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5.

「すみません、バンフォード様。お約束を反故にするようなことを……」


 ショックを受けて固まっているバンフォードに、シルヴィアが頭を下げた。


「い、いえ……シアさんの考えはなんとなく分かります」


 バンフォードは肩を落としながらも、シルヴィアの考えを否定しなかった。


 当初シルヴィアは、ダンスに参加する予定はなかった。

 しかし、主催者側からぜひと言われ、バンフォードにもせっかくですからと誘われ、首席が踊ったあと、各々好きにダンスを踊る時間にバンフォードと踊るつもりだった。


 実は、シルヴィアは首席よりも成績が高かったことで、首席であるアルゼルムと同じタイミングで踊ることもできた。

 今はその権利を使おうと思っている。


「わたしはアルゼルム様と同じタイミングでダンスを披露することができます。そこでわたしとダンスを行えば、実技の実力はそう違わないと証明できるのではないかと思いまして」


 貴族学校の実技は社交に関するものだ。

 これは評価する人によって左右されるので、正直平等性はない。


 しかし、多くの人の目で判断してもらえれば、少なくともギルベルトがアルゼルムに比べて劣っていない、と来客の人たちに思ってもらえるのではないかと考えていた。


「それに、確か一番美しくダンスを行った男女には、貴族学校の支援者から賞金が入るのではありませんか? 受付でそのような説明を受けました。学生主催ならではの催しだと思ったんです。ここは貴族の集まる学校ですから、賞金額もかなりのもの。審査するのは来客の方、そして有利になるのは、誰ともぶつからずのびのびとダンスのできる瞬間です」


 人がひしめく中では、目に留まりにくく、評価されにくいが、首席のファーストダンスはほとんどのものが見ている。

 有利でもあり不利でもあった。

 皆が見ているから誤魔化しは効かない。


「賞金があれば、少なくとも一年間の学費はどうにかなるのではありませんか? 次の年には商会の経営も好転している可能性があります。もちろん、安易にきっと大丈夫とはわたしには言えません。それに、ダンスも上手くいくかはわかりません。わたしは社交の中ではダンスは苦手な部類なので足手まといの可能性もあります」


 ギルベルトは悩んでいるようだった。

 この提案は正面から喧嘩を売りに行くようなものだ。


 この先彼は平民に戻るが、その時貴族ともめごとをおこしていれば、実家にも迷惑が掛かる。

 慎重になるのも理解できた。


「ギルベルト、もう今更よ! どっちにしろ、ご実家の商売に嫌がらせしているのはベイロックの子飼いじゃない。今正面から喧嘩売ったって大して変わらないわよ。やられっぱなしで終わるのなら、少しでも反撃した方がいいわ! そのつもりで、最終試験だって本気出したんでしょう!? わたしはてっきりあなたが手を抜いたんだと思ってたのに!」


 なぜかやる気になったのは、アデリーンの方だった。

 というか、また一つ聞いていない情報が出てきた。


 ギルベルトの実家に嫌がらせしているのがベイロック家の子飼いとは。

 それなら余計に慎重になるだろう。

 余計な波風は立てたくない気持ちも分かった。


 しかし、アデリーンは止まらない。


「それに、わたしがいるでしょう! ご実家の商品をあなたは自信をもっているって言ってたじゃない、わたし買うわよ! そして、いいと思ったら友達に勧めまくるんだから!」


 いいと思ったらというところがアデリーンらしい。

 しかし、彼女ほど宣伝効果のある人物もいないと思う。


 アデリーンは上位貴族の令嬢で、その性格ゆえか友人も多く慕われているとお茶会の時感じた。

 彼女がいいと言えば、みんながこぞって買うだろう。


 ただし、まっすぐなアデリーンはきっとよくない商品ならはっきりと言うことも想像できた。

 その代わり、どこが良くないのか明確に教えてくれそうだ。


「というか、どうして女性向けのもの売ってるって言ってくれなかったの? やっぱり男がどうのって気にしてるから?」

「……それもあるけど、実家の事は貴族の中で話題にするのはタブーだから」


 出自に関しては、大ぴらに平民でしたと言うわけにはいかない、とギルベルトが言う。

 それが暗黙の了解なのだ。


「でも、ありがとう、アデリーン。君が私の代わりに怒ってくれたおかげで、気持ちが少しすっきりしたよ。それに私の実家のことも気にしてくれてうれしかった」

「あのね、買うって言ったのは本当よ? だって、いいものはいいし。よかったら友達にも勧めたいもの」

「あの、参考までにお聞きしたいのですが、どちらの商会なんでしょう?」


 女性向きの商品を扱っている店なのだから、知っておいてもいいと思っての何気ない質問だった。


 ギルベルトは、自分の実家のについて話すのは躊躇われるのか、恥ずかしそうに商会名を教えてくれた。


「リンツ商会です」


 その名を聞いて、ようやく立ち直ったバンフォードがシルヴィアと目を合わせた。




 舞踏会のダンスは首席からだが、今回は首席のほかに久しぶりに出た卒業資格試験の合格者もともにダンスを披露するということで、いつも以上に注目を浴びていた。


 時間になり、ダンスホール中央へ首席のアルゼルムが、ギルベルトの婚約者であったローレンス男爵令嬢を連れて進み出る。

 彼女は緊張しているようだが、注目を浴びていることにも喜んでいた。


 男爵令嬢が表の舞台に立てるのは、稀。

 アルゼルムという恋人がいるからこそ、今こうして華やかな場に立てているだけ。

 それを彼女が本当に理解しているのかは分からないが、いまは気分が高揚しているようで、周りが見えていない。


 シルヴィアとギルベルトが姿を現しても、挨拶どころか礼もしない。


「あなたは全員で踊るときにダンスをすると聞いておりましたが?」

「ええ、その予定だったんですが、主催者側からぜひにと誘われまして」


 半分嘘だ。

 誘われて、一度断っていたが急遽お願いしてダンスすることになった。


 主催者側は、若干戸惑いながら許可してくれた。

 おそらくシルヴィアの隣にはバンフォードがいたからだ。


 権力と言うのは、人に対して絶大な力を発揮する時がある。

 この先もし、侯爵夫人になっても、理不尽な要求はしないように、心に誓う。


 すくなくとも、目の前のアルゼルム・ベイロックのようにはならないと。


「お相手は、ギルベルト、君なのか。彼女に恥をかかせないように頑張るんだね」

「本当に。アルゼルム様、知ってました? この人、昔わたしの足を何度も踏んだんです。もうその頃から婚約が嫌だったんですよ……でも、アルゼルム様が助けてくださってわたしは今とても幸せです」

「君のようなか弱い女性の足を踏むとは……、これだから元平民は。ああ、もう平民に戻るんだったな?」


 表の顔と裏の顔、人はどちらも持っているものだが、彼の裏の顔は陰険らしい。


「自分の実家に迷惑かけないように、するんだな?」

「ええ。今は苦しいですが、力になってくれる方もいますし、なにより年が明けたら新商品を販売する予定です。いいものは売れると、私は信じています。品質の悪い安価なもので女性を汚し傷つける、そんな商売人にはなりません」


 美容に関して興味のある彼らしい言葉だ。

 安価でもいいものは認めても、品質の悪い品をあたかもよく見せて売りつけるような商売は許せないということだ。


 聞いた話では、まさにベイロック家の子飼いの商人がそれらしい。

 彼らの売っているものは、安く色合いもきれいで女性受けはする。しかし、そのために必要以上に肌に悪いものを使っているためか、最近は肌荒れに悩む女性がよくリンツ商会を訪れるとの事だ。


 年が明けて売り出すのは、そういった女性のための美容用品。

 アデリーンは即座に買うわ! と言っていた。


 ちなみに、シルヴィアにはバンフォードが自ら作ってくれているものがあるので、買うことはないが、リンツ商会の化粧品はシルヴィアも重宝しているので、今後も買う予定だ。


「始まりますね、よろしくお願いします。もう一度言いますが、ダンスは苦手ですからね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 背筋を伸ばすギルベルトは、迷いが吹っ切れたような顔をしていた。




お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。


次回、いつもの如くざまぁは期待してはいけない展開。



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