3.
「シアじゃない! こんなところで何してるの? あなたも雇われたの?」
悪い予感というのは、得てして必ず当たるものだとシルヴィアは知った。
リリエッタの言った通り、お茶会の時の足りない人手は使用人ギルドから借り受けることになったが、その一人が彼女とは……。
「お久しぶりです、ミモザさん。お元気そうですね」
「本当ねー、でもあなたがいるなら、わたしたちは楽できそうだわ!」
言うと思った――、と心の中でつぶやく。
使用人ギルドのギルド員の一人であるミモザは、使用人ギルドの中では中堅どころだ。
この業界ではシルヴィアよりも先輩にあたるが、とにかく仕事しない人だった。
一通りの事はできるが、好きな仕事はやるが、嫌いな仕事は下のものに押し付けて一切しない。
そしてシルヴィアの事は自分の使用人とでも思っている節があった。
もともと使用人ギルドは家政ギルドの事を下に見ている。
上層部がそんな態度なのだから、それがギルド員にも伝播するわけで。
ミモザは、その上層部の教育をもろに受けたような存在だ。
「ミモザさん、申し訳ありませんが、ここではきちんと序列を意識していただきたく思います」
「序列? まさかわたしがあんたの下だとでも?」
「はい」
ここははっきり肯定しておかねばならない。
なにせ、シルヴィアは次期侯爵夫人としてこのお茶会を仕切ることになっているのだ。
そのため、ミモザの勘違いも正しておかなくてはいけない。
今まで同じように働いてきただけに、ものすごく言いづらかったが、これはシルヴィアの義務でもあった。
使用人を管理し、適切に采配するのは女主人の役割の一つでもある。
今までは使われる側だったシルヴィアだったが、実はこの経験がとても生きていた。
実際に働いていたからこそわかる、内情というものが。
「ミモザさん、わたしの本名はシルヴィア・ハルヴェルというんです。子爵令嬢で、今は次期侯爵であるバンフォード・クラーセン様の婚約者として、こちらで花嫁修業も兼ねて暮らしています。身分を隠していて申し訳ありません」
謝罪も本来なら不要だが、隠していたせいで色々と困惑させてしまうのは申し訳がなかった。
しかし、頭は下げない。
「え……? あんたが、子爵令嬢? しかも次期侯爵様の婚約者? 何かの冗談でしょう?」
「冗談ではありません。騙していたようで申し訳ないとは思いますが、今後は適切な距離を保ってください」
お互いやりづらいところだが、慣れてもらわなくてはならない。
「うそでしょ……、ただの家政ギルドのギルド員だったのに」
シルヴィアの事をどうやっても認めたくないようで、ミモザはさらにシルヴィアを貶めようと口を開こうとした。
だが、それよりも先にミモザの口を封じるように厳しい声が響いた。
「嘘でも冗談でもありませんよ。シルヴィアさんは侯爵家が認めたバンフォードの婚約者です。今の口調は許しますが、以後気を付けてください」
シルヴィアの後ろからリリエッタの声。
どういえば納得してもらえるか言葉を考えていたシルヴィアは、自分の代わりにミモザを諫めてくれた声の主、リリエッタに感謝した。
後ろを振り返ると、リリエッタだけではなく彼女をエスコートしてバンフォードまで姿を見せていた。
「リリエッタ様、バンフォード様も。どうされたんですか?」
「わたくしは一応あなたを監督する立場ですから、どんな様子かを見にきました。バンフォードは、あなたに用事があるようですよ」
使用人の前で厳しく接するリリエッタだが、ミモザとのやりとりにシルヴィアが困っていたから助け船を出してくれたのは気づいている。
リリエッタは、使用人ギルドのギルド員に視線を向けていた。
その横でバンフォードが心配そうにしている。
先ほどのミモザとの会話はすべて聞かれていたようだ。
「シアさん、大丈夫ですか?」
「わたしは大丈夫ですが、バンフォード様はわたしに何か?」
「ええ、実は化粧水や保湿液を作りまして。花の香のするものです。以前作ったものは、薬草の匂いだったので、納得できなかったんです。よかったら使っていただけないかと思いまして――」
以前作ったもの、というのはシルヴィアの誕生日にくれた化粧水などの美容用品だ。
顔肌専用の潤いを保つものをシルヴィアのために作り出していた。
どこにそんな暇があるのかと思っていたが、実はかなり前から考えてはいたらしい。
国有数の薬師様がシルヴィアの肌質に合わせて作ってくれたものは、肌をしっとりときめ細やかに整えてくれている。
今では毎朝毎晩欠かさず使うほど重宝していた。
正直、匂いは薬草だがさわやかな匂いなので気にならなかった。
「ありがとうございます、大事に使いますね」
「はい……」
シルヴィアの喜ぶ顔が生きがいだとでも言う様に、バンフォードの頬がだらしなく緩む。
その時、リリエッタが思い切り咳ばらいをした。
「二人とも、ここをどこだとおもっているのかしら? 使用人の目の前でみっともないですよ」
しまったと思いながら、顔に出さずにミモザたちに振り返る。
ミモザ以外のほかの四人は頭を下げているのに、一人だけ顔を上げていた。どうみてもリリエッタはこの家の主人格だ。
彼女が登場したのに頭も下げないのは、礼儀に反する。
最低限の礼儀もできないミモザは、目を輝かせてバンフォードを見ていた。
そして、シルヴィアにはどこか厳しい視線。
なぜそんなにバンフォードを見ているのか、もやっとした。
「お話の途中で、申し訳ありません。使用人ギルドの方たちは、侍女長に指示を仰いでください」
「かしこまりました、奥様」
早めにこの場から引き離した方がいい気がして、さっそく仕事を割り振る。
ミモザ以外は最低限の礼儀はわきまえているのか、リリエッタやバンフォードに向けて頭を下げ侍女長の後についていく。
ミモザだけは、連れていかれる途中で、なぜかシルヴィアを睨んできたが、なんとなくわかる気がした。
「お知り合いなの?」
「ええ、まあ……」
シルヴィアの様子から、リリエッタはすべてを察したようだ。
「言われずとも分かりますとも。あなたの事をずっと下に見ていましたからね。シルヴィアさんの姿を見て、あなたも雇われたの? はないわね」
シルヴィアは現在、クラーセン侯爵家の格に合わせたドレスを着ている。
使用人が着るようなお仕着せなどではない、質の良い布を使ったドレスだ。
「僕の家に来ていたギルド員も、さっきの彼女のような人でした」
ミモザのような人が来ていたのなら、仕事ぶりは期待できない。
リリエッタは、さっそくやってきたトラブルの予感に頭を押さえた。
「二人の言った通りかもしれないわね……。 とにかく、侍女長にはあまり顔を合わせないように気を付けさせるわ」
「お気遣いありがとうございます、リリエッタ様」
「気にしないでちょうだい。次回からは少し考えないとだめね。今日のお茶会で聞いてみようかしら、最近の使用人ギルドの事を」
家の事をするのは女性の役目だ。
使用人の雇い入れなども。
そのため、ほかの家の使用人などもよく見ている。
ゆえに、使用人ギルドのギルド員に対しても詳しいらしい。
主に、どの子がいいかとか。
「彼女だけは少し態度が気になったけど、ほかの子はよさそうね」
シルヴィアはミモザのほかの四人を思い返した。
正直どの子も面識がない。
もともと仕事の範囲が違うので、ミモザのように顔見知りになるのは珍しいのだが。
「若そうとは思いました」
「若そう?」
「はい、家政ギルドは新人の事を若いって言うことがあるんです」
年齢ではなく、ギルドに加入して一年ほどは若いギルド員と呼ばれたりする。
使用人ギルドでどういう言われ方をしているのかは知らないが、つい癖で言ってしまった。
「ミモザさんより年上に見える方も、ミモザさんに遠慮しているようでしたので、もしかしたら今回の引率者はミモザさんかもしれません」
「そう、それはますます気をつけなくちゃね。わたくしはあの子のような目をよく知っています」
シルヴィアはそっと目を伏せた。
あの目は、間違いなくシルヴィアに嫉妬している目だった。
そして、バンフォードを見ている目は、紛れもなく男性として意識している目だった。
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ふと、バンフォードが溺愛傾向になりつつあると気づく。