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8/75

1.

 シルヴィアが屋敷で働き始めて十日が過ぎた。


 はじめはお互い相手を気にしながら動いていたが、十日もたつとお互いの動きに慣れてきた。

 シルヴィアも住み込みで働くのは初めてのことで戸惑う事もあったが、雇っているバンフォードが寛大な主なので、そこまで苦労することはなかった。


 最近、朝一番にすることはまずは竈の火を入れる事。その後、応接室のガラス戸を開け、空気を入れ替える。

 雇われた次の日からやり始めたことだ。


 とにかくこの家は空気が淀んでいる。

 そのため、少しでも空気を入れ替えようと、日々窓を開け空気を入れ替えた。


 もちろん、全ての窓を開けることはできないので、最も使う場所を重点的にだったが。


 厨房で、朝食の支度にとりかかる。

 今日は、雇われて二日目の朝食に出して、思いのほかバンフォードが気に入ったふわふわなパンケーキだ。


 作るのは手間だが、やわらかい感触がシルヴィアも好きだ。


 卵を割って、卵黄と卵白に分ける。

 卵黄には、牛乳、小麦粉、ケーキなどで使用する重曹を入れて混ぜておく。

 その後、卵白をかき混ぜていくが、この工程が一番大変だ。とにかく固くなるまで必死に混ぜる。混ぜている間に、何回かに分けて砂糖を入れていく。


 糖分を取りすぎると、おそらくバンフォードはすぐに身体の肥やしにするのだろうが、とりあえず三食きちんとバランスよく食べてくれているので、少しくらいの甘いものはご褒美だ。

 夕食後に、何かほかにも食べたそうな視線を感じるときも、笑顔で黙殺していたので。


 何事も我慢させるのは良くない。


 温まったフライパンに生地を流し込み、色を付ける。

 色がついた頃合いにひっくり返し、ふたをして蒸す。


 砂時計で時間を計り、出来上がるとそっとお皿に盛りつけた。


 これを初めて出したとき、はじめはなにこれ? という視線だった。

 パンケーキと言えば丸く薄いケーキだが、これほどぷるぷるして厚みがあり柔らかそうなものが本当にパンケーキなのかと。


 半信半疑でバンフォードは一口大に切ったそれを、口の中に入れる。

 じゅわっと口の中に入れた瞬間蕩けるような触感。


 驚いたように、シルヴィアを見て必死でおいしいと褒めてくれたのは、いまだ記憶に新しい。


 パンケーキだけではバンフォードは足りないので、他にバゲットも取り出し切り分ける。

 面を広く切り、その上に野菜や卵などをトッピングし、お皿の上に並べた。

 もちろん、野菜も食べてもらわないと困る。

 好きなものだけ食べるなど、許さない。


 シルヴィアは最近、変な使命感に燃えていた。


 あの瞳を見た時、絶対バンフォードを馬鹿にした相手を見返してやると。

 そのための布石は、食事改善。

 まずはそこから始めようと。


「お、おお、おはよう……ございます」


 準備を整え応接室に行くと、光が差し込む応接室に起きてきていたバンフォードが座って待っていた。


 少しずつシルヴィアの存在にも慣れているようで、なによりだ。


 朝の洗顔の準備なども必要ないということで、シルヴィアは本当に屋敷の管理と食事だけの仕事だった。


「そ、そそ、それは!」


 そわそわとしているバンフォードに、にこりと微笑みお皿を並べていく。

 お茶を淹れて、いつもの定位置にシルヴィアが座ると、食事の始まりだ。


「こ、ここ、これ、好きです」


 ふわふわパンケーキにバターを乗せ、蜂蜜をかけているバンフォードが早い動きでパンケーキを平らげていく。

 シルヴィアは自分の分は二つ作り、相手には四つ作ったが、あっという間だ。


 好きなものは後に取っておきたい派のシルヴィアは、ゆっくり他の野菜も食べていくが、好きなものは先に食べたい派なのか、バンフォードはぺろりとパンケーキを食べ終えた。


 若干物足りなさそうだが、正直これ以上作ると腕が疲れるのだ。

 なにせ、作る工程が大変なので。お菓子職人の凄さがよくわかる。腕にすごい筋肉がありそうだ。


「こ、ここ、これ……毎日でも――……」

「バンフォード様」


 シルヴィアが笑顔全開で、バンフォードの言葉尻を遮った。


「申し訳ありませんが、毎日お作りするのは無理でございます。なにせ、とても大変なので。腕を痛めてしまいます」

「そ、そそ、そんなに?」

「そんなに、でございます」


 できなくはないが、やりたくない。

 肉焼いて、野菜を切って盛り付ける――といった簡単な作業じゃないからだ。


「……そ、そそ、そうなのですね――……、ぼ、ぼぼ、僕が手伝ったら――……」

「お菓子作りは繊細な動きが必要です。バンフォード様は自信がおありでしょうか?」

「……」


 お菓子作りは正確な分量を量った方がおいしくできる。適当にやっておいしくできるのはその道の玄人だけだとシルヴィアは思っている。

 お菓子作りに繊細さも必要だが、基本体力勝負だと思う。

 それだけならバンフォードは適任かもしれないが、ここでじゃあお願いしますと言ったら、嬉々としてやりそうだ。


 自分の好きな事のためなら、進んで面倒な事もしそうだった。


 主が好みのものを出すのも使用人だが、健康に配慮するのもまた使用人だと思っているシルヴィアは、糖分が多いこのパンケーキを毎日出したくないため、繊細さを求めてみた。

 求められるのは肉体労働だが、あえて繊細さを出したのは、粗雑ではないが、どこか不器用なバンフォードにとどめる為。


 それは本人も分かっているので、答えは沈黙で返ってきた。


「ご理解いただけたようで何よりです」


 しゅんとして次は黙々とバケットを食べ始めたバンフォードは、悲しそうだった。

 まるで子供が叱られた後のように。


 仕方がない。

 際限なく与えていたら、早死にしそうだから。


「……そ、そそ、それなら……み、みみ……三日に一度――……」

「十日に一度なら」

「……い、いい、五日――」

「では、七日。それ以上短く提案されるなら、十日にします」

「わ……わわ、分かりました」

 

 今日は初めて自分の意思を見せたバンフォード。交渉までしてくるほど、このパンケーキがお気に召したとは思っていなかった。

 自信が無く、自らを前面に出すことのない相手だったが、これは驚くべきことだ。


これ以上意地悪するのは、よくないと判断し、七日に一度は出すように決める。


「その代わり、お願いがあります」

「お、おお、お願い?」


 シルヴィア自身もバンフォードに対し、こんな風にはっきり願いがあると口にしたのは初めてで、バンフォードがきょとんとしていた。


「はい、ずっと思っていたのですが……、髪切らせてくれませんか?」


 バンフォードの身体が固まるように止まる。

 そして、それが長く続き、次の瞬間叫ばれた。


「い、いいいい、い、い、嫌です!!」


 と。





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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかほのぼのとした感じのお話で楽しみです。
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