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1.

 半年前までは、この日で自由になると思っていた。


 貴族のしがらみから解放され、平民として生きていくのだと。

 それが、今は――。


「綺麗だわ、シア。今日はおめでとう!」

「ありがとうございます、アデリーン様」

「シルヴィアさん、本当に素敵よ」

「すべて、リリエッタ様のおかげです。わたし一人ではとてもこんな風にはできませんでした」

「こちらこそ、きちんとするって決めていたのに、デビューの夜会が遅くなってごめんなさいね」


 それは仕方がない。

 あの時は、それどころじゃなかったから。


 結局、シルヴィアの誕生日に合わせて夜会を開くことはできなくなったが、シルヴィアは今とても満足していた。

 みんながうれしそうに笑っている。

 それだけで満たされた。


「わたしも、そういうドレス着たいわ。紫って、大人びていていいわよね」

「そうですね、わたしも憧れておりました」


 髪を結い上げ、うなじをすっきりと見せる。

 肩の出ているオフショルダーのドレスは、紫だ。


 大人びた色で、以前成人したら着てみたい色だとバンフォードに言ったことがあった。


 肩口はレースや小さなガラス玉などできらきら輝いている。

 プリンセスラインのスカートはふわりと広がり、大人びた色だがかわいさも併せ持つ。


 首や耳を飾るのは、リリエッタから譲られた装飾品。

 ダイヤとアメジストそれにブルーサファイヤなどが品よく並び、それぞれが主張しすぎず大人しいデザインだ。


「こんな風に笑顔で今日を迎えられたのは、すべて皆様のおかげです」


 半年前には考えられなかった。


 身分を捨て、平民として生きる。それがシルヴィアの幸せだと思っていた。

 いつか結婚する時も、平民として恋をして結婚するのだと信じていた。


「まるで、お嫁に行っちゃうみたいね」

「あら、お嫁に行っちゃうのではなく、お嫁に来てくれるのよ、アデリーン」

「そうだったわ。ところで、いつ結婚するの?」


 アデリーンの興味深々なまなざしに、シルヴィアは頬を少し染め、苦笑した。


「まだ、当分先だと思います。バンフォード様は今、とても忙しいので」

「それもそうね、今日も朝から出かけてたわ。間に合うのかしら?」

「さっき、屋敷に駆け込んできてるのを見たわ。きっと間に合うでしょう。シルヴィアさんの成人の日に、遅れてくるようでは婚約者失格です」


 バンフォードは、クラーセン侯爵の毒を治療し、今は現存する毒薬の中でも解毒薬が判明していない、人を殺すことに特化している毒薬解析を行っている。


 卓越した知識と技術はすでに国でも一目置かれる存在ではあったが、クラーセン侯爵の件で、一気にその知名度が広がった。


 しかし、医師団の中では、バンフォードの功績に対し危険視する者もいた。

 バンフォードの言っていた通り、いつか毒薬を作り出すのではないかと、懸念する者も現れている。


 それに対し、バンフォードは堂々とした姿で、絶対に行わないことを公言した。

 もちろん、それを容易に信じることはできない。

 恐れる気持ちをなくすことはできないが、この先の行動でそれを示して見せると、バンフォードはシルヴィアに笑っていた。


「いいなぁ、わたしもシアのデビュー見たかった」


 アデリーンは今年十五歳。

 まだ、社交界デビューまで時間がある。昼間の社交は行っているが、夜は参加できない。


「わたしの時は見てくれるんでしょう? その時には家族だもんね」


 シルヴィアとバンフォードは一週間前に正式に婚約した。

 しかし、次期侯爵としてそして、国が認める薬師として活躍しているバンフォードの隣に立つには、ふさわしくないとクラーセン侯爵家の親族から言われるようになった。


 そんな時、バンフォードはいつもそばにいて守ってくれた。

 もちろん、シルヴィアも同様に、バンフォードが悪し様に言われたときは、常に守った。


 そんな二人の絆を割くことはできないと、早々にあきらめてくれた人も多い。


 今日はシルヴィアの成人のデビューでもあるが、二人の婚約発表と次期侯爵としてのお披露目も兼ねている。


 一応主役はシルヴィアだが、バンフォードも主役の一人。


「リリエッタ様、少し外の空気を吸ってきてもよろしいでしょうか?」

「少しならね。お客様が来るまでには戻ってくるのよ。アデリーンはそろそろ部屋に戻りなさい」


 リリエッタに言われ、シルヴィアの姿をきらきらした目で見ていたアデリーンは、残念そうに返事をした。


「はーい。お父様の様子を見に行ってからでもいい?」

「休む邪魔をしてはいけませんよ」

「お休みなら、すぐに部屋に戻るわ」


 クラーセン侯爵は、順調な回復を見せた。

 もちろん、完全に元通りになったわけではない。


 筋肉の硬直が進み、結果として利き手が少し不自由になった。

 ただし、それだけで留まったのはバンフォードが頑張ったおかげだ。


 今は、落ちた体力をもとに戻すためか、眠っている時間も多いが、起きているときはバンフォードやリリエッタが付き添いながら、少しずつリハビリに励んでいた。


 さすがに今日の夜会までに動けるようになるのは無理だったが、快方に向かっているのでみんなの顔は明るい。


「途中まで一緒に行きましょう」


 アデリーンの誘いに乗って、途中までともに歩く。

 そして、クラーセン侯爵の部屋の前で行くと、ちょうどバンフォードが部屋から出てきた。


 夜会服に着替え、しっかり髪を撫でつけている姿は、誰が見ても貴族の貴公子だった。


「あら、お兄様」


 アデリーンが声をかけると、バンフォードがこちらを向く。

 そして、固まった。


 アデリーンはその固まったバンフォードに、シルヴィアを押し付けるように背を押した。


「お兄様、シアは少し外の空気を吸いたいそうよ。でもお客様が来る前に、部屋に連れて帰ってあげてね」


 アデリーンがシルヴィアに向かってこっそり片目をつぶり、軽くノックをして部屋の中に入っていく。


 そして、固まっているバンフォードは、アデリーンの姿が部屋の中に消えると、ようやく動き出す。


「あ、シ、シ、シアさん……?」

「はい、少し外の空気が吸いたくて――」

「は、はは、はい……」


 なんだか嚙み合っていない会話だ。


 昔に戻ったかのようなバンフォードが、シルヴィアをエスコートしてくれた。

 不自然なくらいバンフォードはこちらを見ず、話しかけても来なかった。


 一瞬、このドレスが似合っていないかとも思ったが、緊張している腕がそれを否定していた。

 言葉で何も言わずとも、バンフォードは分かりやすい。


 言葉ではなく態度で示す――それはそれで笑みが零れた。




お読みくださり、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。


あと一話。

長くなったので二話分割しました。


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