2.
主役の一人でもあるシルヴィアだったが、やはり貴族学校に通っていたわけでもないので、卒業記念パーティーに着ていくドレスは落ち着いた色のものだった。
夜をイメージしそうな藍色のドレスだ。
ドレスには、細かいクリスタルガラスの装飾品が胸元と腰回りをぐるりとつけられ、まるで星屑のようだった。
今時の流行からいえば、もっと明るい華やかな色が好まれるが、どちらかといえばシルヴィアは暗色系が好きだったりする。
落ち着いた雰囲気を持つシルヴィアは、明るい色も似あうが、こういった暗色系もよく似合う――と言ったのはローレンだった。
「こういうものを尊い――……というのですね」
顔を両手で覆っているバンフォードは、馬車に乗る前、屋敷の時から恥ずかしそうにしていた。
恥ずかしいというよりも、なんだかうっとり? しているようでもある。
その様子にシルヴィアは苦笑し、馬車に同乗しているアデリーンは呆れていた。
「お兄さま、ちょっとうっとおしいわよ」
アデリーンが腕組みしながらバンフォードに言うと、バンフォードはアデリーンを睨む。
「どうして、こっちの馬車に乗ってるんだ。普通叔父上たちと一緒だろう」
「お母様から見張ってるように言われたのよ。パーティー前に化粧が崩れるような事をさせるなって」
にやにや笑っているアデリーンに、シルヴィアとバンフォードは何も言えず、お互い視線を反らす。
なにせ、心当たりがありすぎた。
「ぼ、僕だって時と場所ぐらいは弁えてる」
「ふーん、そう? でもお母様は信用ならないと感じているみたいね」
憤慨するバンフォードを、アデリーンはさらりとあしらう。
力関係は、完全にアデリーンが上だ。
アデリーンは本日、淡い紫のドレスを着ている。
シルヴィアの夜会デビューのドレスを見た時から、紫のドレスが着たいと言っていたが、どうも今の彼女の雰囲気には似合わず、妥協案として淡い紫になった。
次第に濃くして、紫の似合う大人になると息巻いている姿はかわいい。
「そういえば、聞き忘れたけど今回の首席はどの家門の人間だ?」
「どうしてそんな事聞くの?」
「シアさんに絡むかどうか、気になって」
今回の試験で、シルヴィアの名は一気に社交界に広がった。
貴族主義な人間は、貴族であっても学校を出てもいないシルヴィアに負けたことを、快く思わない人間もいる。
しかも、その成績が首席より上ならばなおさら。
ゆえに、バンフォードは首席卒業者がどういった立場の人間か気になった。
「ベイロック公爵家の嫡男、アルゼルムよ。もう、とにかくむかつく男」
目つきも嫌悪感が現れている。
「……婚約者候補じゃなかった?」
「はぁ? いつの話してるの? それに、あんな男の妻になるくらいなら、一生独身でお兄様にたかって暮らしていく方がよっぽどいいわ」
公爵家と侯爵家。
家格的には問題ない。それに、敵対しているというわけでもない。
年齢も同じ年ならば、婚約の話が持ち上がってもおかしくないが、アデリーン相当相手が嫌いなようだ。
「なんか、こう――、いかにも自分モテます! って顔されるとイヤじゃない? 確かに見た目がいいのは否定しないけどさぁ……、何様? って感じだし、そもそもわたしは絶対忖度されての首席と見た」
そういえば、そんな話をしていたなとシルヴィアは思い出す。
バンフォードも興味を引かれたようで、黙ってアデリーンの愚痴交じりの説明に耳を傾けていた。
「この間話したと思うけど、首席でもおかしくなかったっていうのは、男爵家の養子なのよ。ほら、件の養子縁組。騎士爵じゃなく男爵というのは、結構すごいよ」
「すごい?」
「あまりシアさんに言いたくありませんが、かなりの金額を支払った、という意味です」
意味を理解していないシルヴィアに、バンフォードが補足する。
「でもね、どうやら契約はもともと養子の件だけじゃなくて、一人娘の男爵令嬢との結婚も含まれていたんだって。彼の実家はそこそこ裕福で名の知れた商会だったんだけど、彼はそこの跡取りで、いずれは継ぐでしょう? そうしたらそこから男爵家にお金が入ってくるじゃない」
なるほど、とシルヴィアは頷いた。
つまり、結婚前提で持参金の形で大金を男爵家に渡したということだ。
首席でもおかしくなかった相手の事情は分かったが、ただ、それでなぜ忖度されたという話になるか分からない。
「公爵家の圧力に屈するしかなかった、ということか」
「まあ、概ね。なにせ、彼はいずれ男爵家を継ぐんだもの。自分だけならともかく、婿養子に入る先に迷惑はかけられないでしょう」
「でも、それならよく次席になったな。普通はもっと落としそうなものだけど」
「ああ、それは、わたしが言ったから。明らかに成績が下回っていたら、不正を疑われるからって。それに、わたしより下だったら許さないとも」
なんとも潔い言葉だ。
「貴族学校は毎年クラス替えがあるんだけど、偶然にも三年間同じクラスだったのよ。だからこそ、知ってるの。彼がすごいってことを。そうじゃなければ三百人もいる中で、知る機会なんてなかったわよ。成績表が貼り出されても、ふーんって感じで終わりだったと思うわ」
親しく知っているからこそ、歯がゆいのだろう。
「次席でも十分って考えもあるけど、首席だと上の学校に行ったとき奨学金もらいやすくなるから」
アデリーンが何気なくいった言葉に、シルヴィアもバンフォードも首を傾げた。
「裕福な商家のご子息なのではなかったのですか?」
「ああ、そっか。えーと、なんかややこしいんだけど、実は彼の実家の商売と競合するところが現れて、客がとられているのよ。そのせいで、今あまりよくないみたい」
「商売に関しては素人だけど、競合で負けてしまうのはどうしようもないと思う。それを言ったら、僕に声をかけてくれたマトリアスクも、もともとは小さな商会だったけど、今ではこの国では名を聞かない日はないほどになったし。それがこの世界だからね」
家政ギルドと使用人ギルドの関係もそれに近い。
もともとターゲット層が違っていたが、家政ギルドの営業努力の結果が貴族の依頼を増やしていき、逆に使用人ギルドは減らしていった。
そして、使用人ギルドの実態が明らかにされ、家政ギルドが使用人ギルドを飲み込む形で決着がついている。
「だから、彼は奨学金がほしいのよ。男爵家には頼れないしね。もっと勉強をしたいって気持ちはあるけど、どうなのかしら……。一応進学は決まってるけどね」
家の事情で進学を諦めなければならない可能性に、アデリーンはため息をつく。
自分の事でもないのに、まるで自分の事のように心配しているアデリーンは、やはりどこか不機嫌そうだ。
「先に言っておくけど、僕は後ろ盾にはならないからな」
「分かってるわよ、そんな事頼まないわ。きっと彼だってそんな事望んでないし」
バンフォードの牽制に、心外だというアデリーン。
どちらも、そっくりな紫の瞳でお互いを見ていた。
先に目を伏せたのはアデリーンの方で、彼女はふいっと窓の外の流れる景色を眺めながら、不貞腐れたように呟く。
「実は、それだけじゃないんだけど……」
しかし、アデリーンの呟きは目的地への到着でかき消えてシルヴィアとバンフォードには届かなかった。
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段々、タイトルの家政ギルド関係なくなってきた。
タイトルは副題? だけでもういい気がする。
ネーミングセンスがないので、誰か助けて……。




