第十一話 布石
一五六一年(永禄四年)七月上旬 美濃国菩提山城本丸
〜竹中重治〜
……もう我慢の限界だ。何故俺がこの様な目に合わねばならんのだ。評定の為に稲葉山城に向かい、評定が終わり帰っている時に治部大輔様、斎藤備前守に汚水をかけられた。あまりの怒りで顔から血の気が引く様な気がした……。馬鹿の相手をするのも疲れた。……いっそ乗っ取ってしまうか。……いや駄目だ。それでは竹中家は謀反人の家として謗られてしまう。それではもし成功したとしても、人は付いてこないだろう。しかし、治部大輔様に仕えていては俺は自分の力を天下に発揮する機会が殆ど無いだろう。それでは武士として生まれた意味とは一体……。
尾張の織田勘十郎信勝。あの者ほど自分の力を天下に示している者はいない。元々は末森城主であったにも関わらず、その地位を捨て、一足軽兵として戦場に出た。其の戦で武功を上げ、近侍、今では一郡を治める領主となった。隣国で、敵対しているにも関わらず、尊敬と少しの羨望の想いを持っている事に気づいた。……あの人と一度、共に軍略を練りたい。あの人と共にいれば、俺は更なる高みに辿り着けるだろう……。
一五六一年(永禄四年)七月上旬 尾張国中島郡信勝の屋敷
〜織田信勝〜
……よし、何とか纏め終わったな。
日記の続きを書いていた。題名とかも考えておいた方が良いだろうな。何にしようかな。『信勝立志伝』とか?それとも『信勝英雄伝』とか?……厨二病チックだな。やめよう。恥ずかしい。また今度考えよう。
今は小姓に伊右衛門を呼びに行ってもらっている。理由は、伊右衛門に頼みたい事が三つ有るからだ。
一つ目は素破の情報を探ってきて欲しい事だ。これは何よりも優先して欲しい事だ。美濃を調略で攻める時に必要になる。これなんだが、少し迷っている事がある。この近くの素破と言えば伊賀か甲賀なんだが、あの二つとも俺に仕えてくれるかという懸念がある。俺は素破を召し抱えたい。だが、基本的に素破は仕事を引き受けて、任務を行うといった感じだ。伊賀、甲賀に仕事を依頼している所は多いだろう。其の中には有力家も有るに違いない。それなのにわざわざ田舎の一領主に仕えるなんて事は有り得ないだろう。やはり、実力はしっかり有り、名を知られていない素破がいれば良いのだが……。俺が素破を探しているという噂をそれとなく広めるか。恐らく生活に困っている素破が俺の元に直接仕官しに来るだろう。伊右衛門に任せるか。
二つ目は大和国の島左近清興への勧誘だ。この島左近なんだが、史実では石田三成の家臣だ。元は筒井家の家臣だったらしいが主家が滅び、浪人生活をしているところに三成が仕官を持ちかけたらしい。なかなかの武勇の者だ。是非とも欲しい人材だ。恐らくまだ十七、八歳ぐらいだろう。まだ筒井家には仕官していないだろう。出来れば獲得したい人物だ。
それともう一つは……。
「勘十郎様、伊右衛門殿が参られました」
「うむ、入れ」
藤七郎が伊右衛門を連れて来たようだ。藤七郎が襖を開けて、伊右衛門が中に入った。
「藤七郎、二人だけにしてくれ」
「はっ」
そう言うと、藤七郎は下がっていった。大分慣れてきたみたいだ。藤七郎は俺の小姓にして、他の兄弟は全員足軽兵とした。訓練に励んでいるらしい。ちなみに、波瑠は俺の家事を代わりにして貰っている。料理が途轍もなく美味しい。
「勘十郎様、お話とは?」
伊右衛門が少し近付いて、話した。
「うむ―――」
一五六一年(永禄四年)九月中旬 尾張国清洲城評定の間
〜織田信長〜
「面を上げよ」
俺がそう言うと皆が頭を上げた。今、評定の間に居るのは織田家の重臣たちだ。戦略をたてる為に呼んだ。勘十郎たちは呼んでない。今は領地経営に集中させておきたかったからだ。
「五郎左、申せ」
五郎左は、はっ、と言って少し前に出て来た。
「我らは田楽狭間に於いて今川治部大輔義元を討つ事に成功致しました。そして今川軍は西三河を放棄し、駿河まで撤退致しました。放棄された西三河を松平が拾い、統治しておりまする」
五郎左が言い終わると一礼して座った。
「やはり、同盟するしか無いな」
「しかし松平は先代からの仇敵。同盟に応じますかな?」
「松平現当主は一時期、織田家にいた竹千代殿であろう。同盟を結ぶ可能性はあると思うが」
「今川と結ばれると少し厄介な所が有りますからな。此方から先手を打つべきかと」
権六、佐渡守、大学助、三左が話している。竹千代か……。中々強かな所が有るな。機を見計らっていた様だ。面白い……。
「松平とは同盟を結ぶ。しかし、彼方から同盟の打診が有った時のみだ」
『はっ!』
うむ、これで良い。どちらの立場が上かははっきりさせておかねばならん。
「次は美濃攻略についてだが……。一つ勘十郎から文が届いておる」
俺がそう言うと皆は少し不思議そうな顔をしておる。小姓に言って持って来させた。そして、五郎左に読ませた。五郎左は一礼して文を開いた。少し困惑している様に見える。
「"浅井との同盟はせぬ方が良いと存じ候"と書かれておりまする」
「一体何を仰っておるのだ……。浅井との同盟が無ければ、美濃の攻略に時間がかかるでは無いか……」
「右衛門尉、勘十郎もそこまで考えておる。それ故の文であろう。誰か真意が分かる者はおるか?」
間に沈黙が流れた。
暫くして、権六が咳払いをして、俺の方を見た。
「恐らく、独力で美濃を獲る事が出来るのでしょう」
「で、あるな。奴には何か策が有るのだろう。この評定の意図も分かっておった様だしな。食えぬ奴よ」
少し空気が軽くなった様に感じた。
「一度浅井との同盟は見送る。お市の別の嫁ぎ先を見つけねばならんな」
皆、渋々頷いたといった感じか。これまでの勘十郎の動きを考慮するとこの文は無視できん。それは分かっている様だな。……恐らく後々対立すると考えておるのだろうな。朝倉関連か?それとも……。考えても仕方あるまい。軍議を続けよう。
「一度、皆を呼び、大評定を開きましょう。そこで美濃攻略の軍議を改めて行いましょう」
林佐渡がゆったりとした口調で言った。うむ、その通りだな。ならば今はその先の事を話すか。
「ならば、美濃攻略後の話をしておこうか。俺は天下を狙う。五畿内の事では無いぞ。全日ノ本の統一を武力で行う」
皆が頷いた。よし、志は揃っている様だな。
「美濃を攻略した後、武田と同盟を結び、目を西に向ける。速度重視で上洛する。良いな?」
『はっ!』
―――
一五六ニ年(永禄五年)一月中旬 美濃国稲葉山城本丸
〜一色龍興〜
「殿!竹中から人質が参られました!」
「うむ!此処に連れて来い」
俺がそう言うと小姓が下がった。やっとあの馬鹿も命令に従ったか。生意気な青瓢箪め。身の程を知れ!
小姓が襖を開けると、一人の男が入って来た。俺と同い年位か。
「竹中久作重矩と申しまする。兄上の人質として参りました。宜しくお願い致しまする。それと、兄上から殿への献上物が有りまする。どうかお納め下さい」
そう言うと久作は小姓に献上物を持ってくる様に頼んだ。
暫くして小姓が持って来たのは豪華な品物ばかりであった。有名な壺や、刀剣、清酒までもあった。金は百貫だそうだ。
「竹中も漸く身の程を知った様だな!褒めて遣わす!」
献上物はまあまあだな。金は少ないな。もっと増やす様に言うか。
これで一段落がついたな。次は尾張の大うつけ退治だ。父に出来なかった事を俺が達成する。待っていろ信長め。その首、父の墓前に供えてやるわ!
「久作、お主刀は振れるか?」
「……え?あ、いや、はっ、振れまする」
「そうか……。では庭に来い。相手してやる」
「……はっ!有難き幸せ!」
そう言って立ち上がり、部屋を出て庭に向かった。俺の苛立ちの捌け口となってもらおうか。俺は木刀を持って、廊下を歩いて行った。久作は俺の後ろを少し離れて付いて来ていた。




