6.
ざまぁは期待しちゃいけない小説です。
シルヴィアは作法については、母親の指導の下かなり先行した知識があった。
それに伴う身体の動きも慣れたものだ。
しかし、ダンスだけは学ぶ前に両親が亡くなってしまった。
そのため、クラーセン侯爵邸でリリエッタが教師を呼んで教えてくれていた。
頑張ってはいるが、やはり子供の頃から学んでいた人たちと比べれば、出来栄えは若干劣る。
それはシルヴィア自身自覚していた。
ギルベルトの手がシルヴィアの手を取り、腰に回る。
今の身長は男性の中では少し小柄だったが、その手は意外と大きくこれからまだ身長が伸びそうだ。
踵の高いヒールを履いているシルヴィアと比べると、少し背が高い程度。
バンフォードと比べると、顔を少しだけ上に向けると、すぐに視線が合う距離。
曲がゆっくり流れだす。
それに伴い、足が自然と動きだした。
「苦手とおっしゃっていましたが、お上手ですよ」
「ギルベルト様がリードして下さっているからです」
序盤だ。
まだお互いに会話する余裕もあったが、次第に曲が盛り上がるにつれて、シルヴィアはステップを間違えないようにするので精一杯だった。
取り繕っているが、外からはどう見えるか心配だ。
しかし、シルヴィアを上手く導いてくれるギルベルトのおかげで、自分でも驚くほどうまく足を運べていた。
「緊張すれば、余計な力で上手く動けませんよ」
「そうですね」
リリエッタにも言われていた。
慣れの問題もあるが、多少相手の足を踏んでも身体の力を抜いたほうが上手く見えると言われた。
足元ばっかり気にして、下ばかり向いてはダメだと。
視線が気になるが、学生のイベントだからましだと思いながら曲にのる。
時々くるりと回る瞬間に、ざわめきが聞こえてくるのは、何か自分が失敗しているからだろうかと心配してしまう。
しかも、なぜか次第にざわめきが大きくなっているような気がした。
しかし、なんとか気にせず踊りきると視界の先には、泣きそうなローレンス男爵令嬢と険しい顔をしたアルゼルムがいた。
アルゼルムは憤慨したようにローレンス男爵令嬢を睨み、彼女の方は萎縮していた。
そのまま、終了の挨拶もせずにその場を去るアルゼルムに、後を追いかけるローレンス男爵令嬢。
ざわめきはさらに大きくなり、人々の目が去っていく二人に向いた。
そんな中響く一つの拍手で、全員が夢から醒めたようにシルヴィアとギルベルトに拍手と賛辞を送った。
首席のダンスが終了すれば、この後は自由にダンスホールに出れる。
若干の戸惑いを含みながら、男子女子ペアになって少しずつ人がやってきた。
結局、あの時何が起こっていたのかは、アデリーンが興奮気味に語った。
なんでも、男爵令嬢があまりにも見るに堪えないステップを踏んでいたため、何度もアルゼルムの足を踏んでいたらしい。
大勢の中で踊っていれば、足を踏む現場も人の陰に隠れて見えないが、大勢の人が見守る中での出来事なので、アルゼルムにも誤魔化すことはできない。
ローレンス男爵令嬢は、もともとダンスは上手くなく、どれだけ上手くリードする男性であっても、あれだけ下手だとリードすることも難しいそうだ。
そして、極めつけは履いていた靴の踵部分で思い切り踏まれたことだった。
あまりの痛みに耐えきれず、アルゼルムは足がとまってしまい、すでにダンスをするような状況ではなくなっていたらしい。
それだけでなく、周囲の目は公爵家の跡取りの蛮行を揶揄していたようだ。
女性を見る目がないと。
さらに、恥をかかされたと思ったのか、その場を取り繕うこともせず離れた姿に、あれが今年の首席か、とも呆れられていたと教えてくれた。
「首席の息子を自慢していたベイロック公爵は、相当お怒りだったようですよ」
「恥をかかせたと思われたでしょうか?」
「それよりも、息子の恋人に対して思うところがあるようです」
「身分差は、色々な弊害がありますから……」
金銭的な問題や、後ろ盾の問題、価値観など、下の者が上の者に合わせるのも、その逆も難しい。
ある意味、シルヴィアとバンフォードはかなり珍しい例ともいえる。
「僕はシアさんと一緒にいるためなら、なんでもしますよ」
「わたしだって同じ気持ちです」
今二人は壁の花になって、学生たちが踊るところを見ていた。
誰と何曲踊ってもいいため、ギルベルトは多くの女子生徒から申し込まれていた。
どうやらシルヴィアと踊っていたギルベルトがとても魅力的に見えたようだった。
申し込まれている姿にアデリーンはむっつりしていたが、今は晴れやかに笑っている。
申し込んできた女子生徒を断り、アデリーンに声をかけ今は二人で楽しそうだ。
「アデリーン様はやはりお上手ですね」
「シアさんだってお上手でしたよ。見ていた人たちが、褒めていました」
バンフォードはそういうが、アデリーンの方がやはりうまい。
それは誰が見ても明らかだ。
笑ってくるりと回っているアデリーンは、美少女ということを抜きにしても輝いている。
人を引き付ける輝きだ。
「ところで、シアさんはもう踊らないんですか?」
「学生ではありませんし、一度だけにしておこうかと……」
バンフォードは残念そうにため息をついた。
「この先、何度だって踊れますから」
「そうですね、今日は学生のためのものですから……我慢します。我慢しますので、屋敷に戻ったら我慢したご褒美をください」
先ほどの件をまだ根に持っているような口振りだ。
シルヴィアは小さく笑いながら首を傾げた。
「バンフォード様、わたしもまだ頑張ったご褒美をいただいていません……侯爵邸に戻ってから、わたしにもくださいね?」
「……戻ってからですよね?」
「戻ってからです」
もう邪魔されたくないので、とは言わなかった。
卒業記念パーティーが終わり、賞金は結局アデリーンとギルベルトのペアが獲得していた。
なんとなくそうなるのではないかと思っていたので、シルヴィアは文句はない。
その後、卒業式も無事済ませたアデリーンが怒り心頭でシルヴィアに愚痴りに来た。
「もう、信じられない!!」
珍しく昼間に時間のあったバンフォードといるときにやってきたアデリーンは、気を遣うということもなく、どかりと空いている椅子に座った。
バンフォードは、文句を言いたそうにしていたが、アデリーンの勢いに押されて、結局何も言わずに話を聞く態勢になっていた
「なにがあったんですか?」
「あの女のことよ!」
「あの女? ローレンス男爵令嬢のことでしょうか?」
アデリーンが口にするならば彼女の事しかないと思い、シルヴィアが尋ねると案の定だった。
「そうよ! 自分からギルベルトを裏切っておきながら、復縁を迫ってきたのよ!!」
「それは……また」
「ベイロックに振られたみたいね。ベイロックも、今父親から相当絞られている最中よ。首席だったのにあの体たらくで、本当に実力だったのか疑われているみたい――って、そうじゃなくあの女よ!」
ぎりぎりと歯ぎしりしそうなアデリーンは、いらいらとしてさらにつづけた。
「あまりにも堂々と、自分は悪くない、公爵家の嫡男に言い寄られたら断れないって言うもんだから、それを聞いてたみんなが呆れてたわよ。慰謝料も結局ベイロックからもらえないみたいだし? あの家お金なさそうだから、このあとどうするのかしらね?」
「それで、復縁するのか?」
「するわけないでしょう! 卒業式が終わった瞬間に縁が切れるのよ。つまり、切れたの。だからわたしが言ってやったわ。ギルベルトは今後わたしと付き合うことになっているから、男爵令嬢なんてお呼びじゃないってね!」
それを聞いていたシルヴィアとバンフォードは、アデリーンの大胆な告白にぽかんとしてしまった。
「こっちは侯爵令嬢よ。男爵令嬢なんかには負けないわよ! いつかお兄様が爵位を継いでも、わたしが元侯爵令嬢になっても、あんな自分勝手な女にギルベルトは渡さないわ!」
アデリーンは、こうしちゃいられない、と来た時と同じように慌ただしく立ち上がる。
「向こうは平民でわたしに遠慮しているけど、わたしはずっと好きだったんだから! 諦めないわよ」
ぎらぎらと獲物を狙う様に両手でこぶしを作り気合を入れていた。
そして、二人に挨拶もなく嵐のように去っていった。
残された二人は、どちらともなくつぶやいた。
「大丈夫なんでしょうか……」
「さあ……? でも叔父上はなんとなく賛成しそうな気もします」
ギルベルトは平民で、アデリーンは侯爵令嬢。
二人の間には埋められない身分差があるが、アデリーンはその壁を壊していきそうだ。
それだけの勢いがあった。
そして、それだけの熱意も。
「アデリーン様が幸せになるなら、わたしは歓迎です。ギルベルト様もきっと努力されるでしょうし」
「努力と言うか、押し切られそうですけど……」
まだ若い二人の未来は幾重にも枝が分かれているが、自分のように幸せになってくれればうれしいと、バンフォードに身を寄せながら、シルヴィアは心から願っていた。
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副題をつけるなら、アデリーンの恋、でしょうか?
番外編なので、こういう話もありだと思って書きました。
個人的に、アデリーン好きです。
番外編3はこれにて終了。