5.
賑やかな夕食のあとは、全員で片づけをする。
正直、一人でやった方が早い気がしていたが、人のやる気をそぐのも申し訳なく、手伝ってもらう。
一人の時よりも、賑やかに時間をかけて片づけが終わると、エルリックはあっさりと部屋に引き上げていく。
邪魔はしないよ、と一言残して。
ひらひら手を振って背を向けたエルリックを、シルヴィアとバンフォードがなんとも言えない顔で見送った。
「……お茶でも、飲みますか?」
寝るにはまだ早いが、だからと言ってここでは特にやることもない。
今まで、二人きりでどうやって過ごしていたか思い出すと、お茶を飲みながらたわいもない話をすることがあった。
毎日ではなく、なんとなくそういう気分になった時に。
しかし、バンフォードは首を横に振って散歩を提案した。
「外は寒いので、もしよろしければ……という感じなのですが」
「ええ、ご一緒させてください」
一度部屋の前で別れたが、お互い、外套をとってすぐに合流する。
来るときに着ていた外套は、もこもこで温かい。フードもついているので、かぶると耳まですっぽり隠れるものだ。
外にでると、冷たい空気が肌を刺す。
少しだけ油断して、手袋を持ってこなかった事をシルヴィアは少し後悔した。
「寒いですね……」
「もう冬に入りましたからね。手袋していないんですか?」
「少し油断しまして」
バンフォードも手袋していない。
なんならシルヴィアより薄着だが、本人は体温が高めなので、そこまで寒がりではなかった。
隣の立つバンフォードは少し躊躇しながらも、シルヴィアの手を握る
「温かいです」
ひやりとしている自分の手とは違う、大きな手の温もりはシルヴィアの手を包み込む。
片方だけなのに、身体全身が温かくなっていく気がしていた。
歩き出すその目的地はやはりというか、昼間整えた薬草園。
夜にしか採取できない薬草があると教えてくれたのは、初日の夜。
怯え戸惑いながらも、バンフォードはシルヴィアから逃げなかったあの夜、バンフォードの瞳が綺麗だと知った。
隠れた宝石は、輝きを失うことなく、今もずっと――いや、初めて見た時よりもいっそう美しく輝いている。
「なんだか、いつもすみません……この屋敷で外を出歩くと、どうしてもここしか思いつかなくて。本当なら、庭園でも造ればよかったのですが……」
「バンフォード様にとってみれば、庭園よりも薬草園に方が見ていて癒されるのではありませんか? 主人の好みで屋敷を作り替えるのは普通の事です」
屋敷の敷地内は、いたるところに薬草を植えて育てていたが、特に日当たりのいいところでは大規模に育てていた。
庭園は、人の目を楽しませ時に癒す。
バンフォードに取っては、その役割が薬草園ならば、シルヴィアはこのままでもよいと思っている。
どちらにしても、今から作っても管理は難しい。
それに、シルヴィアもこのままでいいと思っていた。
「わたしも、この風景が落ち着きます。華やかな庭園も好きですが、ここはバンフォード様が丹精込めて作った場所ですから、特別なんです」
「ありがとうございます。僕にとっても、この場所は色々と特別ですから」
薬草園の前でクスクス笑いあう。
夜のそこは、昼間に手入れしたので、少しだけ落ち着きを戻していた。
二人で並んでしゃがみ込みながら、薬草を眺めた。
思い出話を語り、バンフォードの愚痴を聞き、シルヴィアが慰める。
それはいつもの事だが、ふいにバンフォードの顔つきが変わった。
「シアさん……ずっと言いたかったことがあるんですが――」
「なんでしょう?」
何気なくバンフォードを軽く見上げると、突然バンフォードが上着のポケットから小箱を渡してきた。
そして中をパカリと開くと、そこには大小の指輪が入っている。
細い指輪は小指用のもので、小さな石が埋め込まれていた。
大きい方には薄い色のサファイアが。そして小さな方にはアメジストが。
「と、東洋には結婚するときに指輪をつける風習があるそうです。この国にはない風習なのですが、僕はそれがすごくいいなと思いまして……」
バンフォードは、緊張したように話し出す。
「本当は薬指に着けるらしいですが、この国では小指には運命の相手と赤い糸でつながっているという童話があります」
「知ってます。わたしも子供の頃に読みました。素敵な話で、わたしもどこかに運命の相手がいるのかなと、よく想像してました」
「指輪は薬指でもよかったんですが……、僕にとっての運命の人であるシアさんとは赤い糸でつながっていると、そう信じています。それを形にしたかったんです……」
バンフォードはいつも真剣な瞳で問いかける。
緊張しているのに、その瞳には迷いがなく揺るがない。
そして、そっと瞳を伏せ、シルヴィアの握っている手を微かに持ち上げ、バンフォードが自らの唇をそっと落とす。
まるで、騎士の誓いの様に。
次にシルヴィアに向けられた紫の輝きは、ただ真っすぐシルヴィアを見ていた。
あの晩――、初めてバンフォードの瞳を見た時のように、互いの瞳にはお互いの姿しか映っていない。
「シルヴィア・ハルヴェル嬢、僕と結婚してください」
将来を誓い合って、すでに婚約もしているのに、今更かもしれない。
しかし、バンフォードはけじめをつけるように、シルヴィアに乞う。
数か月で、人はあっという間に変わっていく。
バンフォードがそうであるように、シルヴィアも。
恋も知らなかったのに、今はただ相手を愛おしく思い出あふれていた。
シルヴィアは、小箱を持つバンフォードの手を両手で包み込むように触れた。
恥ずかしくて、視線を少し落としてしまったが、勇気を出してバンフォードと視線を合わせた。
バンフォードは何も言わず、ただシルヴィアを待っていた。
この屋敷で過ごしていた時は、シルヴィアがバンフォードの答えを待っていたように。
「わたしも……、わたしも運命の相手がバンフォード様だと思っています――……指輪、つけて下さいますか?」
「もちろんです」
シルヴィアの手をゆっくりと取り、細い指に指輪を通す。
そして、シルヴィアもまたバンフォードの小指に指輪を通した。
ぎゅっと握りあった手から伝わる互いの体温。
「本当は……もっと色々考えていたんですが、僕にはこれが精一杯でした……」
もっと、感動するような言葉を考えていたが、結局言えたのは結婚してほしいと乞う言葉だけ。
でも、それがバンフォードらしい。
飾らない言葉だからこそ、まっすぐ伝わる思い。
「わたしは、どんな言葉でもうれしかったです」
バンフォードがここを選んだのは、二人の始まりの場所だからだ。
「ありがとうございます」
シルヴィアの方から背に腕を回し、抱きしめた。
バンフォードもシルヴィアを抱きしめ、耳元で本音を漏らした。
「……不埒な事はしないと言いましたが――……少しだけいいですか?」
許可を求める必要などない。
お互いの気持ちは同じなのだから。
指に触れた唇は、今度はシルヴィアの唇に落とされた。
優しく、そして愛おしそうに。
それは、新しい関係の始まりで、深い結びつきだった。
お互いの指には、運命を象った指輪の輝き。
それはいつしか人々の憧れとなり、結婚の申し込みの時には、指輪を用意するという風習ができたが、それは遠いようで近い未来のできごと。
~番外編 完~
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これにて番外編も終了となります。
約一か月間ですが、最後まで読んで下さりありがとうございました!