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1.

 ある日、バンフォードが泣きそうになっていた。

 そして、泣きそうになりながらシルヴィアに訴えてきた。


「最近シアさんと二人っきりになれてません!!」


 と。




 卒業パーティーが終わり、冬も真っ盛り。

 新年が始まれば、年初めの王宮舞踏会が開かれ、それが社交シーズンの開始の合図となる。


 今年成人したシルヴィアは、当然今回の社交シーズンは初めて。

 そのため、どれほど大変な事なのか知らなかった。

 リリエッタをはじめとする女性使用人と共に、大量のドレス選びが待っており、それに合わせた小物や装飾品の数々、その合間にダンスの練習もかかせないし、貴族の顔と名前も勉強中。


 知らないことを知るのは楽しいが、貴族として知っておくべき知識が足りていないので、王宮舞踏会までにはなんとかしたいところだった。


 バンフォードの方も、今回の王宮舞踏会で功績に対する勲章をもらう事が決まり、その受賞の準備や当日の進行の確認などで、王宮を行ったり来たりしている。


 それゆえに、なかなかゆっくり二人で話すことができずにいた。


 それに煮詰まったバンフォードがシルヴィアに訴えてきたのだ。


「分かってます! これは僕の我儘だって!! でも、婚約者なのにどうして婚約した途端にこんなに会うことが難しくなるのでしょうか? 一緒に暮らしているのに!」


 バンフォードは悔しそうにこぶしを握る。

 一緒に暮らしているとは言っても、クラーセン侯爵邸には人が多く暮らしていた。

 現クラーセン侯爵であるヴィンセントを筆頭に、リリエッタ、アデリーン。そのほか使用人も半分以上は住み込みだ。


 二人きりになりたかったら、どちらかの部屋に赴くことになるが、特に最近は様々な事情でできていない。


 主な原因は忙しすぎるから、これにつきる。

 ただし、これは今だけの問題で、しばらくしたら落ち着くはずだった。


 最後に二人きりになったのはいつだったか、と思い出し、卒業パーティーの晩だったな、と少し頬を染めて思い出した。

 思い出すと、色々恥ずかしくなるので、シルヴィアは誤魔化すように笑みを浮かべてバンフォードに話しかける。


「これが終われば、ゆっくり時間が取れるのではありませんか?」

「分かってます……でも、今シアさんが足りないんです! 研究もちょっと煮詰まって、新しい解決法が思い浮かばないし! そもそも僕はもっと違う研究がしたいんです!」


 バンフォードが今行っているのは、きっと毒薬に関する研究だ。

 もともと、この研究は好きじゃないとは言っていた。人の命を奪うようなものは、バンフォードの中では許せないことだ。


 しかし、もし解毒薬を作れれば、助かる命もあるからと頑張っている。

 ただ、本来やりたい研究は、難病などの治療薬開発らしい。

 あとは、シルヴィアのためのものだったりするが、これは本当に趣味のようだ。


「バンフォード様、わたしに何かできることはありますか?」


 何か手伝えるとは思えないが、希望があればできる限り叶えたい。

 するとバンフォードは、ゆらりと顔をシルヴィアに向けた。


「一緒に逃げ出しませんか……?」


 とりあえず、相当煮詰まっているようだった。


 しかし、それもいいかもしれないと思ってしまう自分もいた。

 シルヴィア自身も少し疲れていると感じていたからだ。


 慣れないことで四苦八苦していたので、息抜きをしたい。

 リリエッタやほかの使用人に迷惑をかけるのでそれを口にすることは難しいが。


「逃げ出すにしても、どちらにですか?」


 話に乗ってきたシルヴィアに、バンフォードが目を見開き、その次に大げさすぎるくらい喜びにあふれた表情になった。


「いいですか!? 実はもう考えていまして、王都から近くて一日ぐらいで行ける場所はやはり郊外の屋敷位だと思いまして、すでに家政ギルドの方に頼んで一通り掃除してもらっているんです!」

「え? もうすでに、ですか?」 

「食料品も手配してありますし、問題ないと思います!」


 シルヴィアは用意周到――ではなく、はじめから逃げ出す予定だったバンフォードに驚きを隠せない。

 しかも、シルヴィアを連れていくこと前提だ。


 なんだかんだ言いながらも、バンフォードは自らのやるべきことに対して責任をもって取り組んでいる。

 それなのに、今回はすでに逃げ出すことが決定していた。


「一日ぐらいは僕が姿を眩ませても問題ありません。シアさんも、書置き残していけば大丈夫です!」


 とても大丈夫だとは思えないが、バンフォードがいつになく積極的なので、シルヴィアは苦笑して頷いた。

 どうやら、どうしても二人きりになりたいようだ。


「叱られるときは一緒に叱られましょうね!」


 まるで子供のような言い分に、シルヴィアは久しぶりにおかしくなって笑った。

 今までのバンフォードなら、僕のせいにしてください、と言いそうなのに、今回は共犯に仕立て上げたかったようだ。


「いいですね、一緒に叱られましょう」


 穏やかに笑うシルヴィアに、バンフォードも嬉しそうに笑った。

 しかし、次の瞬間には何か嫌な事でも思い出したかのように、バンフォードの顔が歪んだ。


「ただ、邪魔者がいます……」

「邪魔者?」

「はい、これは仕方がないことなんですが……」


 ため息をついて話出したバンフォードに、確かにこれはどうしようもない事だと苦笑するしかなかった。




 当日の朝早く、シルヴィアは準備して待ち合わせ場所の薬草園に向かった。

 結局、お世話になっているのにこっそり出かけるのは気が引けて、シルヴィアはリリエッタにこっそりと伝えている。


 リリエッタは、笑って許可してくれたが、帰ってきたら覚悟するようにとシルヴィアに伝えた。


 もちろん、バンフォードにはこのことは秘密だ。


 薬草園にはすでにバンフォードがやってきていて、その傍らには上級騎士の制服をまとった人物――エルリックが立っていた。


「おはようございます、シアさん! 邪魔者は気にしないでください」

「まあ、そうだな。護衛だから、気にされるとむしろ困るね」

「というか、少し離れて護衛しろ! 二人っきりの気分になれないだろう」


 エルリックを邪険にしながら、バンフォードは離れるように言う。


「はいはい、基本的には屋敷から出ないんだろう? 出るときは絶対の声かけろ」


 バンフォードは、国から危険人物(・・・・)として認定され、護衛――ではなく監視を付けられることになっていた。


 もともとは、国に功績を認められ、バンフォードを保護してもらうことを考えていたのだが、国が下した決断は、功績よりも危険人物である方が高い――という判断だった。


 それもそのはず。


 みなが危惧している通り、解毒薬を作れるのなら未知の毒薬を作れる可能性があるからだ。

 バンフォードがいくらやらないと言ったところで、それを信用することができないのが上層部。


 もちろん、今までのバンフォードの功績も無視できず、結局護衛と監視のどちらも含まれた兵士や騎士が派遣されることになった。

 その先だって派遣されたのが、エルリックだった。


「僕は危険人物なんかじゃないのに……」

「そうだな、お前の性格は嫌と言うほど知ってるよ」


 エルリックは慰めたが、実は今後は表の護衛だけではないとは言わなかった。


 バンフォードは自分に危機的状況が起きようと、人を害することはないだろうが、もしシルヴィアに何かあれば、きっといいなりになってしまう。


 そう言った怖さが二人にはあった。


 実はすでに、家族に対して陰で護衛が付くことが決定している。

 もちろん、シルヴィアにも。


 二人っきりになりたいとバンフォードは言っていたが、この先は無理かもしれないので、今日を楽しんでくれればと思いながら、早速出かける二人に後ろからついて行った。





お読みいただき、ありがとうございます。

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