4.
シルヴィアはミモザの事が気になっても、それだけを気にしているわけにはいかない。
今回のお茶会は一種のテストも含まれている。
どこまでシルヴィアができるのか、教えたことをこなせるのか、そういったものを試されていた。
貴族の子女は貴族学校でお茶会や夜会の開催方法や注意点を学び、その後親の監視のもとで実践形式で練習していく。
大人になった時に困らないように。
シルヴィアの場合教育期間が短かったが、働いていた経験上お茶会の流れは理解できていたので、主催者側としての心得を教えられるだけだった。
采配は多岐に渡る。
リリエッタやアデリーンが手伝ってくれていても、主催はシルヴィアだ。
同じ派閥や親しい人しか招かれないとは聞いていても、緊張する。
なにせ初めての主催だ。
お茶会は二日後で、もう目前。
会場設営は使用人や、外から呼ぶ業者によって行われる。
シルヴィアがやる仕事は、前日の最終確認ぐらいだが、やはり落ち着かない。
特にお客様に不自由ないように過ごしてもらうための人の采配には、苦労していた。
使う側と使われる側では、気の使い方が違うのだ。
一応表でお客様の対応をする者は、クラーセン侯爵家自体で雇っている侍女を使う予定で、使用人ギルドの人たちを裏方に回すことになっていた。
そのため、ミモザと顔を合わせることはない。ないのだが……。
気にしていても、表に出てこないのならまだ安心だ。
彼女は何をしでかすか分からない怖さがある。
それに、バンフォードを見る目が気になった。
シルヴィアに嫉妬するだけならまだしも、それだけじゃない。
考えだすと、思わずため息が出そうになった。
「シアさん、緊張していますか?」
隣でシルヴィアの様子を窺っていたバンフォードが眉尻を下げて尋ねてきた。
昼間は二人ともやることがあるので、それぞれ行動していることが多いが、夜には二人の時間をできるだけ持つようにしてる。
会う場所は様々だが、今日はシルヴィアの部屋だった。
今は二人の時間。
シルヴィアは、余計な事を考えないようにバンフォードを見上げた。
「ええ、やはり主催は緊張します。慣れないことですし、失敗したらクラーセン侯爵家に恥をかかせてしまいますから」
「そんな事気にしなくても大丈夫ですよ。それに、それだけではないように思えますが?」
強張りそうになっているシルヴィアの様子に、バンフォードが穏やかに話しかける。
彼は、シルヴィアをよく見ている。だからこそ、その変化にすぐ気づく。
そのため、すべてお見通しだとでも言う様に、バンフォードが指摘した。
「使用人ギルドの方が気になりますか?」
すばりと言われて、シルヴィアは目を伏せた。
するとバンフォードが、シルヴィアの肩を抱き寄せて自分にもたれかけさせた。
「シアさん、そんなに心配しないでください」
なんてことないように言うバンフォードに、シルヴィアは心の中がざわつく。
「別に何も心配していません。お茶会はリリエッタ様もアデリーン様も協力してくださっていますから」
あえてミモザのことは口にしなかった。
なぜかここで名前を出したら負けな気がしたから。
「そういう誤魔化しは癖になります。いざ何か言いたいとき、何も言えなくなってしまいますよ」
それでも、シルヴィアは言えずにいた。
そもそもなぜこんなにミモザを気にしているのかは、シルヴィアのある気持ちが大きかった。
「そんなに言いたくないことですか?」
「人には聞かれたくないこともあります、バンフォード様」
それをバンフォードがシルヴィアに言ったのはいつだったか。
満月の晩に、慰められていた頃が懐かしい。
「ずるい切り口ですね……僕が言ったことを盾にするなんて。それなら僕は何も聞きません。代わりに、僕も好きにします」
「好きに――?」
バンフォードは言い終わると同時に、突然ソファの上にシルヴィアを押し倒し、ぎゅうぎゅう苦しいほど抱きしめてきた。
あまりに突然すぎて、受け入れることも抵抗することもできないシルヴィアが慌てる。
「ちょ! バンフォード様――一体……」
「しばらくこうさせてください。最近、側にいる時間が減って僕的には不満なんです。それに、明日は対決しなければならない人がいるので」
「た、対決? 仕事関係ですか?」
「仕事ではないですが、僕にとっては一大事なんです」
「そ、それはわたしを心配している場合ではないのでは?」
シルヴィアが焦って聞き返すと、腕が緩み、バンフォードが身体を少し起こした。
そして、至近距離でいたずらが成功したようなバンフォードの表情。
「驚いたら、悩みが少しは解消されましたか?」
にこにこと笑うバンフォードに、シルヴィアは目を大きく見開いて、固まっていた。
「シアさん、僕は頼りないかもしれませんが、それでもシアさん一筋である事だけは証明します。だから不安そうな顔はしないでください」
「不安……」
「なんとなくわかるんです。僕がそうでしたので。シアさんをこの世界に引き込んだのは僕ですから、きちんと責任は取るつもりです」
そう宣言するバンフォードは、シルヴィアの背に腕を回して身体を起こしてくれた。
「ところで、明日の朝のご予定は?」
「昼からは会場の設営などで忙しいですが、朝は特に」
「それなら久しぶりに朝に散歩をしませんか? ゆっくりしてもいいですが、たまには気分転換に」
唐突な誘いだが、シルヴィアは了承した。
婚約者と少しでも一緒にいたいと思うのは、バンフォードだけではないので。
「では、明日薬草園で待ってます」
バンフォードは、その後礼儀正しくお休みなさい、と挨拶し部屋を出ていった。
婚約者同士の触れ合いとしては、ずいぶんあっさりだ。
正直、もう少し何かあっても……、と思うシルヴィアだったが、言葉にして相手に言えないのは、シルヴィア自身もバンフォードに負けず劣らず奥手気味だからだ。
これがバンフォードが弱っているときだったら、すんなりと抱きしめたり、それこそ添い寝――なんてことも大胆に提案できるのだが、人の心は難しい。
朝の空気が冷たくなってきている。
風が吹くと肌寒く、ぶるりと身体が震えた。
薬草園に向かう途中で、シルヴィアは今日の約束をなんとなく、バンフォードらしくないなと感じていた。
寒くなってきたこの時期、朝晩外で会うことをバンフォードが避けていた。
なんでもシルヴィアが風邪をひいたら一大事、だからだそうだ。
それなのに、わざわざ外で会いたいと言い出すのだから、もしかしたら、昨夜バンフォードの言っていた“対決”に関係しているのかもしれない。
気持ちを落ち着けるために、大好きな薬草に癒されたいとか……。
つらつらと考えながら歩いていると、正面に背の高いバンフォードの姿が見えた。
すでにやってきていたようで、シルヴィアは少し小走りに近寄った――いや、近寄ろうとして、近くの木に隠れるように身を隠した。
心臓がバクバクと鳴りだす。
何かの見間違いかと思い、そっと木の陰からバンフォードの背中を窺い、やはり間違いではないと確信する。
バンフォードの背に隠れて見えないが、彼の正面には使用人の着るお仕着せを着た人物。
そして少し、見えた影は。
「ミモザさん……」
口の中のつぶやきは、誰にも聞かれることなく空気に溶けていった。
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次回、いつものようにざまぁはあまり期待してはいけない回。




