表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/75

4.

「早速で悪いが、とりあえずこれやってみてくれ」


 シルヴィアが渡されたのは数枚の問題用紙。

 軽い挨拶程度だとクラーセン侯爵から聞いていたが、時間もないことから早速授業に取り掛かるようだった。


「これくらいの問題は、挨拶程度だ」


 さすが王立アカデミー主席卒業者は言うことが違う。

 ざっと見ただけでも、相当な難易度だというのに、これを挨拶程度と言うとは。


「わかりました」

「分からんところは無理に考えず、飛ばせ。考えるというのは、理解していないともとれる。瞬時に理解できるくらいにならないと、試験時間が足りない」


 試験は午前中に筆記試験、午後に実技試験の二部構成だ。

 どちらも難易度は高いが、より筆記の方が難しいと聞いている。


 問題量に対して時間が少ないと、バンフォードが言っていた。


「貴族学校では、二日で行う試験を一日にまとめてるんだ。外部の人間のために、そう長い時間が取れないという理由で。平等性の全くない試験だが、だからこそ合格すれば貴族社会でも一目置かれる存在になれる」


 不平等はどこにでもあるが、その困難を乗り越えれば、人は成長し認められるようになる。

 不平等であればあるほど、その効果は絶大だ。


「効率よく教えるためには、理解度がどれほどか俺が知らねばならん。これは過去の問題を真似て俺が作ったものだが、そう間違っていないはずだ。問題数は少なめにしてあるが、一通り網羅してる。今から――、そうだな……昼に入るまでの間でやってもらう」


 突然の試験だが、マティアスの言っていることは正論だ。


「わかりました」


 シルヴィアは、気合を入れて渡された問題に取り掛かった。

 一番初めはアデリーンの苦手な計算問題だった。

 しかも、いきなり難易度が高い。


 いくつもの公式を使用し導き出すような計算に、いきなりくじけそうになった。

 シルヴィアは、とりあえず飛ばすことにする。

 簡単な問題もあるにはあるが、ひねくれて居る。

 これが貴族の在り方なのだろうか……。まっすぐな問題ではひねくれた考え方をするのは。


 ほかに歴史や政治、経済、経営学なんてものもある。

 記憶力を試されるものは、なんとなく出来た。


 美術学や作法学に関しては、全て埋めることができたのは、おそらく子供の頃の記憶が関係している。

 作法に関しては母から学び、その関係で美術学もさわりを習っていた。


 真剣に取り組んでも、半分埋まるか埋まらないか。


 マティアスの声で、試験が終了したが、まずまずとさえ言えない出来だった。


 マティアスは、採点しているのかシルヴィアの解答を次から次へと流し見て、顎に指をあてた。


「……バンフォードから勉強を習っていたんだったか?」

「はい。ただ、最近は独学で……」

「貴族学校には通っていないんだな? お前の事は多少知っているが、まともな教育は受けていないと聞いたが」

「十歳までは、両親から教わっていましたが、それ以降は……」


 マティアスは、全ての解答を見たのち、問題用紙をばさりと机に置いた。


「あの、やはり無謀でしたでしょうか……?」


 目をつぶって今度は、ひじ置きを指でトントン叩いている。


 なんとも言えない気まずい沈黙だ。

 ダメなのか、そうじゃないのか。


 シルヴィアの心臓が緊張で大きく打っている。

 長く続く沈黙に耐えられず、先に口を開いたのはシルヴィアの方だった。


「マティアス様?」

「ああ、そうだな……」


 悩んでいる姿に、シルヴィアはため息をつきそうになった。

 やはり、かなり無謀だったかと。

 試験は何歳でも受けられるので、一年先送りにしても問題ない。


 ただし、シルヴィアはすでにデビューしているので、この先、先々で問題になりそうだったので今年の合格を目指していた。


 マティアスは目を開くと、眼鏡を押し上げた。そのふちがきらりと光り、なぜか悪い予感が過った。


「一つ提案が――……」


 ようやくマティアスが口を開いた。


 だが、その時、マティアスの言葉を遮るように部屋の扉がノックされた。

 緊張していた分、シルヴィアの肩が盛大に上下する。


「……入ってもらえ」


 マティアスの方も気がそがれたのか、シルヴィアに指示を出す。

 時間は昼食の時間になっている。

 そのため、使用人が昼食の事を聞きに来たのだと思い、シルヴィアは肩の力を抜き返事をした。


 しかし、予想に反して部屋の中に入ってきたのはバンフォードだった。


「バンフォード様! ご用事は終わったんですか? 夕方くらいまではかかるとお聞きしたのですが……」

「ええ、問題ありませんよ」 

「問題ないわけあるか。ヴィンセントがお前に言い渡した用事は、どんなに最短でも夕方までかかるやつだぞ」


 立ち上がってバンフォードを出迎えるシルヴィアの背から、マティアスの胡散臭げな声。

 その声に、バンフォードがぎょっとしてシルヴィアの背後を見た。

 そして、目を見開き驚愕している。


 指で相手を指すのはマナー違反だが、バンフォードはそれすら忘れて相手を指さして、シルヴィアとマティアスを交互に見た。


「な、な、な! なんで、マティアス様が!」

「そんなの、ヴィンセントに呼ばれたからに決まってるだろ」

「か、家庭教師って、まさか――!!」

「俺の事だよ、絶対お前が知るとうるさそうだから、ヴィンセントに頼んだのに……何したんだよ」


 思い切りため息をつくマティアスが、椅子の背に背中を預けながら、バンフォードの方をからかうように見ている。

 バンフォードは勢いよくシルヴィアの手を取って、言い募った。


「シ、シアさん……! 今すぐ叔父上のところに行きましょう! この人が家庭教師だなんて絶対にいけません! 何を教えられるか分かったものではありません!!」

「何気に失礼だな、お前に王立アカデミー受験の時勉強教えたのは誰だと思ってるんだよ」

「教えられたからこそ、僕は大反対です!!」


 なぜか頑ななバンフォードに、シルヴィアが首を傾げた。


「何を教えていただいたんですか?」

「そ、そそ、それは――……」


 言いづらそうにしりすぼみになっていくバンフォードとは対照に、マティアスがにやにや笑っていた。


「別に、普通だよ。ちょっと、スパルタ気味で教えはしたが。ま、あの時は俺もまだ若かったから」

「若いとか、若くないとかそういう問題ではありません!!」


 目を吊り上げて、バンフォードが叫ぶ。

 確かに、これくらいの問題は挨拶程度、なんて言いながら突然問題用紙を渡されたので、なんとなくバンフォードが言いたいことがわかる。


 本人が認めるように、スパルタだったのは間違いない。


「まあちょっと、落ち着いて、こっちに座れ」

「誰があなたの正面なんかに――……」

「バンフォード様、座りましょう?」


 バンフォードはよっぽどマティアスが苦手なのか、マティアスを無視してそっぽを向きそうになったので、このままでは話が進まないと感じたシルヴィアが、バンフォードに促す。


「……シアさんが言うなら」

「すでに首輪つけられてるのか……」


 しぶしぶ従うバンフォードに、マティアスが茶々を入れる。

 しかし、それには反応せずバンフォードが大人しく席についた。そして、机の上の問題用紙に気づく。


「これ、マティアス様が?」

「まあな。ちょっと試しに。どこまでできるか知らなきゃ話にならないだろう?」


 肩をすくめるマティアスが、問題用紙を取ってバンフォードに渡す。

 バンフォードはそれを無言で受け取り、パラパラと見ていく。


 解答しているのはシルヴィアだ。

 王立アカデミー主席卒業者の二人に見られていると思うと、色々と至らない解答に肩身が狭い思いだ。


「……マティアス様、これは――……」


 しばらくすると、バンフォードが困惑したように、マティアスの方へ顔を向けた。


「気づいたか? 俺もまさかな、とは思ったが……、これは明らかな事実だ」


 二人の間で会話が成立し、シルヴィアは全く分からない。

 バンフォードの方は困惑しながらも、だんだん目つきが厳しくなっていく。


「これは俺の想像だが、お前が教えていたというのもあると思ってる」

「……僕は全く自覚ありませんでした」

「だろうな、逆に自覚して教えてたら怖いぞ」


 マティアスに指摘されたバンフォードが、肩を落とす。

 そして、二人そろってシルヴィアに顔を向け、マティアスが、ふうと息を吐きだしながらシルヴィアに言った。


「結果から言う。お前、おそらく貴族学校の試験には受からないぞ」


 と。




お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ