5.
この番外編は、使用人ギルドがどれだけ質が悪いか、という話になります。
なんとなく伝わってくれればいいなぁ……(-_-;)
いつもの如くざまぁは期待してはいけない。
いつもより少し長めなので、時間があるときお読みください(4000文字くらい)
そもそもシルヴィアは隠れる必要はない。
これは一種の条件反射のようなものだ。
シルヴィアはミモザの事が苦手だった。
使用人ギルドのギルド員のほとんどは、家政ギルドのギルド員であるシルヴィアを下に見ていた。
そのため、同じ屋敷での仕事がかぶると、何かと仕事押し付けてきていた。
ミモザは、それに加え自身が美人であると自信を持っていた。
確かに、彼女のオレンジの豊かな髪や同色の瞳は、周囲を明るく照らすような雰囲気を持っていた。
ほかにも、女性らしい凹凸も、男性にはきっと好かれる要因だと思う。
バンフォードの事を疑っているわけではないが、やはり男性は少しでも見栄えのする女性を好きになったりするものだ。
特にバンフォードは、今まで女性とお付き合いしたことがないと聞いている。
一番近くにいたのがシルヴィアだから、好きだと勘違いした――そんな可能性も否定できない。
更に不安にさせられたのは、シルヴィアは、バンフォードとミモザが出会ったあの時、バンフォードが去っていくミモザの後ろ姿をじっと見ていたのを知っていた。
ゆえに、疑惑が芽生えてしまった。
もしやと。
隠れてしまったせいで、出る機会を逃したシルヴィアは木の幹に背を預けた。
そしてどうしようかと戸惑っていると、かすかに風に乗って二人の声が聞こえてきた。
初めは小さかったのに、ミモザの方がどんどん声が大きくなっていく。
何かを訴えているようで、それをバンフォードが時々相槌を打ちながら聞いている。
「ですから、シアはあなたにはふさわしくないと思うんです。でも、わたしなら……。わたしはこう見えても伯爵家の出身だったんです。家が借金で没落して売られて……」
そういえば、そんな話を聞いたことがあった。
元貴族で借金のために使用人ギルドで働いていると。
初めて会ったときは親近感がわいたが、それも仕事を共にしていくと一瞬でなくなったのはいい思い出だ。
貴族出身ということもあって、プライドは高い。
自分の美貌だったら、すぐに貴族が簡単に釣れると声高に話している姿を見かけたこともあった。
今もその自信のある美貌で、バンフォードに迫っている。
「バンフォード様はとても素敵な殿方ですもの、きっと数多の令嬢からお誘いがあったに違いないですわ。そんな令嬢方よりシアを選んだのは、ただ同情しただけですよね? 同情だけで結婚はよくないと思います。それに家格は子爵家となれば、きっとつらい思いをするのはシアです、バンフォード様」
バンフォードは答えない。
顔が見えないので、何を考えているのか分からなかった。
「バンフォード様……」
ミモザがそっとバンフォードの腕に触れた。
バンフォードはシルヴィアの婚約者だ。
媚びたように触れてほしくなかった。
しかも、話を聞いてると、バンフォードの魅力を何一つ理解していない。そんな人にバンフォードを渡しくない。
もし、言い争いになって使用人ギルドと何かトラブルがあったらいけないと思っていたが、見過ごせなかった。
シルヴィアは、足を踏み出そうした。
しかし、その時、バンフォードが思い切りミモザの腕を振り払った。
いつにない乱暴な行動に、木の陰から出ていこうとしたシルヴィアの足が止まった。
「バ、バンフォード様!」
「申し訳ないのですが、触らないでください。吐き気がしますので」
声音も相手を威嚇するような、心底嫌悪しているようだった。
エルリックにいつも怒っているが、それとは一切異なる声音。
それは過去に一度聞いたことがあった。
あれは、二人で初めて外出した時だ。
「何を勘違いしているのか分かりませんが、僕がシアさんを選んだのは同情じゃあありません。彼女の事を心から愛しているからです。彼女の強さに触れ、優しさに包まれて、今こうして僕はここにいるんです」
……えっと?
「それに、あなたは鏡を見たことがないんですか? あなた程度に僕が靡くとでも? 冗談もほどほどにしてください。使用人ギルドの方々はずいぶんと自信がある方ばかりでしたが、僕から言わせると平民の中では――とつけたいところです」
確かに貴族は容姿端麗な者が多い。
平民の中では美人でも、貴族の中でも埋没せずいられる存在ならば、すでに貴族の目に留まっていると思う。
ミモザはいつも声高に、貴族と結婚すると言っていたが、今のところそれが成功していないのは、自信を持っている容姿が貴族男性からしてみれば大したことないからかもしれない。
「それから、シアさんはとても努力家です。それに料理もおいしいですし、僕がどんな姿だって抱きしめてくれます。時々見せる弱いところを隠そうとしてる姿はいじらしくて、守ってあげたくなりますし、優しいところも、強いところも愛おしいです」
切々と語るバンフォードに、シルヴィアは反応に困って固まった。
そんな事シルヴィアは言われたことない。
そして、うれしいと感じるよりも恥ずかしい。
しかも、自分を誘惑しているであろう人間に何を言っているんだろうか。
「容姿だって、あなたと比べるのも失礼なほど美人です。できれば誰にも見せたくないんですが、シアさんが笑っている姿が一番好きなので、我慢しているんですよ」
シルヴィアは顔を覆って木の根元にうずくまった。
「ちなみに、僕が一番好きなシアさんは、恥ずかしそうにはにかんでいる姿です。男としてグッとくるんですが、色々と我慢の最中で」
あ、色々我慢していたのかと、どこかでほっとした。
あまりにもいつも紳士的なので、実は魅力を感じていないのではないかと思っていたので。
「ああ、話が逸れましたが……確かあなたが我が侯爵家の侍女長からイジメられているという話ですが……、そう思われるのでしたら契約破棄をしてくださって構いませんよ。もちろん、そちらの自己都合ということで、使用人ギルドにはきちんと違約金を支払ってもらいますから」
「わ、わたしがシアに劣る……? わたしの方があの子よりも美人だとお思いにならないんですか?」
ミモザの声が震えているのは、同情を誘うための演技ともとれるが、声の質が若干低くなっているので、怒っている――ようだった。
「一切思いません。僕にとって異性として美人だと感じるのはシアさんだけなんですよ。あなたは、むしろ醜すぎて近くに寄ってほしくもありません」
潔いほどばっさりとバンフォードが言った。
「嫌悪感がするので、今後一切僕に話かけないでください。それから、この件は使用人ギルドの方にも抗議させていただきます――……最近、僕の周りの独身男性や新婚男性も、使用人ギルドのギルド員に色仕掛けを受けて辟易していると言っていました。調べてみると、なかなか興味深いことも分かりました」
バンフォードがゆっくりと、相手に理解できるように説明している。
それはまるで、シルヴィアにも聞かせるように。
「雇われた貴族の家で、その主人と身体の関係になって契約を迫る――ようなことがよく起こっているとか? 僕は昨日知ったのですが、なんでも社交界で名のあるご婦人の連れ合いが、その被害にあったようですね。ご婦人は大層憤慨して、今使用人ギルドの方も大変なようです」
引っかかる男も男だが、その名のあるご婦人はかなりの鬼妻らしい。
おかげで、この件が明るみに出て、さらに今は離婚騒動になっていると、追加で説明した。
「誘った女性は、ギルドから命じられていたと証言しているのですが、さて、どれほど信じていただけるでしょうか? 貴族というのは恥をかかされたら倍にして返すと考える人も多い……、そうですね僕も同じです。使用人ギルドの方には、散々バカにされてきましたので、大目に見るのはやめようかと思います」
ぞっと身体中に鳥肌が立ちそうな、冷たい声だった。
こんな声も出せるのだと、新たな一面をシルヴィアは知った。
「まあ、僕の事は大目に見ても、シアさんをバカにするようなギルドは必要ないでしょう。今後、クラーセン侯爵家は使用人ギルドを頼ることはありません。今回は様子を見ると叔母上がおっしゃったので僕は口を挟みませんでしたが、叔母上にも話しておきます。明日が契約最終日ですが、どうぞお帰りになっていただいてかまいません。帰る場所があればいいですね」
最後は穏やかにミモザに促していた。
それが脅しとしては一層深い闇を匂わせた。
ミモザは腰が抜けたように座り込んでいた。
そして、話が終わったのか足音がシルヴィアの方に向かってきた。
まるで盗み聞きしているようで、どうにかやり過ごせないかと考えていてももう遅い。
ひょっこりとのぞき込んできたバンフォードが、にこりとシルヴィアを上から見下ろしていた。
初めからバレバレだったらしい。
「僕の愛が少しは伝わってくれましたか?」
伝わったというか、十分すぎるほど考えは理解した。
シルヴィアは、こくこくと頷く。
「よかったです。これで伝わらなかったら、もっと違う方法を考えないといけないなぁと思っていましたので。例えばたくさん貢ぐとか、もっと一緒にいる時間を増やしたりとか……」
「あ、あの……」
「はい、なんでしょうか?」
「使用人ギルドの事、なんですが……」
自分の事を深く聞くのが少し怖くなって、口から出てきたのはそちらだった。
バンフォードは少し残念そうだったが、うずくまっているシルヴィアの目線に合わせるように自分もしゃがんだ。
「もしかして、なんの咎もないギルド員たちの事を心配してますか? もしそうだとするならば心配はありません。この機会に家政ギルドのギルド長オリヴィアさんが、有望なギルド員を引き取って業務を拡大するそうですので」
「え?」
「今後は貴族も家政ギルドの方を頼ることになるでしょう」
いつの間にオリヴィアと話す機会があったのかと、疑問に思っていると、バンフォードがシルヴィアの手を取って立ち上がらせてくれた。
「ところでシアさん、僕の愛がどれほど深いか、そちらの方を指摘していただきたかったのですが……」
冷たくなってきている手を温めるように、バンフォードが握り込み、その手の甲に紳士がするような軽い口づけを落とした。
「じゅ、十分伝わりました。今後はきっと何があっても疑わないと思います!」
「嫉妬してくれてもいいですよ? もしそれで不安になるようでしたら、何度でも僕は言います。シアさんだけだと証明します」
シルヴィアを見るバンフォードの紫の双眸は、一切の狂気はなくただ穏やかで優しかった。
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この番外編はここで終了。
使用人ギルドがどんな内情か、少し伝わってくれればよかったなと思います。
いや、バンフォードがどれだけシルヴィアの事が好きかという話かもしれない……。
本当は3話くらいで終わる予定だったのに、意外と長くなりました。




