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【一般】現代恋愛短編集

パパ活したい私がクラスメイトにトモ活として購入されたから覚悟したのに手を出してこないんですけど

作者: マノイ

「お願いします!働かせてください!」

「ダメダメ、君の学校はバイト禁止だろ」

「そこをなんとか。どうしてもお金が必要なんです!」

「そう言われてもねぇ。規則を破ってバイト禁止の高校の生徒を働かせたことがバレたら、この地域でまともに商売出来なくなっちまう。悪いけど諦めてくれ」


 コンビニバイト募集のチラシを見つけて交渉に臨んだけれどあっさりと追い出されてしまった。 


 これで何件目だろう。


 バイト禁止の高校に通っている生徒がこっそりバイトをするなんていうのは物語の中だけのことだったのかな。

 だって何処に行っても必ず学生証の提示を求められて拒絶されてしまうのだもの。


 こうなったら怪しいバイトに手を出すしかないのかな。

 でもそんなバイト、どうやって調べれば良いのか分からない。

 ネットで探してもそういうのは大抵が詐欺な気がするし。


「はぁ……」


 今日も成果を得られず、私はため息を漏らしながら帰宅することになった。


「ただいま」

「おかえりなさーい」


 出迎えてくれたのはお母さんだった。

 今日は通院する日だけれど、もう診察が終わったのかな。


「まだギプス外れないんだ」

「そうなのよ。もう平気だと思うのに。次までお預け」


 お母さんは先日交通事故にあった。


 青信号で横断歩道を渡っていたら、信号無視した車が突っ込んで来てねられた。

 全身を強く打ったのでしばらく入院することになったけれど、運良く致命的な怪我には至らず既に退院して元気そうにしている。


 私も弟も事故のことを知った時は頭が真っ白になり、病院でボロボロになったお母さんを見て一緒に号泣なんかもしたけれど、お母さんが無事に退院したことでメンタルは復調している。


 降って湧いた危機をどうにか乗り越えて元通りの平和な日常が戻って来たかのように思えるけれど、実は一つだけ大きな問題があった。


「そうそう、お母さん明日は会社に行って手続して来るから、帰って来るの遅くなるかもしれないわ」

「……うん」

「そんなに悲しい顔しないの。仕事なんてまた探せば良いんだから」


 入院によってしばらくの間出社出来なかっただけで、お母さんが会社をクビになってしまったことだ。

 それによって収入が無くなり、今後の生活が苦しくなってしまった。


 入院費用や通院費、その間の生活費は保険のおかげでなんとかなったけれど、この先どうなるのかは不透明。

 本来であれば事故を起こしたヤツから搾り取りたいところだけれど、無職無免許盗難車飲酒保険なしのトップオブクズだったためそもそも取れるものが無かった。


 お母さんは怪我が治ったらすぐにまた就職するなんて言ってたけれど、今の会社に入るのだって相当大変だったんだ。

 簡単に就職先が見つかるとは思えない。


 だから私が働いて少しでも家計の足しになればと思ったの。


――――――――


「はぁ……ホントどうしよ」

朱莉あかりちゃん元気ないねぇ」

「世の中世知辛いなぁって嘆いてたところ」

「うら若き乙女が何を辛気臭い事を言ってるの。貴重なJKなんだよ。一分一秒も無駄にせずに青春しなくちゃ!」

香奈かなの元気を分けて欲しいよ」


 欲しいのは元気よりもお金だけれど、流石に友達にそんなことは言えない。


 お金と言えば香菜はまだアレを続けてるのかな。

 香菜は私の知る青春とは少しばかり違う青春を送っている。


「元気なのは当然だよ。だってほらほら、ちょー高いバッグ買って貰っちゃったんだ」


 高校生には不釣り合いであろうブランド物のバッグの写真を見せられた。


「こんなの貰って大丈夫?本当に春を売って無いよね」

「もちろん。私は健全なパパ活で稼いでいるのだよ」

「パパ活の時点で健全じゃないよ」


 そう、香菜はパパ活でおじさま方に沢山貢いで貰っている。


 性的なことは絶対に無し。

 ちょっとしたデートに近い感じで奉仕して小金を稼いでいるだけ。


 だから大丈夫だと香菜は言っているけれど、私には大丈夫とは思えない。

 危険だから絶対にダメだと何度も言ってるんだけれど、味を占めたのか止めてくれない。

 一度痛い目を見ないと分からないとは思うんだけれど、そもそもその痛い目に合わせたくないから止めたいので困っている。


 でもそっか……パパ活か……


「ねぇ香菜。パパ活ってそんなに儲かるの?」

「え゛!」

「なによその声」

「いやぁ、朱莉ちゃんがそんなことを言うなんて思わなかったから」

「……」


 何度も何度も止めなさいって注意しているからそう思われても仕方ないか。


「朱莉ちゃんには向いていないからダメ。油断してるとすぐにくっさいおじさんに騙されて好き放題されちゃうんだよ。そんなの嫌でしょ」

「嫌…………だけど」


 それでも大金が手に入るのなら、と考えてしまった。


「うえ゛え゛、そんなに困ってるの?」

「まぁねぇ」


 自分の春を売ったらいくらになるだろうか、なんて考えてしまうくらいには病んでしまっているのだろう。


 好きでもない中年男性に抱かれるなんて生理的に絶対に嫌。

 それにもしそんなことをしたら家族が悲しむ。

 冷静に考えたらそこまで急いで稼がなくてもお母さんの職探しの状況を待てば良い。


 理性と、手軽に大金が手に入る誘惑とで、私の感情はせめぎ合っていた。


「朱莉ちゃん」

「な、なに?」


 突然香菜の口調が真面目なトーンになって面食らってしまった。


「絶対に変な事考えたらダメだよ。香菜ちゃんみたいな真面目なお人好しは絶対にパパ活なんてやっちゃダメ。いい、分かった!?」

「う、うん」


 まさか香菜がこんなに真剣に注意してくれるとは思わなった。

 てっきり仲間が出来たって喜ぶのかと思ってたよ。


「ほんとだよ!ほんとだからね!」

「分かった。分かったから泣かないで!」


 しかもボロボロと涙を流して私を止めてくれた。


 その姿を見て私は少し冷静になれた。

 私がやらかしてしまったら、家族もきっとこのような反応になるだろう。


 想像の中でしか無かった最悪の未来の欠片を香菜が見せてくれたことで、私は一旦踏みとどまることが出来た。


 だけれども、その一線は別の形で踏み越えることになってしまった。


――――――――


「あ、あああ、あの、峰岸みねぎししゃん。す、すすっ少し、お話良いでしゅか!」

高輪たかなわくん?」


 その日の放課後、私はクラスメイトの男子に声をかけられて人の居ない校舎裏に連れていかれた。

 どう考えても告白シチュなのに、バイト探しの事で頭がいっぱいで全く気付いていなかった。


 高輪くんとは中学の時にも一度だけ同じクラスになったことがある。


 前髪をとても長く伸ばしていて目を隠しているので何を考えているのか良く分からない男子だ。

 人と話をするのが苦手で友達もいないみたい。


「それで何の用かな」


 高輪君はどう話しかければ良いか分からず焦っている様子。

 だから私から声をかけて話しやすいようにしてあげた。


「ひ、ひひ、昼休みっのこと、ダメだと思うっんですっ」

「昼休み?」


 今日の昼休みは香菜とパパ活について話をしていた。

 最終的に香菜が泣き出しちゃったからクラス中から注目されちゃった。


 もしかして高輪君はあの話を聞いていて私に注意してくれているのかな。

 そう考えるとこんな人気ひとけのない場所に誘い出した理由も分かる。

 私にとって他の人に聞かれたくない話だと思って気を使ってくれたんだと思う。


 ふぅん、高輪君って結構良い人なのかな。


「ありがとう。今のところ・・・・・やる気は無いから安心して」


 香菜も家族も泣かせたくないもの。

 私の脳裏にはまだ昼休みの香菜の姿が強く印象に残っている。


 ただ、本格的に家計が切羽詰まったらどうなるかはまだ私にも分からないけれど。


「ぜ、ぜぜぜったいにダメ」


 そんな私の揺れる心を察したのか、高輪君は念押しで注意してくれた。

 やっぱり良い人みたい。




「しょ、その代わりに、僕と『トモ活』しましぇんか!」




 訂正。

 全然良い人じゃなかった。


 パパ活の代わりにトモ活ってつまりそういう事・・・・・よね。


 私の体が目当てだなんて、最低の男子じゃない。


「あのね、高輪君……」


 いくらお金を貰えるとは言え好きでもない男子に抱かれるなんて、おじさんに抱かれるのと大して変わらない。


「一回十万出しますから!」

「!?」


 そんなに貰えるの!?


 いやいや、いくらなんでもそんな嘘には騙されないよ。

 高校生がそんな大金払えるわけが無いじゃない。


「こ、ここ、これ」


 高輪君はスマホでWeb通帳の画面を見せてくれた。

 そこにはとんでもない金額が記されていた。


 確かにこれだけあれば十万円なんて軽く支払えそうだ。


 パパ活のことは良く知らないけれど、一回十万っていうのは破格な気がする。

 それにさっきはおじさんと一緒なんて言ったけれど、同年代の男子相手とそういうことをするのは普通よね。

 家族にも恋人が出来たって誤魔化せそうだし……


 いや、ダメよ。

 お金でそんなことするのは間違っている。

 香菜の涙を忘れたの。


 でもこれはパパ活とは違う。

 男の人がデートで奢ってくれたりするのと同じよ。

 それにこんなに短期間で十万円も稼げる美味しい話をふいにするの?


 私の中で天使と悪魔が戦っている。

 家族の笑顔と涙が天秤にかけられている。


 バレなければ大丈夫よね……?


 私は欲望に負けてしまった。


――――――――


 次の土曜日の午後。

 私は高輪君の住むマンションへと向かった。


 トモ活をするということで高輪君に誘われたのだ。


 彼の家の扉の前でしばらくの間逡巡したけれど、覚悟を決めてインターフォンを押した。


「峰岸さん、いらっしゃい!」


 人生で初めて男の人の部屋に入った。

 思ったよりも綺麗で片付いている。

 っていうのは失礼かな。


 高輪君は一人暮らしをしているらしい。

 私は今日、ここで高輪君に……


「ささ、入って入って」

「お邪魔します……」


 男の子の香りがする。

 浴室らしき場所の脇を通る。

 綺麗に整えられたベッドが目に入る。


 その度にこれから起こるだろうことを想像してしまい胸のドキドキが止まらない。

 体が勝手に火照り出す。


「ささ、好きなところに座って」

「うん」


 ここでベッドに腰かけたら喜ぶかな。

 なんて思ったけれども自分から誘っているようで恥ずかしかったから、普通に用意されていた座布団に座った。


 そしてなんとなく近くにあったクッションを手に取った。

 あ、これ手触り良いな。

 何処で手に入るんだろう。


 じゃなくて、アレをやらないと!


 私は鞄の中から小さなポーチを取り出して、高輪君が見ていない間にベッドの近くの死角になっているところに置いた。


「飲み物用意するね。何が良い?」

「持って来たからお気遣いなく」


 何が混ぜられているか分かったものじゃないから飲めないよ。

 色々とされちゃう覚悟はしてきたけれど、これ以上はダメってボーダーは決めてある。

 だから私は飲み物を持参していた。


 それでも強引に変なものを飲ませようとしてくるならお金を貰わず帰る。


 高輪君は私が要らないと言ったのを特に不満に思うことは無く、自分の分だけ用意して戻って来た。

 考えすぎだったのかな。


「それじゃあ早速だけど遊ぼうか」


 来た。

 これから私は高輪君に遊ばれちゃうんだ。

 しかも十万円分も。


 どんなことされちゃうんだろう。

 痛いのとか強引なのは嫌だけれど十万円も貰うなら我儘は言えないよね。


 ううん、それでも一応言っておこう。

 少しくらいは手心を加えてくれるかもしれないし。


「あの、高輪く……」

「峰岸さんはどんなゲームが好き?」

「え?」


 ゲームってえっちなゲームのことかな。

 今日のために男の人が喜ぶことを色々と調べて来たけれど、流石にそんなのは範囲外だよ。

 どうしよう、高輪君は結構マニアックみたい。


「やっぱり王道のレースゲームかな。それが苦手なら日本全国旅しながら物件を買うゲームとかもあるよ。それとも格闘ゲームや大乱闘するのが出来たりするかな。流石にFPSをやっているタイプには見えないけれど一応一通り揃ってるよ。他にも一緒に狩りをするやつとかパーティーゲーム的なのもあるから好きなのを選んでよ」


 あれ、ゲームって普通の意味だったの。

 そういえばえっちなホテルにはそういうのも常備してあるって聞いたことがある。

 まずは普通に遊んでリラックスするってことなのかな。


 いきなりトモ活なんて言って家に呼ぶ割にはただがっつくだけじゃないんだ。

 少しだけ見直したかな。


 それにしても高輪君、饒舌になり過ぎ。

 自分のテリトリーだと話せるタイプなのかな。


「ゲームなら弟と遊ぶことがあるから一通り出来ると思う」

「へぇ峰岸さんって弟がいるんだ」

「ええ」


 高輪君が選んだのはアイテムを使って相手を妨害するレースゲームだった。


「峰岸さんうっま!」

「まぁね」

「それなら僕も本気出しちゃうぞ」


 高輪君のゲームの腕はかなり上手だった。

 姉の威厳を見せて弟をボコすために色々なゲームを練習したから私はそれなりに強かったりするけれど、互角の勝負だった。


 負けたくないな。


「そこでスター出るのはズルイでしょ!」

「ふふん、日ごろの行いよ」

「ちぇっ、悔しい」

「これで私が先に十勝ね!」


 ってなんで普通に楽しんでるのよ!

 あまりにもギリギリの戦いだったからつい熱中しちゃった。


「ふぅ、少し休憩しようか」

「ええ」


 私はここにゲームしに来たわけじゃ無い。

 トモ活しに来たの。

 忘れるところだったよ。


 高輪君の雰囲気作りが上手いということにしておこう。


「お菓子一杯あるから好きなの食べてね」


 高輪君はポテチやクッキーなどの沢山のお菓子を持って来た。


「あと、お願いがあるんだ」


 もしかしてついに来たのかな。

 ゲームする時にもう少し傍に寄って欲しいとか。

 お菓子を食べさせあいっこしようとか。


 そうよね、このままだと色っぽい雰囲気にはならないからその要望も当然のこと。

 うう、ゲームしながら色々と触られちゃうのかなぁ。


「ちょっと待っててね」


 と思っていたら高輪君はまた台所に向かって何かを持って来た。

 やっぱり何かを飲ませたいのかな。

 絶対に飲まないからね。


「冷た!」


 私の予想は外れまくりだ。

 高輪君が持って来たのは真ん中でパキっと割れる液体ジュースを凍らせた棒状のアイスだった。




 え、まって、それの形ってアレよね。


 まさかソレを私のあの場所に入れろって言うの!?


 高輪君マニアックすぎるでしょ!




「はい、これどうぞ」

「え?」

「僕、友達とこれを半分こして食べるのが夢だったんだ」

「……」

「溶けちゃうよ?それとも要らない?」

「あ、ううん、もらうね」


 普通に食べていいの?

 これを使えってことじゃないの?

 それともやらしい舌使いで食べてってこと?


 高輪君の考えが分からないよ。


「まさか峰岸さんがこんなにゲームが上手いなんて思わなかったよ」

「高輪君こそとても上手いよ。前髪で前が見辛そうなのに」

「あはは、もう慣れたから」

「じゃあ前髪どけたらもっと強くなるのかな」

「どうだろう、あまり変わらないと思うんだけど」


 大して気にせずに前髪の話を出してしまったけれど危なかった。

 不自然に伸ばしているからもしかしたらセンシティブな話題だったかもしれないもの。

 機嫌を損ねるのは危険だから絶対にやってはならないことだったのに。


 でも大丈夫そうで良かった。

 それならそれでもう少し踏み込んでみようかな。


「前髪は切らないの?」

「うん、表情を見られていると思うと上手く話が出来なくなっちゃうんだ」

「そうなの。でも今は普通にお話し出来てるよね」

「だって峰岸さんはお友達だから」


 どういう意味だろう。

 友達だから大丈夫。

 言い換えるとこれからする・・相手だから大丈夫ってことよね。 


 そうか分かった。

 する時に慌てるのはみっともないから頑張ってるって意味だ。


 男としての見栄ってやつなのかな。

 それならもう少し頑張って貰おう。


「じゃあ試しに前髪をけてみてよ。ほら、私ヘアピンもってるから」

「ええ!?」


 前髪が陰気な感じに見えちゃうんだよね。

 素顔が良いとは限らないけれど、ダメだったら戻してもらえば良いだけの事。


「良いけど、笑わないでよ」

「笑わないって」


 高輪君は嫌がることなくヘアピンを受け取ってくれた。


 もしかしたら喜んでくれているのかもしれない。

 だって前が良く見えるようになって私の、その、色々を見やすくなるってことだから。


 そう思ったら急に恥ずかしくなってきた。

 だって今の私の行為って、私の事をじっくりと見てって言っているようなものじゃない!

 あううう。


 でもそんな私の恥ずかしさは吹き飛ばされた。


「どう……かな……」

「ふぇっ!?」


 嘘でしょ。

 これはあまりにも予想外だった。


 まさか高輪君がこんなにイケメンだったなんて!


 もし素顔を晒していたら学校中の女の子が黙ってないよ。

 今の私みたいにみんな瞬間沸騰機になっちゃうよ。


 え、私、今日こんなイケメンに抱かれちゃうの?

 お腹のあたりがキュンとした。


「やっぱり似合ってないよね」

「ううん、絶対に今の方が良い!」


 むしろ今のままでお願いします。


「高輪君って肌の手入れとかしてる?」

「もちろんだよ」


 男の子らしい油ぎった感じがほとんど無くてとても清潔感がある肌だ。

 陰気さが無くなったからか、照れくさそうにしているのが守ってあげたいオーラに感じられてポイントが高い。


 体つきも、ややほっそりしているけれど健康的。

 もし脱いだ時に筋肉質だったら……


「峰岸さん大丈夫!?」

「うん、らいじょうふ」

「まさかお酒とか飲んでないよね」


 妄想が暴走して危ないことになるところだった。

 私が襲われる日のはずなのに、思わず襲ってしまいそうになるところだったよ。


 慌てて話題を少しだけ変えた。


「髪の毛は何処で切ってもらってるの?」

「それがね……」


 私達のトークはしばらくの間止まらなかった。

 高輪君がイケメンだったことに面食らったけれど、それは別として普通におしゃべりを楽しめていたと思う。


「あはは、なにそれ!」

「でしょ、僕も変だと思ったんだ」


 この後の事を忘れて思わず笑い合ってしまうくらいには。


「さて、そろそろやろうか」


 でもついにその時がやってきた。

 今日の本題。

 『トモ活』の時間。


 今度こそ覚悟を決める時だ。

 いくら高輪君がイケメンだったからとは言え、それが体を許して良い理由にはならない。

 さっきのは一時の気の迷いでただの暴走だ。


「次はナニをやろうか」


 ナニをやられちゃうのかな。

 高輪君はナニから求めて来るんだろう。


 いきなり脱がしに来るのかな。

 それとも体中をまさぐって来るのかな。

 それとも強引に押し倒されるとか。




「大乱闘なのも出来るんだっけ?」

「……」




 大変楽しくゲームを堪能させてもらいました。


 遊びすぎて外がオレンジ色になっている。


「もうこんな時間かぁ」


 そうか、高輪君は夜になるのを待っていたんだ。

 昼は楽しく遊んでその流れで夜に本命のトモ活をする。


 高輪君は純情そうだし、やるのは夜だっていう拘りがあってもおかしくない。


 ということは、流石にそろそろ展開が変わるはずよね。




「名残惜しいけど今日はここまでかな」

「え?」

「はい、これが約束の分」

「え?」

「とても楽しかったよ。ありがとう。またよろしくね」

「え?」




 気付いたら私はマンションの外に立っていた。


 どういうことなの。


 えっちなことは?


 トモ活は?


 ゲームしてお菓子食べておしゃべりしてゲームしただけだよ。


 これじゃあ普通に『友達』として遊んだだけじゃない。


 もしかして『トモ活』の『トモ』って普通に『友達』のことだったの?


 セックスフレンドのことじゃないの!?


 うわああああ!


 最初からそう言ってよおおおお!


 せっかく鞄の中に替えの下着とかゴムとか色々と用意してきたのに。


 脱がされやすい服装にして男の子が好きそうな下着を選んで来たのに。


 今日一日ずっとえっちなことばかり考えてたのも恥ずかしすぎる!


「あ、しまった!」


 高輪君の部屋にポーチを仕掛けたの忘れてた。

 急いで取りに戻らないと。


「あれ、どうしたの?忘れ物でもあった?」

「うん、そうなの」


 私は慌ててポーチを手にして逃げるように家に帰った。


――――――――


「八、九、十……うん、十万円ぴったり」


 ぴったり、じゃないよ!


 どうしてあれだけのことで本当に十万円渡して来たの。

 意味が分からないよ。


「これは絶対に返さなきゃ」


 パパ活だのトモ活だのと、なりふり構わずお金を稼ごうとした私が言うのもおこがましいけれど、このお金は受け取れない。

 どう考えても十万円に見合うことを私はしていないもの。


 貰えるものなら貰っておけば良いじゃない、とは思えない。

 お金の誘惑に負けたくせに、この誘惑だけは負けられない。

 自分のことながら変だと思う。


「でもどうやって返せば良いのかな」


 学校にこれだけの大金を持って行くのは無くしそうで怖い。

 だとするとまた休みの日に高輪君に会って返すのが良いかな。


 そう思っていたタイミングで高輪君から連絡が来た。


『水曜の放課後、一緒にカラオケに行こうよ』


 チャンスだ。

 お金は後で返すとして、この時にそのことを高輪君に伝えよう。

 出来れば彼の真意も聞いてみたいところ。


 と意気込んでいたのだけれど。


「ねぇ高輪君、この前の十万円なんだけど」

「僕の番だ。よし、歌うぞ!」

「え、あの」


「どう、結構上手いでしょ。自信あるんだ」

「うん、驚いたわ。それでね、この前の」

「でしょでしょ。峰岸さんより上手いかもね~」

「……なんですって?」


「いやぁ歌った歌った」

「結局同点だったわね」

「採点ではそうだけど、実際は僕の方が上手かったよね」

「何言ってるの。私の方が上手かったでしょ」


 結局言い出せないまま、普通に楽しんで帰って来ちゃった。

 私の馬鹿!


 しかも、しかもよ。

 鞄の中にいつの間にかとんでもないものが入ってたんだから!


『今日の分です。お納めください』


 メッセージと十万円が入った封筒よ!

 返さなきゃいけないお金が増えちゃった……


 しかもその日の夜、とても嬉しくておめでたくて、私だけが困ってしまう出来事が起きてしまった。


「え?就職先が決まった?」

「そうなのよ。去年行った派遣先から声をかけて頂いたの」

「決まるの早すぎない?その会社大丈夫なの?」

「大丈夫よ大企業だから」

「え!?」


 会社名を聞いてみたら私でも知っている名前だった。

 お母さんには悪いけれど騙されているようにしか思えなかった。


「前の会社に就職する時はあんなに苦労してたのに、大企業に入れるなんておかしいよ」

「あの時は就職氷河期だったからよ。それに今は逆に人手不足だから中途採用のハードルはそんなに高く無いの」

「そうなんだ……その、おめでとう」

「ありがとう!これで二人に心配かけずに済んだわ」


 まさかの懸念点だったお母さんの就職がいともあっさりと決まってしまった。

 しかも大企業だから収入も大幅アップの上に安定しそう。


 これであの二十万円は文句なしに不要になってしまった。


「それにしてもやっぱり早すぎない?大企業だから文句なしなのかもしれないけれど、もっと時間をかけて探すのかと思ってた」

「だって早く決めないと朱莉が変なことするかもしれないじゃない」

「え゛」

「学校に黙ってバイトするんだ、とか。何処行ってもバイトさせてもらえないから怪しいバイトを探すんだ、とか。いっそのこと春を売って大金を手に入れるんだ、とか」


 ぐはぁ、完全にお見通しだった。


「私が大丈夫って言っても朱莉は信じてないみたいだったからね。取り返しのつかないことになる前にと急いだの」


 ごめんなさい、取り返しのつかないことになるところでした。

 高輪君が私の想像通りの人だったらアウトでした。

 私がここまで早く行動するところまではお母さんも読めてなかったみたい。


「まさか朱莉、もう手を出したなんてことは無いわよね」

「ひいっ!大丈夫だよ!」


 お母さんが怖い!

 もし手元に二十万円があることを知られたら……


 早く返さないと!


「よし、次の土曜日に絶対に返す!」


 お母さんはすでに私を疑ってそうな雰囲気だった。

 来週まで長引いたら多分バレる。


 次の土日での返却は絶対だ。


「ほんと、馬鹿なことしたなぁ」


 あまりの愚かさ故、過去の自分をぶん殴りたくなってきた。

 でもそれは何もかもが上手く行った未来を知っているからであって、最悪の想像通りの未来だったのならば私は高輪君の話が無くても結局何かしらの最低の選択をしたのだろう。


 ダメダメ、考えれば考える程自己嫌悪に陥って気分が沈んでしまう。

 そしてそれを家族や友達に勘付かれてゲームオーバーだ。


 別の事を考えよう。


 そういえば高輪君はなんで私にこの程度のことでお金を渡したんだろう。

 一緒にゲームしたりカラオケに行くだけで十万円もの大金を渡すのは異常だ。


 実は本当は私が想像した通りの事をしたかったんだけれど、勇気が出せなくて手を出せなかったとか?


 なんて考えるのは失礼か。

 だって高輪君は本気で楽しそうに私と遊んでいたから。


 それなのに私は心の中でえっちな事ばかり考えて……

 うう、今度は恥ずかしくなってきた。


 思えば私、結構マニアックなやらしいことまで考えていたような。

 違うの。

 これはその、勉強したからその影響が出ちゃっただけなの。


 決して私がやらしいってわけじゃないんだからね!


 高輪君がやらしい人だと決めつけていた申し訳なさと自分のハレンチさが入り混じってベッドの上で悶えてしまった。


 そうだ、申し訳なさと言えばコレもそうだった。


 高輪君の家に行った時に仕掛けた小さなポーチ。

 その中には音声レコーダーが入っていた。


 高輪君に嫌なことを無理やりされそうになったり脅された時のための保険に仕掛けておいたものだ。


『僕、友達とこれを半分こして食べるのが夢だったんだ』


 なんとなく再生して聞いてみるとこれが恥ずかしいこと恥ずかしいこと。

 私がその時に考えていたことを思い出しちゃってまたしてもベッドの上で悶えてしまった。


『とても楽しかったよ。ありがとう。またよろしくね』

『え?』


 確かこれで最後だったはず。

 いや、この後に取りに戻ったからもう少しだけ録音されているのかな。


 私が帰った後の高輪君。


 もしかしたら何か独り言を呟いているかもしれない。

 流石に聞くのは趣味が悪いなと思い止めようと思ったら間に合わずに声が聞こえてしまった。


『お母さん、僕、友達が出来たよ』

『でもこれで友達なんて言ったらお母さんは怒るよね』

『怒ってくれるよね……』


 最初は電話をしているのかと思った。

 でも話し方の雰囲気が会話をしているようには感じられなかった。

 まるで何かに一方的に語り掛けているような感じだ。


 これは高輪君にとってセンシティブなことかもしれない。

 だとすると他人が簡単に聞いてはならないだろう。


 今すぐに再生を止めてデータを削除しなければならない。

 でも先を聞かなければならないとも何故か思ってしまった。


 その迷いで体が動かなくなっていた私の耳に、その言葉が飛び込んで来た。



『お母さんが残してくれたもの・・・・・・・・をこんなことに使ってごめんなさい』



 その『残してくれたもの』という言葉を聞いて私は思わずある場所を見た。

 勉強机の鍵付き引き出し。

 その中に入っている二十万円を想像して。


――――――――


『お前を友達だと思った事なんて一度もねーよバーカ』

『高輪?友達じゃないよ。ちょっと顔が良いから一緒に居れば女が寄って来るかなって思ってただけさ』

『高輪くぅん、俺達友達だよな。ちょっと今月ピンチなんで金貸してくれねぇ?』


 運が悪かったのか、相手を見る目が無かったのか、僕は『友達』にことごとく縁が無かった。


 いとも簡単に裏切られ、利用され、虐められる。


 『友達』なんてものは僕にとって苦痛の代名詞でしか無かった。


 だから僕は親しい人を作ることから逃げてぼっちであり続けようとした。


 そんな逃げ腰の姿勢だった僕に罰が当たったのか、僕は本当の意味でのぼっちになってしまった。


 幼い頃にお父さんを亡くして母子家庭で育った僕は、お母さんをも病気で亡くしてしまったのだ。


 親しい親戚などはおらず天涯孤独。


 僕は高校を卒業したらお母さんが残してくれた遺産が尽きるまで引きこもり、孤独死するかもしれない。


 病床のお母さんが僕にこんなことを言わなければ。


『大丈夫。良治りょうじは良い子だからきっと沢山友達が出来るよ』


 女手一人で僕を育ててくれたお母さんのことを僕は大好きだし尊敬もしている。

 そんなお母さんが死に瀕していながらも僕の事を想ってこう言ってくれたんだ。


 頑張りたかった。

 頑張って友達を作りたかった。


 でも『友達』へのトラウマがある僕には決して簡単なことでは無く、高校でもずっとぼっち生活が続いていた。


 そしてある日、あまりにも卑怯な裏技を使って僕は『友達』をゲットした。


 その『友達』である『峰岸さん』と沢山ゲームをしてとても楽しかった。

 僕は峰岸さんが帰った後に写真に写るお母さんに報告した。


「お母さん、僕、友達が出来たよ」


 それはお金で買った仮初の関係だった。


「でもこれで友達なんて言ったらお母さんは怒るよね」


 友達をお金で買うなんて馬鹿なことをするんじゃないと、きっとお母さんは怒るだろう。


「怒ってくれるよね……」


 怒られたいな。

 怒ってよお母さん。

 激怒しても良いから……




 声を聞かせてよ。




 ダメダメ。


 こんな情けないようじゃお母さんが心配して本当に怒って出て来ちゃう。

 ちゃんと謝って事情を説明しないと。


「お母さんが残してくれたもの・・・・・・・・をこんなことに使ってごめんなさい」


 子供のために残した遺産の使い道としては誰がどう考えても愚かだろう。

 だから僕はまず素直に謝った。


「でも僕、どうしても『友達』を作るのが怖くて、こうでもしないと信用出来なかったんだ」


 『トモ活』は金銭を支払うことで『友達』になるという『契約』だ。

 カツアゲの時に使われる言葉だけの偽の『友達』ではない。

 『契約』だから相手が『友達』であることに間違いはない。


 唯一の心配は相手が契約破りをする可能性。

 でも今回はそう心配する必要は無い。


「そうそう、僕は騙されてお金を取られたわけじゃないからね。峰岸さんは絶対に大丈夫だから。あんな良い人が僕を騙すことなんて絶対にありえないもん」


 僕は中学の時に峰岸さんに助けられたことがある。

 

 文化祭の時に学年全員で協力して大きな一枚絵を作成する企画があったんだけれど、そこで僕が大失敗してその絵の大部分を台無しにしてしまったんだ。

 その場にいた同級生達からとてつもない負の感情を向けられて、僕はあまりの恐怖で動けなくなってしまった。

 もし足が動いていたら全力で逃げ出して二度と学校へは行かなかっただろう。


 そんな僕を庇ってくれたのが峰岸さんだ。


『大丈夫大丈夫。失敗は誰にだってあるから。さ、一緒に直そう』

『え?』


 最初は何を言っているのか分からなかった。

 僕のことをなじるのではなくてフォローしてくれる人がいるなんて信じられなかった。

 だって先生ですら僕を忌々しそうな目で見て来るんだよ。


 当然、僕の味方をする峰岸さんに向けても心無い言葉が投げかけられた。

 でも彼女は全く意に返さなかった。


『だって私が失敗した時にこんな風に見られたくないもん。その時は高輪君は味方になってくれるよね』


 それで完全に雰囲気が良くなったというわけでは無かったけれど、峰岸さんの言葉を想像出来たっぽい人達が修理に加わってくれて、そのまま流れで全員で復旧作業することになった。

 その間も峰岸さんは場の雰囲気を明るくするのに努めてくれて、結果的にピンチをみんなで乗り越えたという良い想い出に塗り替えられた。


 峰岸さんがいなければ、クズ野郎のせいで全てが台無しにされた文化祭というマイナスの印象が強く残り、その後の僕に対する風当たりは想像すらしたくないものになっていただろう。


 だから僕は、あの時全く迷わずに僕を守ってくれた心優しい峰岸さんを信じている。


 でもその峰岸さんに異変が起こった。


 高校生になっても友達が出来ず、昼休みに寝たふりをしていたら峰岸さんの会話が聞こえて来たのだ。


「峰岸さんが『パパ活』したいなんて聞いて本当にびっくりしたよ。絶対に止めなきゃって思って気が付いたら行動してた。それだけはお母さんに褒めて貰いたいかな」


 『トモ活』は僕が友達を作るための『契約』だけれど、本当は峰岸さんを助けるために咄嗟に思いついたことだった。

 峰岸さんが『パパ活』をするのを防ぐためにお金を渡す。

 その理由として絞り出したアイデアだったんだ。


「峰岸さんみたいな素敵な人を絶対に苦しませたくないから、もう少しだけこのお金を使わせてくれないかな」


 これで本当に峰岸さんが救われるのかは分からないけれど、『パパ活』をする羽目になるよりも悪いことは無いはずだ。


 また、僕だって利点が無いわけじゃ無い。


「それに『トモ活』は僕にとって悪い事じゃなかったよ。だって峰岸さんが僕の『友達』になってくれたおかげで、僕は一歩踏み出せるかもしれないから」


 峰岸さんとの『友達』関係は仮初のものかもしれないけれどとても楽しかった。

 峰岸さんは本当の『友達』として接してくれたように感じた。


 こんな風に気兼ねなく笑い合える『友達』が欲しい。

 トラウマを抱えているにも関わらず、そう思えるようになった。


 僕はまだ『契約』なしに友達を作るのはきっと難しい。

 でも峰岸さんとの楽しい経験を知ったからこそ、諦めないで頑張ろうとも思えた。


「僕頑張るから、見守っててね。お母さん」


――――――――


「いらっしゃい、峰岸さん!」


 私はまた高輪君のお家にお邪魔した。


 高輪君は今度は街に遊びに行きたかったらしいけれども、私がまた高輪君の家で遊びたいと強く要望したからだ。


 もちろん今日は遊びたいわけじゃ無くて別に理由がある。


「今日は何して遊ぼうか!」


 無邪気に笑う高輪君の事情を私は知っている。

 いや、知ってしまった。


 高輪君が私のためにお母さんの遺産を使ってくれたこと。

 相手を信頼出来ず、『友達』を作ることが怖いこと。


 そしてこの二つに繋がるキーワードが『トモ活』


 レコーダーに記録されていた高輪君のお母さんに向けた言葉を聞いてしまった私は悩んだ末に一つの答えを出した。


「その前にちょっと良いかな」

「何かな?今日もお菓子や飲み物沢山用意してあるよ。それに前回峰岸さんに負けたのが悔しいから練習したんだよ。今度は負けないからね」


 やっぱりそうだったんだ。

 高輪君は私がお金について触れようとすると、私を挑発したりして誤魔化そうとする。

 カラオケの時はそれでやられてしまったけれど、今日はそういう訳にはいかない。


「これ返すから」


 私は高輪君の言葉には惑わされずに、封筒に入った二十万円を取り出して思いっきり彼に叩きつけた。


「え?」


 これで安心は出来ない。

 だって高輪君のことだから後でこっそり三十万円を私の鞄に入れそう。

 しっかりと言っておかないと。


「お金が必要なくなったの。だからこれは返すね」

「で、でも『トモ活』してもらったから払わないと」

「馬鹿じゃないの!?そもそもあんなことでお金貰えるわけないじゃない!」


 本当に馬鹿なんだから。

 私なんかのためにこんなにも大事なものを捧げるなんて大馬鹿よ。


 あなたの真意を知って私がどれだけ悶えたと思う?

 毎日あなたのことばかり考えてしまっているんだよ。


「そ、それじゃあ『トモ活』は……?」

「契約終了ね」


 こんな異常な関係、さっさと終わらせた方が二人のため。


 そして次のステップ・・・・・・に進まないと。


「そ、そそ、しょうでしゅっか」

「元に戻っちゃうの!?」


 ついさっきまで普通にお話出来てたのに。

 私相手だったら大丈夫になったわけじゃなかったの!?


 ちょっとだけ試してみよう。


「……やっぱりもう少しだけ契約を続けようかな」


 叩きつけた封筒を拾ってみた。


「なぁ~んだ。驚かせないでよ」

「…………」


 そんな馬鹿な。


「なわけないでしょ!」


 そして再度叩きつけた。


「そ、そそっそ、しょんっなぁ~」

「何で戻っちゃうの!」


 冗談よね。

 冗談だって思いたい。

 冗談だって言って。


 でもきっと冗談ではないのだろう。

 恐怖で体を震える様は決して演技には見えないから。


「さっきまでと同じように話してよ!」

「むむ、むりー!」

「なんで!?」

「だだ、だって、『友達』じゃなひっから」

「もう、高輪君をこんなにしたの誰よ!」


 高輪君のトラウマを甘く見ていた。

 まさかここまで酷いだなんて。


 こんなんじゃいつになったら次のステップにいけるか分からない。


 まずはなんとかして話だけでも出来るようにしないと。


「ねぇ高輪君。私の事、信じられない?」


 高輪君は私を悪い人だとは思っていない。

 だからそれを利用する。


 相手が自分を騙したり陥れる人物で無いと信じられるのなら、まともに会話が出来るのではないか。


「しん……じ……てる」

「もう一回言って」

「信じ……てる」

「もう一回」

「信じてる」

「良くできました」


 高輪君の体の震えは収まっていた。

 まだ全身に力が入っているようだけれど、少しは『トモ活』の時の雰囲気に近づいたかな。


「深呼吸して」

「う、うん」


 私が悪い人で無いと思ってもらったら、次はリラックスして力を抜いてもらおう。

 これで本来の高輪君に戻って欲しい。


「落ち着いた?」

「うん、ありがとう」


 よしよし、これで普通にお話し出来そうだね。

 今なら落ち着いて私の話を聞いてもらえると思う。


 私は少しだけ背筋を伸ばして気合を入れた。




「高輪君、ありがとう」

「え?」




 私を助けてくれてありがとう。

 私を信じてくれてありがとう。

 私を『トモ活』の相手に選んでくれてありがとう。


 高輪君が救ってくれなければ、私は取り返しのつかないことをしていたと思う。

 家族や友達、そして高輪君を悲しませて絶望の毎日を過ごす羽目になっていたと思う。


 本当にありがとう。


「私はあなたの優しさに救われたの」

「え?え?」


 高輪君は人付き合いが苦手かもしれない。

 過去に大きなトラウマを持っていて日常生活を送るのも苦労しているかもしれない。

 多くの人がきょどる彼の姿を気持ち悪いと思うかもしれない。


 でも私にとってはこれまで会った男性の中で一番心優しい人だ。

 お母さんの想いを受け取ってトラウマを克服しようと頑張れる人だ。

 他人と関わるのが怖い癖に私のために努力して行動してくれる人だ。


 実はイケメンというのも素敵な要素ではあるけれど、それよりも肌や髪を毎日しっかりと手入れする清潔感の方がポイントが高い。


 だから私は『トモ活』の契約なんか無くてもあなたと一緒に居たい。


「契約が終わってもまたこうしてお話がしたいな」


 出来れば私が勘違いした方の『フレンド』に近い事なんかもしたいなーなんて。


 だって今回の出来事で自分がかなりむっつりなことを自覚させられてしまったんだもん。

 しかも自覚すると不思議なことにそういうことへの興味が強くなっちゃった。


「それって僕と『友達』になってくれるってこと?」


 もちろん高輪君がそこまで考えるわけが無い。

 彼の頭の中は『友達』を作ることで一杯だからだ。


 でもごめんね。

 私が望んでいるのは『友達』じゃないんだ。


「それは無理」

「えー!!」


 だって私はあなたと『恋人』になりたいんだもの。


「嘆かないの。私が『友達』作りも協力してあげるから」

「ほんと!?」

「うん、でも頑張るのは高輪君だよ」

「分かってる。頑張るよ、ありがとう」


 高輪君が友達を沢山作るための活動。


 それが私達の新たな『トモ活』


 お金のやりとりも契約も無い、若者にとって定番の目標だ。


「あれ、それじゃあ僕と峰岸さんの関係って何になるんだろう」


 あはは、気付いちゃったみたい。

 その答えが知りたかったら、まずは『友達以上』を知らないとね。

この二人はお互い心優しい人物であると同時に心の弱さも抱えています。

きっとこれから二人で協力して成長して行くのでしょう。

(と書くことで家族や友達を泣かせる選択をしたヒロインに対するヘイトを少しでも減らしたい)


よろしければ評価していただけると嬉しいです。

特にこの手の長い話がどう受け取られたか分かると今後の参考になりますので。

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― 新着の感想 ―
[一言] いいハナシで終わって良かった良かった。
[一言] 手っ取り早く結論を述べよう、、 この話の続きはどこで読めますか?
[一言] >家族や友達を泣かせる選択をしたヒロインに対するヘイト 正直なところ、家族のために身を切る決断をした人を責める気には全くなれないっすね! 最初はちゃんとバイト探そうとしてたわけですし。 と…
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