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5.

 マティアスがきっぱりと言った。

 そこには嘘偽りなく、それが真実なのだとシルヴィアに知らしめた。


「……わたしは、そんなに出来ていなかったのでしょうか?」


 半分以上は埋めたつもりだ。

 試験が簡単なものではないことは覚悟していたが、クラーセン侯爵が止めなかったので、可能性ぐらいはあると思っていた。


 それともクラーセン侯爵は、シルヴィアに現実を見せるために受けてみろと言いたのだろうか……。


 うつむきそうになった、シルヴィアの手にバンフォードがそっと重ねた。


「すみません、僕のせいかもしれません。いえ、今回は、おそらくそうでしょう」

「俺も、同意見だ」


 バンフォードとマティアスの二人の意見がそろっていた。

 しかし、シルヴィアには何が問題なのかよくわからない。


「よく分からないって顔してるから説明するが、この問題は半分が貴族学校の卒業試験を模しているが、もう半分は王立アカデミーの試験を想定として作っている」


 マティアスがバンフォードの持っている問題用紙を指さし明かした事実に、シルヴィアは眉を寄せた。


「……どういうことでしょう?」


 当然の疑問だったが、マティアスはそれに答えず続けた。


「バンフォードがいるのになぜ俺が呼ばれたのかが気になった。教えるのが下手な奴もいるが、エルリックに勉強教えている姿を見てる俺としては、バンフォードは別に教えるのが下手だとも感じなかった」


 シルヴィアが頷く。

 実際、分かりやすく面白く教えてくれていた。


「それなのに、なぜ家庭教師として俺が呼ばれたのか。バンフォードでも別にいいじゃないか。教えるのも下手じゃないのなら、知識面で劣っていることなど何もない。お前がヴィンセントに頼んだんなら、理由はいくつか思いつくが、この提案はヴィンセントからだっただろう?」

「はい」


 家庭教師の件はクラーセン侯爵からの提案だ。

 バンフォードが単純に忙しいからだと思っていた。それに、婚約者のシルヴィアに教えるとなると、どこかで甘えが出るのではないかと心配しているのだとも。


 シルヴィアにしても、バンフォードに頼らずにいたかったので、深く考えていなかった。


「ヴィンセントはおそらく気づいていたんだよ、バンフォードに教わっていたせいで、お前の知識が偏っていると。正確にはより、深い知識が身についているせいで、基礎がおろそかになっていると。バンフォードはどう思った? 彼女の解答を見て」

「……王立アカデミー寄りの解答だなと……」


 バンフォードが苦しそうに言った。


「王立アカデミー寄り?」

「要は、答えが一歩も二歩も踏み出した答えになっているということだ。難しい設問にはほぼ完ぺきに答えている反面、簡単な設問でずれた解答になってしまっている。間違いではないが、貴族学校の試験では間違いと判断されるだろうな」

「これは僕が教えていた弊害です……」

「バンフォードは基礎を教えているつもりで、高度なことを教えていたんだよ。お前は変に知識がない分、それがおかしいことだとも思わず、吸収していった。おそらく、頭がいいんだろう。基礎ができていないのに、応用ができるようになっているんだからな」


 マティアスに指摘されて、バンフォードが項垂れた。


「エルリックの時は、その時学んだことを教えるだけだったが、お前の場合はバンフォードが自由に題材を選んで教えていたんだろう? 深読みしている考えは、完全に王立アカデミーの考えだ」


 間違ってはいないが、基礎の浅い知識を披露する場面では、深い解答は不正解だとマティアスが言う。


「間違ってはいないが、間違っている……、ということですね? やはり、今年は無謀でしょうか……?」


 色々指摘されたが、シルヴィアは俯いていた顔を上げ尋ねた。

 そもそも、もっと言われることも覚悟していた。自分に知識がないのは今に始まったことじゃない。それに気づくと、自然と気構えが変わってきた。


すると、そんなシルヴィアの姿にマティアスは口角を上げて笑う。


「散々ダメ出ししてるのに、まだやる気があるのはいいことだ。バンフォードなんて完全にショックを受けてるぞ」

「だって、僕のせいで……」

「お前のせいかもしれないが、そもそもバンフォードが勉強を教えて居なかったら、確実に無理だったぞ。高度な専門書を読んだあとなら、きっと貴族学校の教科書なんて楽勝だろ」

「専門書は読んでいないのですが……」

「言葉の綾だ」


 マティアスは、自信ありそうにシルヴィアに言う。


「はじめから無謀だったら、ヴィンセントは俺を呼んだりしない。まだ一か月半はある。やる気があるのなら、なんとかなるものさ。ただし、時間もないから俺もこの屋敷に住むからな、バンフォード」


 なぜか念押しするマティアスに、バンフォードはぐっと言葉を飲み込んでいた。




 その後、マティアスは翌日には講義資料を整えてきた。

 積み上げられたその量に、さすがにシルヴィアも言葉を無くした。


 それなのに、マティアスからしてみればまだまだ序の口だったようで、時間が経つにつれ、どんどん参考書の類は増えていった。


 スパルタだと言っていたのは本当のようだ。


 ただし、時間がないのもまた事実。

 そのため、マティアスが分からないことはすぐに聞ける距離にいるのはありがたかった。


 しかし、昼夜問わず勉強しているせいで、バンフォードとの時間が取れていないことだけは気がかりだった。

 それに、なんとなく落ち着かない。


 バンフォードは、何も言わなかった。

 シルヴィアが今一番大変な時期であると理解しているから。


 でも、時々は声くらいかけてくれても……と我儘な思いがシルヴィアの本心だ。


 なぜか鬱々とした気持ちになり、なかなか文字が頭に入ってこない。

 この調子ではいくらやっても意味がないと思い、シルヴィアは気分転換のために肩からショールを羽織って外に出た。


 もうすっかり冬の様相だ。

 朝晩だけでなく、昼間も寒くなってきている。


 季節の移り変わりのなんと早いことか。

 バンフォードと出会ったのは、まだ春には少しある時だ。

 

 出会ったときの事を考えると、なんとなくフラッと足が向いたのは薬草園だった。


 初めて一緒に外を歩いたのも、薬草園だったことを思い出し、あの頃から考えると、バンフォードはかなり変わったなとしみじみ思う。


 その変化がシルヴィアのためであるのなら、その分シルヴィアも返したい。


「シアさん?」


 偶然にも、薬草園の前に置かれているベンチにバンフォードが座っていた。

 その傍らには、何かの資料。


「お邪魔でしたか?」

「まさか! シアさんならいつでも大歓迎です!」


 声が弾んでいるバンフォードの隣に腰かける。


「なんだか久しぶりな気がしますね、こんなに近くにいるのは。なかなか側にはいられませんから」

「すみません、色々我慢させているんですよね?」

「シアさんが今一番大変じゃないですか。あえていうのならアデリーンもですけど」


 アデリーンも今年卒業だ。

 卒業試験のために、最近は少し勉強時間が増えていると、リリエッタが言っていた。

 それでも、シルヴィアほどじゃないとも。


「そういえば、気分転換ですか?」

「そうですね、色々煮詰まってしまって……。この道は本当に正しかったのかと今更思う様になってしまいました」


 試験が近づくにつれて不安になっていく。

 失敗したら、と考えることが多くなってきた。


 自分一人だけではなく、クラーセン侯爵家にも迷惑がかかると、そればかり考えている。

 一度悪い方向に向かうと、慣れない勉強の疲れからか、悪い事ばかり考えてしまう。

 シルヴィアは暗い表情で俯いていた。


 その時、突然バンフォードがシルヴィアにある提案を言った。


「シアさん、抱きしめてもいいですか?」

「え?」

「あ、違いました。抱きしめますね?」


 何がどう違うのか分からないが、シルヴィアの許可を求めず、バンフォードがそっとシルヴィアの身体に腕を回した。

 



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