3.
二人でゆっくりと市場を見て回り、朝食用にと食べ物を購入する。
シルヴィアが選んだのは、焼きたてのパンに新鮮な野菜が挟まっているもので、バンフォードは朝からがっつりと肉の串焼きとパンを買った。
たれの付いている肉は、香ばしくおいしそうな匂いだ。
ただし、朝から食べるのはシルヴィアには重い。
正直、よく食べられるなと内心では思う。
匂いにつられて集まっていたのはほとんどが肉体労働をするような男性ばかりで、女性が少ないところをみても、シルヴィアを同じ感想を持つ女性は多そうだ。
「一口食べてみますか? ここの串焼きはたれがおいしいんです。何本でも食べられそうなくらいに」
「実は、わたしも買ったことあります。お昼や夜ならいいのですが、朝には少し胃もたれしそうなんですよ。でも、せっかくなので一口だけ」
差し出された串焼きにかぶりつく。
こういうところでは無礼講だ。作法を気にせず食べる方がおいしい。
肉汁がじゅわっと溢れ、口を汚しそうになる。
やわらかいお肉と甘辛いたれが良く絡んでいた。
「おいしいですか?」
手を口にあててもぐもぐと動かすシルヴィアは、こくりと頷く。
「もっと食べますか?」
それには首を横に振る。
自分が買ったものもあるので、食べすぎると苦しくなりそうだった。
バンフォードは大きな口でかぶりつく。
普段の食事の際とは違う食べっぷりに、驚いた。
バンフォードはシルヴィアが驚いてみていることに気づくと、にこりと笑った。
「こういうものは、遠慮して食べるよりも、堂々と食べた方がおいしいです」
それはシルヴィアと同じ考えで、シルヴィアも購入したパンにかぶりついた。
野菜の瑞々しさとシャキシャキした歯ごたえが、先ほどのお肉の味をさっぱりと変えていく。
「おいしいですね」
「はい、すごくおいしいです」
開放感の中食べる料理は、なぜかいつもよりおいしく感じる。
「今度、ピクニックにでも行きますか?」
「いいですね。以前エルリック様が持ってきてくださったようなバスケットを準備して、公園でお花を見るのもいいですね」
二人でやりたいことはたくさんある。
行きたい場所も。
「それには私も誘ってくれる?」
後ろから話に混ざってきたのは、エルリックだった。
バンフォードが睨むも効果はない。
「仕事はどうした」
「それがね、二人を見てると疎外感半端ないんだよ。どうせ、私が護衛につくのは今日明日だけだから、少しくらい混ぜてくれてもいいだろう? 護衛対象者と護衛が仲良く話すなんて普通だし」
嫌そうなバンフォードの側で、シルヴィアが不思議そうな瞳で見返した。
「今日だけなんですか?」
「私はね。良くも悪くも、親しすぎるとよくないんだよ。客観的に動けなくなるから。護衛ならともかく、監視対象でもあるから」
そういえば、そうだった。
バンフォードは国にとって得難い人物ではあるが、それと同時に危険人物の疑いもかけられている。
「というわけで、シアちゃん甘いものでもいかがかな?」
そうやって乱入してきたエルリックにバンフォードの目じりが吊り上がっていく。
「邪魔しないって、言っただろう!」
「外でだけ。屋敷では二人に近づかないよ、約束するから」
果たしてそれだけなのかは、神のみぞ知る。
食べて飲んで、通りが仕事で荷馬車が行きかう前に、シルヴィアとバンフォードは郊外に向けて出発した。
もちろんエルリックも。
馬に乗っている間は声をかけてこないが、バンフォードは不機嫌そうだ。
「バンフォード様」
「……分かっています。エルリックは、わざと邪魔なんてしてきません」
声をかけると不機嫌ながらも、彼は理解していた。
おそらく、シルヴィアとバンフォードに気をつかって何も言っていないだけで、エルリックの中で何かあったのだ。
二人を邪魔すると分かっていても話しかけてきた、何か。
近くに自分がいるという存在を見せたかった、何かが。
それが分からないバンフォードではないが、邪魔されたという思いもあった。
「この先、いつもこんな苦労をすることになるんですね……、すみません」
「謝る必要はないですよ……、本当はこれも結構無理したのではありませんか?」
監視件護衛がつくようになったということは、そういうことだ。
もうすでに、色々水面下ではあるのだろうと、シルヴィアは考えていた。
「そうですね……、でもどうしても一度は二人で行きたくて。この先、なかなか行くこともできませんから。今しかないかと思って……」
「わたしも同じ気持ちです。バンフォード様と出会った思い出の場所ですからね」
思い出の場所はいくつもあるが、あの場所ほど思い入れのある所はないとシルヴィアは思っている。
「久しぶりなので、楽しみです」
シルヴィアが笑えば、バンフォードも笑う。
二人で笑いあえた、初めての場所だ。
「何も変わらないなぁ」
「そうでしょうか? 少し殺風景な気がします」
「薬草園がすごいことになってます……」
一番初めに薬草園に目がいくのがバンフォードらしい。
「本当に、すごいことになってるな……」
手入れする者がいなくなれば、荒れるもので。
しかし、そこは荒れるというよりも、好き勝手自由にのびのびと育っているといった方がいい。
「これ、こんなに背が高く成長することないんですが、こっちも実をつけてるし、あっ、こっちは蔦が巻き付いて――!」
困惑――、ではなくバンフォードは興奮していた。
今までバンフォードによって綺麗に整えられていた場所は、自由な楽園とでもいうべきように薬草が青々と茂っていた。
それは本当に、好き勝手に。
もともと、バンフォードが薬草が育つ環境――主に土や水など気をかけていたのだが、離れる際には、少し残念そうにつぶやいていた。
――ここもそのうち枯れていくでしょうと。
温室のものは、ほとんど鉢植えになっていたので持ち運びやすかったが、ここはすでに根を下ろしているものばかりで、バンフォードは諦めていた。
それが、びっくりするくらいたくましく、成長していた。
「ここまで、成長するのは珍しいんですよ! 普通どんなに環境を整えても、頭打ちなのに……。どうしてでしょうか? 何か要因が? これ、この実だってなかなか実らないんです。まだ育成の確立がしていないから、高値で取引されているんですが、もし実をつける条件が分かれば、また安価な薬が作れます!」
目を輝かせてバンフォードが横にいるシルヴィアに言う。
本当にうれしそうだ。
「あ、これは調べないと! 専門の人にお願いをして、それから――」
あれこれ考えだすバンフォードの言葉尻が段々小さくなっていく。
そうしたのだろう方首をひねると、すみません、と返ってきた。
「何がですか?」
「仕事――ではないですが、せっかく出かけたのに、つい夢中になってしまって……」
「わたしは楽しそうなバンフォード様を見るのも好きなので、構わないですよ。それに、これは重要な事です。安価な薬が作れるようなれば、またみんながバンフォード様を見直しますから」
徐々にではあるが、バンフォードは評価を上げているが、社交界ではまだバンフォードの功績を疑問視する声もある。
それがシルヴィアにとって見たら、口惜しい。
「……すみません、じゃあ、ちょっとだけいいですか?」
「ええ、お手伝いしますよ」
早速と言わんばかりん薬草に手をかけようとしている二人に、後ろからエルリックが声をかけた。
「先に、荷物もって中に入った方が良くないか? そのあとゆっくりやればいいだろうに」
エルリックの正論に、シルヴィアとバンフォードはそれもそうだと、立ちあがた。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。