……。恥ずかしくなる前に話を逸らそう。一度咳払いをする。
「ところで、井戸の位置を知っているものはいるか?水浴びがしたかったのだ」
「は、はっ!それならこの道を進むと……」
「うむ、承知した。助かったぞ」
「はっ!失礼致します!」
そう言うと兵達は立ち上がり、持ち場へと戻って行った。……ある意味兵士の防犯訓練みたいな感じになった……かな?
また敵兵に間違われる前に早く具足を洗わないと……。
井戸に着いて顔を洗っていると陽が此方を照らしていた。日差しが眩しいな。今日は暑くなりそうだ。もうすぐ夏が始まる……。
―――
一五六ニ年(永禄五年)五月中旬 美濃国岐阜城一の丸
〜織田信勝〜
……うん、異常は無さそうだな。櫓から周囲を見渡した。兵士達の緊張も解けている感じだな。警戒もそろそろ解いていいだろう。何度か城下の見回りもしたが、治安も悪く無く、活気も有った。
兄から家臣達に御触れが有り、井ノ口と稲葉山城を"岐阜"に改名し、"天下布武"の印章を使うとの事だ。史実通り沢彦からの進言だったらしい。そういえば現代では『天下』には色々な意味が有ると推測されていたが、兄はどういう意図で用いるのだろうか。畿内か、日本か、それとも……。
まぁどちらにしても俺は兄の命令に従うだけだし、どうでもいいか。
それよりも今は大量の問題を片付けなければならない。
一つ目はお市の嫁ぎ先だ。兄と重臣+俺での会議では幾つか候補が出た。松平・上杉・武田の三家だな。一つ一つ考えていこう。
まず松平だが、これは兄的には有り得ないみたいだ。家康には今川から娶った築山殿がいるという点と、三河の様な田舎には嫁がせたくないようだ。それに松平は先が短いしな。
次に上杉だが、お市に適した人物がいないというのが問題だ。年齢や身分など様々な問題がある。俺は上杉との婚姻を推したいんだがなぁ。
最後に武田だが、一番条件に合っているんだよな。もし、婚姻するならば相手は武田勝頼、今はまだ諏訪勝頼か。勝頼が相手になる。年齢的にも身分的にも問題は無い、が……。武田と同盟してもそこまでメリットがないんだよなぁ。信玄は欲深坊主だし、家臣は御館様命だし……。どうせしばらくしたら今川との同盟も破棄して攻め込むからなぁ。たとえ同盟を結んだとしても利点が少ないんだよなぁ。まぁ畿内を統治する迄の時間は稼げると思うけど……。一番不憫なのはお市なんだよな。潰すと分かっている所に嫁がせるのは……、少し憚られるなぁ。
……仕方ないか。乱世って生きづらいな。
……話を変えるか。二つ目の問題は兵を揃えなければならない事だ。今迄は城の常備兵を率いていたが、兄から「私兵を用意せよ」との命令があった。これまた面倒だ……。兵は五百〜千程集め、戦で使い物になるようにしろとの事だ。一応精鋭は十八人いるけど……。自分の事で精一杯なのに、兵を鍛えなければならないなんて……。また用兵術を学ばないとなぁ。
そして最後の問題は、領内の統治についてだ。領主になった時に石鹸や清酒、椎茸の生産方法を農民達に教えて以来、領内のことは一豊、山内伊右衛門一豊に丸投げしていたからな。先日、悲痛な文が送られてきた。……ごめんな。俺もこれからは手伝うからな。意外と槍働きよりも政の方が楽しいらしいな。それでも流石に手が回らないらしい。そろそろ意識を戦から内政に変えないとな。
そういえば、伊右衛門からの文には島左近清興の事についても書かれていたな。一族郎党丸ごと面倒を見ると言ったら、膝から崩れ落ちて、泣いて喜んだらしい。末代まで俺に忠誠を誓うとの事だ。良かった良かった。あの鬼左近を手に入れられたのは大きいな。領地に戻ったらすぐに能力値を見よう。楽しみだな。
これで伊右衛門に頼んでいた事は全て完了したかな。取り敢えずひと段落ついたな。そういえば美濃の事ばかりに気を取られていて外の細かい情勢がわからないな……。領地に戻って竜胆から話を聞かないと……。




