2.
「独身貴族男性の家に雇われると、多少なりとも……その、勘違いする人もいるといいますか……」
言葉を濁すバンフォードに、シルヴィアとリリエッタが納得した。
まあ、勘違いする女性はいるかもしれない。
しかし、リリエッタはそれを聞いて眉を寄せた。
「仕事で雇われているのに、何を考えているのかしら、そのギルド員は。邪な考えをもって仕事にやってくるなど、ありえません」
リリエッタがはっきりと嫌悪した。
まさか、自分の夫にも邪な考えをもって接しているような使用人がいるのではないかと、一瞬疑っているようだった。
しかし、クラーセン侯爵家の使用人はみな誠実なので、心配しているのは外部の人対象のようだ。
「家政ギルドではどうなのですか?」
リリエッタに質問され、シルヴィアは家政ギルドの派遣や契約について説明する。
「家政ギルドでは独身の方のお部屋にお邪魔するときは、よほどの理由がない限り基本的には同性の方を派遣することになっています」
家政は基本的に女性の役割――といういうのが根本的にあるが、中には掃除や料理が得意な男性も少なからずいる。
家政ギルドは男女関係なくギルド員になることができるが、実は男性ギルド員は意外と需要があったりする。
独身男性の中には、異性よりも同性の方が頼みやすい人が多い。
なんでも部屋には見られたくないものがあるようなので。
「中には、女性がいいという方がいましたが、そういう方のところにはベテランの女性が派遣されます。基本的には、結婚して子供を育てている、もしくは育て終わったベテランの主婦の方ですね。そのあと、できれば若い女性がいい――とおっしゃるかたもいましたが、そういう方とは契約しない方針でした」
若い女性がいいと、ピンポイントで言ってくる人は確実に下心がある。
そんなところに、大事なギルド員を派遣しない――、それがオリヴィアの主張だった。
「でも、あなたはバンフォードのところに派遣されていたのよね?」
「はい、オリヴィアさんからバンフォード様は安全だと言われまして……」
二人そろってバンフォードを見る。
確かにバンフォードは誠実で、仕事で屋敷にやってきてる女性に手を出すような人ではない。
しかし、バンフォードはちょっと気まずそうに、頬染めている。
安全だと言われていたが、結局シルヴィアとは恋仲になり今や婚約者だ。
紆余曲折あった末のことだし、付き合う際には雇用関係はなくなっていたが、男女の関係に百パーセント安全というのはないのだと知った。
少し心配なのが、今後シルヴィアのように貴族男性に見初められることを夢見るギルド員が出ないとも限らないことだ。
家政ギルドのオリヴィアだったら上手くやるだろうが、使用人ギルドはどうだろうかと心配になった。
「バンフォード、一応聞いておきますが、もしや何か不埒な真似でも――……」
「ぼ、ぼ、僕は使用人ギルドの方には指一本触れていません!」
焦ったように弁明するバンフォードに、リリエッタが指摘した。
「使用人ギルドの方にはね?」
シルヴィアは困ったように笑う。
隣に座るバンフォードは真っ赤になっていた。
「まあ、同意の上ならばいいとしましょう」
雇われているときは、男女的な接触はなかった。
それだけははっきりと言える。
ただし、バンフォードが言った指一本触れていないという言葉は適応されない。
しかし、そこまで恥ずかしがるようなことは何もないのに、バンフォードの顔を見ると何かあったかのように思えてしまう。
いや、確かに抱きしめたり、抱きしめ返されたりはしたが、あれはそういう意味ではなく……。
「あの、わたしとバンフォード様は……」
「シルヴィアさんが言わなくても分かりますよ。バンフォードが奥手なのはわたくしも知っています。シルヴィアさんに不埒な真似をする事はきっとなかったのでしょう」
雇われているときは、適切な距離を保つように心がけてはいた。
時々、少し逸脱していたかもしれないが、それでも二人の関係は男女関係だったとはいえない。
そこはシルヴィアも誠実でありたかった。
「話が逸れてしまったわ……。それで、何か勘違いしたギルド員は、結局どうだったの?」
バンフォードはいまだに赤味の残る頬を搔きながら言った。
「僕は、シアさんと出会ったときは、あまり女性受けするとは言えませんでしたし、そもそも会話だって気の利いたことはできません。僕としては、最低限仕事をしてくだされば、それでよかったんですが、貴族らしくない僕は侮られてしまったみたいで」
侮られて仕事をしっかりやってもらえなかった、という事らしい。
しかも当時のバンフォードはそれを指摘して改善してもらう、といった交渉事も苦手としていた。
「それで、何度かギルド員の交代を願い出ていたら、使用人ギルドの方から厄介な客だと判断されてしまったんです。なかなか固定のギルド員が付かないのは、僕に何か問題があるからだと。実際、多少問題があったことは自覚しているので、何も言えなかったんですが……」
「バンフォード様のせいではありませんよ!」
シルヴィアが憤慨する。
雇われた以上最低限の仕事はするべきだ。
使用人として雇われているのだから、主人の事を第一に考え動くのは当然の事。
侮って仕事をしないなど、言語道断だ。
バンフォードは当初シルヴィアに対してもどこか怯えが見えていた。
しかし、逃げずになんとか対応してくれようとしていた。
努力しようとしてくれていたのは、シルヴィアもすぐに分かった。
バンフォードは、使用人ギルドの実態に対しむうっとしているシルヴィアに、ほわほわした気持ちで本音を語った。
シルヴィアが自分のために怒ってくれていると思うと、気持ちが舞い上がる。
「でも、今はそれでよかったと思っています。そうでなければ、シアさんとは出会っていませんでしたから」
それはその通りでも、やはりシルヴィアとしてはもやもやした。
「シルヴィアさんの言っていた通り、一部のギルド員の質はよくないみたいね」
シルヴィアとバンフォードの二人からの証言で、リリエッタは深く息を吐きだした。
そして、リリエッタは決断する。
「でも、今回は様子見として使用人ギルドの方にお願いするわ。今まで問題なく働いてもらえていたから」
「はい。突然違うところから人手を借りるとなったら、今までの関係に亀裂が入りかねませんから」
平民とはいえ一大勢力を誇るギルドは、貴族だって無視できない。
特に使用人ギルドは古くから様々な貴族と付き合いがある。
ただ、シルヴィアは今少し心配していた。
バンフォードの言っていた勘違いだ。
当時は確かに女性受けしなかったかもしれないが、今のバンフォードは違う。
婚約者の欲目を抜きにしても、バンフォードはとても容姿が整っている。
ふっくらしていた頬は体重が落ちると、すっきりと男性らしい頬のラインに整い、顔つきも覚悟を決めた男性の顔。
顔だちは確かにクラーセン侯爵に似ているが、目元が優しいので厳しさや堅苦しさはなく、むしろ人から好かれそうな雰囲気だ。
婚約者がいても、これほどの見栄えのする男性が独身だと狙われる可能性が……。
そんな心配をしてシルヴィアは軽く首を振った。
郊外の邸宅ならまだしも、クラーセン侯爵邸でそんな事にはならないだろうと。
その時はそう思っていた。
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