4.
アデリーンの登場に、シルヴィアもバンフォードもそのままではいられず、身体を少し放す。
「純情な少年少女がたくさんいる場所で、不埒な事してないでよ。ギルベルトが困ってるじゃない」
アデリーンが指さす学生は、ギルベルトと言うらしい。
顔を真っ赤にして、居心地悪そうにしている。
確かに、こんなところで二人でいちゃついている方が悪かった。
バンフォードもこちらに非があると思っているのか、むっつりとしながらも言い返さない。
「アデリーン様……、会場にいなくてもよろしいんですか?」
「別に構わないわよ。好きなところで、好きな事してもね。なんなら、どっかの茂みに隠れて、シアたちみたいに逢瀬を楽しんでいる恋人もいるって話だし」
やはり今時の子供は少し進みすぎているのではないかと、シルヴィアは困惑する。
バンフォードの方は目を吊り上げていた。
「ア、アデリーン! はしたないぞ! 叔父上が聞いたら――……」
「もう小言はいいわよ、今日はわたしのお祝いのパーティーよ。ちょっとくらいは大目に見て」
お前のじゃない、と小声で反論しながら結局バンフォードの方が引いた。
「あの、すみません。驚かせてしまって」
シルヴィアが今なお、身の置き場がないようにしている男子学生――ギルベルトに声をかけた。
「うぇ! い、いい、いいえ!! こ、ここ、こちらこそ、すみません!!」
「謝る必要ないのに……、ところでギルベルト、話は終わってないのに、逃げ出すってどういうことよ」
「に、にに、逃げてなんて――」
アデリーンの追及に、ギルベルトが縮こまる。
彼が追い詰められているようで、ついシルヴィアがアデリーンを抑えるように言った。
「アデリーン様、よろしければ事情を説明していただけないでしょうか? 二人きりよりも第三者の意見が役に立つこともございますから」
アデリーンは、やはりクラーセン侯爵の娘なのだとちょっと笑いそうだった。
あの強い口調は、いつぞやかにクラーセン侯爵がバンフォードに向けていたものとそっくりだ。
相手を心配しているのに、素直にそれを表せないでいる二人は、似たもの親子だ。
アデリーンはしばし考えて、ギルベルトに視線を送った。
事情を説明する許可を求めているように。
ギルベルトは一瞬戸惑いながらも、アデリーンと二人きりよりかはましだと思ったのか、
微かに顎を引いて頷いた。
「とりあえず、場所を移動しましょう? こんなところで話してたら凍死してしまうわ」
アデリーンの号令で、全員が動き出した。
アデリーンが選んだのは、図書館の一室。
バンフォードから、大人数で調べたものをしたり研究したりするときに、集まって相談するときに使うのだと教えてもらう。
色々初めてなので、興味津々で眺めていると、席に促された。
シルヴィアの隣にはアデリーン、対面にはバンフォードが座り、アデリーンの対面にはギルベルトが座った。
全員が席に着くと、アデリーンが早速と言わんばかりに、ギルベルトをまずは紹介してくれた。
「彼、ギルベルト・ローレンスよ。ローレンス男爵の養子になって、跡を継ぐ予定だったの」
いきなり、おかしな単語がアデリーンの口から突いて出た。
「だったというと、今は違うと?」
「そうね。ギルベルトという婚約者がいるのに、男爵令嬢が浮気したの。二人はさっき会ってたみたいだけど?」
アデリーンに言われて、二人そろって目を瞬く。
そして、もしかしてとシルヴィアが尋ねた。
「アルゼルム様がお連れだった方……でしょうか?」
「そうそう、その子よ。同じ年なんだけど、会話してると自分が馬鹿になっちゃうような感覚に陥るの」
くりくりした茶色の瞳が可愛らしい、令嬢だったなと記憶している。
ただし、作法については勉強不足感があった。
成人であることを差し置いても、シルヴィアは子爵令嬢であちらは男爵令嬢。
馬鹿にするような発言はいかがなものか。
「僕はどっちも嫌いだ」
「なるほどね、シアを馬鹿にされたわけか――とにかく、あのアルゼルム・ベイロックと恋人でさらにいずれは婚約もするって吹聴してるのよ」
「すみません、婚約者がいらっしゃるのに、そのような事をおっしゃっても問題ないのでしょうか?」
「普通は問題大ありだけど、ギルベルトの実家って商家で平民だから強く抗議はできないし、しかも今は商会自体も大変苦しい経営状態だから」
アデリーンがちらりとギルベルトを見ると、彼は俯いて唇を結んでいた。
シルヴィアにはその姿が、バンフォードと重なって見えた。
「お金の関係って、お金が無くなると途端に破綻するけど、今まで散々ギルベルトの実家から毟り取って、いらなくなったらポイ、はないでしょう!」
「でも、この場合は男爵家から慰謝料が支払われるはずじゃあ……」
「慰謝料は支払ってもらえますが、そのお金もアルゼルム・ベイロックが支払うことになっています。なんでも、手切れ金だそうです」
力なくギルベルトが答えたが、問題はそこではないとバンフォードがすぐに見抜く。
「問題は、男爵家が使い込んだお金が返ってこない――ということか」
バンフォードがギルベルトに確信を持って言った。
「はい……、教育資金のほかに社交費も毎月支払っていましたが、それはあくまでも養子である私のために使ったと言い張って。契約上は契約破棄になる場合、慰謝料のほかに支払った社交費は戻ってくるはずだったんですが、どういう経緯か、すべて私が使ったことになっていまして」
ギルベルトの実家が右往左往している時だからこそできたことだ。
注意が逸れていたから、捏造もしやすかったという。
「ねえ、どうにかならないの? このままじゃあ、ギルベルト進学できないんでしょう? やりたいことあるって言ってたのに!」
「やりたいこと?」
バンフォードが尋ねると、ギルベルトが恥ずかしそうに明かした。
「はい……、その笑われるかもしれませんが、私は美容に関して興味があるんです」
男性が美容に興味があるとはまた珍しい。
「私の実家は女性向けの商品を展開しておりまして、主な商品は化粧品です。化粧品を手にとって嬉しそうに笑って色々試している女性の姿を見ていたら、自然と美容に興味が……しかし、婚約者はそんな私を嫌悪しました。気持ち悪いと……」
「そんなことないわよ!」
即座にアデリーンが否定する。
「そういってくれるのはアデリーンだけだよ、普通は気持ち悪く思うんだよ」
女性の美容に関して男性が興味を持つのは許せても、そこから一歩踏み込んで学びたいというのは、明らかな異分子として判断されてしまう。
ねじ曲がった考えをするならば、女性にでもなりたいのかと揶揄される可能性もある。
「私は婚約自体に未練はありません。ですが、商会だけは守りたいんです。それに、美容について学んでみたい。いつかは、自ら商品開発もして、女性を綺麗にしたいんです」
やはり、その姿はバンフォードと似ていた。
好きな事を語るときと同じく、瞳が輝いている。
「しかし、進学したくてもお金の問題が……。男爵家から支払われる慰謝料は、全部家に使ってもらおうと思っています。ですから、奨学金がほしくて首席を取りたかったんです……」
次席でも問題ないが、首席の場合返さずにすむ奨学金があるらしい。
「ギルベルト様が、公爵家の方のために手を抜いたんですか?」
「実のところ、確かに実技では向こうの方が上ではありました。しかし、そこまで遜色はなく、座学試験では私の方がかなり上でした」
「忖度したのは、教師の方だったのね」
アデリーンががっかりしたように言った。
この世界、百パーセント平等ではないことは知っている。
それでも、目の前で実際に起こると何も言えない無力感に苛まれていた。
シルヴィアはそっとアデリーンの手を握る。
そして、にこりと微笑んでギルベルトの瞳を見つめた。
「あの、ギルベルト様。首席はすでに決まってしまいましたが、ギルベルト様の実力はアルゼルム様とそう劣らないというのは証明できると思います」
それで何かが変わるわけではないが、少なくとも、彼が実力で劣っていないと多くの貴族の前で示すことができれば、何かが変わる可能性だってある。
「どうやって?」
アデリーンの瞳が不安そうに揺れた。
シルヴィアはことさら明るい口調でギルベルトに提案する。
「ギルベルト様、わたしとファーストダンスを踊りましょう」
と。
その時、バンフォードがショックを受けて固まった。
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