4.
無事に掃除道具を発見し、一通り使いそうな場所を掃除する。
食堂は一切使った形跡がなかったので、普段から応接室で食事を食べているのだろう。自分の居住区のように散らかっていたので、間違いじゃないはず。
おそらく、訪ねてくる人もいないから応接室を使っている。
主がそれでいいのなら、シルヴィアに否はない。
脱ぎ散らかされた服をかき集め、洗濯籠に放り込む。
全体的にくたびれた服だったが、とりあえず洗ってはあるようだった。皴になってパリっとしていなかったのは洗濯をして乾かしても皴のばしをしていないからだ。
そういえば、バンフォードがどこまで家事ができるのかちょっと気になった。
一通りの事はできそうだが、面倒くさがり屋っぽくも見える。
とりあえず、片付けは絶対に苦手だと確信はしていた。
「そういえば、今日の食事はどうしよう……」
好物は肉。
ただそれだけは聞かされたし、減っている肉塊を見れば、どの部位を好むのかも分かる。
それから推測すると、脂っこい部位は大好きなようだ。
逆に野菜系は少なかった。
食べているというよりも、もともと持ってきてもらう量が少ないと言った方がいい。
その証拠に、悪くなりかけているものがいくつかあった。
「まあ、無難に野菜スープと焼いたお肉でいいでしょう」
シルヴィアにフルコース料理を期待されても困る。
なにせ、料理は一般的な家庭料理しか作れないのだから。
家政婦の仕事には炊事もあるので、色々教えてもらったが、それは平民の家庭用。貴族の屋敷では料理人がいるのが普通なので、習うことはしなかった。
どんな料理が出てくるか知ってはいるが、作れるかと言われれば作れない。
「バンフォード様が作るよりはましだと思うしね」
掃除をしていたら、すでに時間は夕暮れ時。
食事の時間がいつかは分からないが、できたら呼んでほしいと別れ際に言われたのでそうしようと決めた。
「野菜は全部入れて、燻製肉も入れようかな。好きに使っていいって言われたし……野菜と肉の旨味が出てくれるといいのだけど」
なにせ野菜は死にかけていた。ちょっと、気になったが、平民では平然と食べたりするので、お腹を壊すことはないはずだ。おそらく。
「スープは明日の朝も流用したらまずいかな……」
余った時に考えよう。
脂ののっている肉塊を持ってきて、どんと調理台に置く。
結構圧巻だ。
こんな肉の塊をどうにかするのは初めてで、ちょっと楽しい。
「無難に塩と胡椒でいいか……。難しいソースとか作れないし」
調味料も一応そろっているみたいだったが、わからないものが多い。
貴族の厨房を預かっている料理人なら分かるんだろうけど。
「さて、他に――」
一人で色々やるには大変だが、銀貨八枚と考えればなんてこともなかった。
*** ***
「こ、こここ、これ作ったんですか?」
「大したものはできませんでした。わたしが作れるのは平民が食べるような家庭料理なので」
「お、おおお、おいしそうですね」
料理はなんでも出来立てがおいしい。
貴族の料理は、冷めてから提供されることもあるので、ちょっともったいないと思う。
王族なんかは、毒見などの検査もあるので、さらに時間がかかるらしい。
多くの人にかしずかれて何不自由ない生活をしているのかもしれないが、その分息苦しい人生だろうなとたまに同情してしまう。
「どうぞ、おかけください」
「そ、そそそ、掃除もありがとうございます」
バンフォードは素直にソファに座る。
食堂は結局掃除をしなかった。今まで使っていなかったのなら、これからも使う可能性のある応接室でいいかという気持ちになってしまい、食事も応接室に運んだ。
バンフォードはカトラリーを手に取り、ふとシルヴィアを見た。
シルヴィアの方は、低い卓で食べづらそうだなとちょっと思っていた。
「あ、あああ、あの!」
「はい……、あ、お茶ですか? それともお酒の方が……? 申し訳ないのですがお酒には詳しくなくて……」
「ち、ちちち、違います!」
もじもじと中々先に進まないバンフォードに、苛立つことなくシルヴィアは先を待つ。
子供の中には、こういう奥手で自分の言いたいことを素早く言葉にできない子もいるのだ。
相手に合わせて待つのも仕事のうち。
「い……い、い一緒に食べましょう……」
「同席してもよろしんですか? 普通は使用人とは食べないものですが……」
「い、いい、一緒に食べたいです。シ、シシ、シアさんも温かい内に……」
一人で食べる食事は味気ない。誰かとこの時間を共有したい。
そんな気持ちを感じとった。
今まで、誰もいなかったのか、彼の人生に、共に食事をとる人は。
おそらく、いなかったわけじゃない。
いたからこそ、誰かと共に食べる食事のおいしさを知っているのだ。
「すぐに準備してまいります」
素早く踵を返し、シルヴィアは自分用にとっておいた食事を持って戻った。
内容は同じだが、量は全く違う。
「そ、そそ、それだけで足りるんですか?」
「ええ、まあ……バンフォード様とは体格が違うので」
むしろ見ている方が胸焼けしそうだ。
大ぶりのステーキとか。
食前の祈りを捧げて、二人で食べ始める。
シルヴィアにとっては慣れた味。ただ、今回は燻製肉の味が染み出たスープが良くできていると思う。いいものを使っている。うらやましい。
この燻製肉を焼くだけでも、おかず一品になる。そうとうおいしい脂が出てきそうだった。
「お、おお、おいしいです。に、にに、肉も、ぼ、ぼぼ、僕が焼くと固くなってしまうんで……」
焼き過ぎだ。
でも挑戦したのは褒めるに値することだとシルヴィアはにこりと微笑む。
「ご自分でなんでもやる姿勢は好ましいと思います。今度は少し火加減を調整してみてはいかがでしょう?」
「そ、そそ、そうしますね」
バンフォードはスープも綺麗に飲み干す。
足りないような目でお皿をを見ているので、まだあると伝えると、嬉しそうに口元が緩んだ。
どうやら、平民スープはお気に召したようだ。
むしろ野菜が嫌いだと思っていたので、まさかおかわりを要求されるとは思ってなかった。
全部飲み干されそうだ。
「こ、ここ、これおいしいです」
「ありがとうございます。野菜で嫌いなものはありますか?」
好物は聞いたが、嫌いなものを聞いていなかったので、シルヴィアが改めて食の好みを聞いた。
すると、意外にも嫌いなものはないと答えが返ってきた。
「と、とと、特にはないです。た、たた、ただ、調理法が分からなくて……」
なるほどと頷く。
肉類は焼けばそれなりの味になるが、野菜は生で食べてもいいがおいしくない。
だけど、どう調理していいのか分からない。
だったら、食べなければいい――、そういう思考になったと。
「甘いものはお好きですか?」
その瞬間、犬がしっぽを振っているのではないかと思うほど、ぱあっと喜びに満ちていた。
「だ、だだ、大好物です!!」
拳を握りしめ、力いっぱい頷いた。
ああ……、うん、なんとなく知ってた……。
「で、でで、ですが、ふ、ふふ、太りやすい体質で……」
恥ずかしそうに俯くバンフォードに、納得した。
もともと食べるのは好きなようだけど、特に甘いお菓子には目がないと知った。
甘いものは食べれば太る。
シルヴィアはどちらかといえば太りにくい体質だが、バンフォードは太りやすい体質だ。
甘い物か……。
「お菓子作ってみますね。平民が食べるようなものですが、それでよければということになりますが」
どうせなら喜んでほしくて、シルヴィアが言うと、期待したような顔でこちらを見ている。
前髪で瞳が見えないが、絶対目が輝いていると断言できた。
よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。
感想は小説家になろう規約を守ってお書きください。
突っ込み、批判的意見もOKです。