1.
ある日、シルヴィアとバンフォードはアデリーンからとある招待状を渡されていた。
それは、貴族学校の学生生徒会が主催している卒業パーティーの招待状で、卒業する最終学年が主役のダンスパーティーだ。
親族も呼べるが、最大で五人までときめられている。
通常は両親のほかに兄弟がいれば兄弟が出席したりするのだが、アデリーンの場合両親のほかにシルヴィアとバンフォードを誘った。
「ぜひ来てね。こっちはシアの分で、こっちはお兄様の分」
「よろしいのでしょうか? わたしはアデリーン様の親族ではないのですが……」
「家族も同然よ。シアはお兄様の婚約者だし、それにその招待状見て? お兄様のと違うでしょう?」
アデリーンに指摘されて、シルヴィアとバンフォードはお互いの招待状を眺めた。
シルヴィアの渡された招待状は、シルヴィアの名が記され赤と金で縁取られたものだが、バンフォードはあっさりとした白。名前も書いていない。
どういうことなのか分からないシルヴィアだったが、バンフォードの方はシルヴィアの持っている招待状に心当たりがあるようだ。
「……そういえばそんな制度が――……」
ぶつぶつとつぶやくバンフォードをシルヴィアが見上げた。
「どういうことですか?」
「え? ああ、すみません。僕もすっかり忘れていました。なにせ、ここ数年試験を受ける人がいなかったうえ、合格者はさらに少ないもので」
試験というのは、つい先日シルヴィアが受けた貴族学校の卒業資格試験のことだというのは分かるが、それとこの招待状がどういう繋がりかは分からない。
「あのね、卒業資格試験に受かった人は、貴族学校卒業者と同じ扱いになるの。だから、卒業者として主役の一人としての招待状よ。わたしも同じものを持ってるし」
ほら、と自分の招待状をアデリーンは見せる。
しかし、それともまた違う。
アデリーンの招待状は赤いだけで、金の縁がない。
「金の縁があるのは、シアのだけよ。これ、特別扱いなんだから。ちなみに、この招待状はあと主席卒業者に送られるのよ。お兄様ももらったでしょう?」
「そういえば、もらった気が……」
「何よ、忘れたの?」
「アデリーン、僕が卒業して何年たってると思ってるんだ。十年も前の事を隅まで覚えてないから」
「それ、ちょっと嫌味よね? 主席卒業なんてなんてことないって言ってるみたい。興味ない的な? わたしの五位だって相当すごいのに、なんだかバカみたいじゃない」
貴族学校の一学年は、年によってかなり差がある。
特に王位継承権を持つ王子が生まれた年には、子供数が増える傾向にある。
あわよくば、王子の側近に、もしくは結婚相手に――そんな事を考える親が増えるからなのは、誰の目にも明らかだ。
アデリーンの学年は約三百人ほどだ。
トップ五に入るのなら、相当頑張ったのではないかと思う。
「ちなみに、絶対すごいって言わないでよ。特にシアに言われたら、本気で落ち込みそうだから」
シルヴィアは困ったように苦笑したが、バンフォードはアデリーンに忖度することなくはっきりと言った。
「シアさんは、今年の首席卒業者の点数より座学も実技も上ですからね。それこそ嫌味になります」
遥か高見の存在ならともかく、近くのシルヴィアだと余計に劣等感に苛まれそうだとアデリーンが唇と尖らせた。
「でも、わたしはシアがあの嫌味な男の鼻っ柱を折ってくれて、すっごいうれしいわ。しかもそれがわたしの身内ならなおさら! 点数が発表された時のあの顔! 最高だったわ」
アデリーンがシルヴィアの手を取って、楽しそうに笑った。
「シアってすごいんだってみんなに言いたいわ! だから、絶対に来てね! お兄様もよ。シアが来るのに、エスコート役がいないんじゃあ話にならないわ」
「もちろん。シアさんのエスコートはこの先ずっと僕だけだ」
なんだかよく分からないうちに、卒業パーティーに出席することが決まった。
「そういえば、アデリーン様。アデリーン様の学年は三百人ほどだとおっしゃいましたよね?」
「言ったわね、それが何?」
「この国の貴族の数からしてみたら、人数が多いような気がするんです。全学年で三百人なら分からなくもないのですが……」
貴族学校は貴族の子供だけが入れる学校だ。
学校はほかにも、平民が通うような学校もある。当然貴族より平民の方が数が多い。
貴族の全員が通うわけではないので、余計に多く感じてしまった。
その疑問に答えたのは、バンフォードだ。
「優秀そうな平民の子供を子飼いの騎士爵の養子にしたり、商人が子供を通して貴族のつながりを作りたくて、金を払って一時的に養子にしてもらったりなどで、人数は結構増えます」
純粋な貴族はその半分以下だそうだ。
「それは、違反ではないのですか?」
「問題ないですね。少なくとも、それで捕まった人はいなかったと思います」
特に騎士爵はお金がないので、裕福な商人の子供を二人ぐらいなら受け入れて、自分たちの子供の教育資金を出してもらったりするらしい。
「知りませんでした……」
「普通はしらないわよ。貴族の間じゃあ暗黙の了解なんだけど。だけど、貴族の中には平民が混ざるのがいやな人もいて、お金のために平民を養子として入れた者やお金で地位を買った人は蔑称で蔑まれてるのよ。中には超優秀な人もいるけどね」
人を区別するなんて、バカみたいと言いながらも、貴族社会というのはそういうものだ。
それにアデリーンはきちんと理解している。
自分がどれほど恵まれているのかを。
「わたしの同学年にもいるのよ、元商人の子供が。でも、彼はかなりの努力家よ。首席じゃないのがおかしいくらいにね」
アデリーンは言いながら、ぶすっとして不機嫌になっていった。
「そんなに優秀な方なんですね。そういう方は、卒業されるとどういう進路に行かれるんですか?」
「人それぞれね。許されるのなら上の学校に行ったり、そのまま働きに出たり、色々よ。先に言っておくけど、普通は貴族学校を出たら、ほとんどが上の学校に進むわよ。お兄様はものすごく例外だけど」
上の学校と称する学校は、貴族学校を卒業した者たちの次の進路だ。
将来の職業にそって、学校を選び三年間学ぶ。
あくまでも貴族だけが通える学校は一か所のみのため、上の学校にはかならず平民が混ざるようになる。
もちろん、ほとんどが貴族の子供の学校もあるにはあるが、かなりの入学金と授業料を取られることになっていた。
もちろんアデリーンも進学することは決まっている。
バンフォードの場合は上の学校――ではあるが王立アカデミーに入学をしている。
平均合格年齢が二十歳に対して、バンフォードは当時十五。
貴族学校からそのまま王立アカデミーに入る者が数年に一度の割合でいるので、そこまで驚かれはしなかったが、普通の進路でいえば、十五から十八まで応用を学び、そのうえで王立アカデミーを受験する。
「それで、アデリーンが不機嫌になるような相手の進路は?」
「彼はね、騎士になりたいのよ。頭もいいけど、すごく強いの。だけど……、契約上それはできないみたいだし、色々煩わしいことが多いのよ」
アデリーンも件の彼の事は又聞き程度しか知らない、とは言いながら、憤るくらいには彼を縛り付けるものがお気にめさないようだ。
「それを承知で契約を結んだのなら、仕方ないことだな」
「契約を結んだのは、彼の父親であって彼じゃないの。子供にできることが少ないのは、お兄様だって知ってるでしょう?」
シルヴィアにも経験がある。
アデリーンの言った通り、子供にできることは少ないのだ。
「ぶっちゃけ、金銭のやりとりで子供を養子にしたりするのって、人身売買みたいじゃない。わたしは初めからこの制度が気に食わないわ」
「だけど、これのおかげで助かっている者もいるし、高度な学問を受けられる人もいる」
どちらかと言えば、貴族の方が有利になってしまうが、まともな養子先なら、養子になった人物は幸せだろう。
「わかってるわよ、世界は正論だけで回っていないってね……あーあ、楽しい話が一気に重い話になっちゃったわ。とにかく、招待状渡したから来てよね! 待ってるから」
「待ってるも何も、この屋敷から全員で行くのに……」
バンフォードの一言に、アデリーンが睨んだ。
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