表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/75

8.(バンフォード視点)

後半、シルヴィア視点に戻ります。



 採取は順調だった。


 危険な夜の森とはいえ、そうそう獣に襲われることはない。

 一番心配したのは、探していたものが見つかるかどうかだった。


 一番近いのがこの森だったが、群生地があるのはここからさらに進み、他国の領土に足を踏み入れなければならない。


 そこまではできない。

 そもそも、エルリックを国外まで付き合わせることは無理だった。


 上級騎士は許可なく国内から外に出ることは禁じられているからだ。


 無事にすべてを終え、郊外の屋敷に戻った時、バンフォードを待っていてくれたシルヴィアの顔を見た瞬間疲れが飛んだ。


 その後は、エルリックに礼をいうのもそこそこに、また自室に引きこもる。


 しかし、今回は以前のように焦った気持ちはなかった。


 頭が冴えわたり、どうするべきか明確で、するすると薬の作成工程が終了していく。


 通常はこの作業は試行錯誤をしながら何か月――いや、何年もかけて行われる。

 失敗を繰り返し、ようやく出来上がるのが新たな新薬なのだから。


 だから、戻って三日ですべて終えた時には、自分自身で奇跡だとさえ思った。




 薬が本当に効くかどうかは、半分は賭けの側面も大きい。

 本当なら、実験して試したいところだったが、叔父の様子は一刻を争うところまで来ていたためだ。

 最低限、人に害のないことだけを確認するしかできなかった。


 呼吸も小さく、ほとんどの機能が低下。

 戻った時の叔母は憔悴していて、アデリーンは泣きそうになりながらもなんとか耐えていた。


「お兄様……お父様が――……助かるのよね?」

「最善は尽くしたよ、アデリーン」


 絶対大丈夫とは言えない自分が悔しかった。

 それでも、アデリーンはバンフォードを信じてくれていた。


「お兄様はやる気になったらすごいって、わたし知ってるから」


 アデリーンがシルヴィアの腕に抱きつく。

 何かに縋りたかったのかもしれない。叔母が叔父に付きっきりだから。


 アデリーンは、叔母を困らせたくなくて、我慢していたのだろう。


「わたしはこちらでアデリーン様とお待ちしてます」


 バンフォードは一人で部屋の中に入る。

 死の気配が近い、異質な空気。


「叔母上……なんとか仕上げましたが、効果があるかどうかは分かりません。でも、最善は尽くしました」

「ありがとう、バンフォード。これがどれほど大変なことか、言葉で表すことができないことはわたくしにも分かります」

「叔母上が、残しておいてくれたからです。現物を――」


 叔母が目を伏せた。

 そして、告白するようにバンフォードに伝える。


「本当は……、言おうと思ったのです。あなたならあるいはと……。ヴィンセント様とは微妙な関係でしたが、決して嫌い合っているわけではないから。ヴィンセント様が言えないのなら、わたしが頼もうと。しかし、ヴィンセント様が言わないのは何か理由があるのだとすぐにわかりました」


 仲の良い夫婦だ。

 相手が隠し事をしていれば、きっとすぐに気づく。


「結局、わたくしは夫の命と意思を天秤にかけて、後者をとりました。その後、何も言わなかったのはあなたのためだと知り、少しだけ嫉妬したんです。夫にとってはわたくしたちよりあなたの方が大事なのかと」

「それはありません!」


 バンフォードは強く否定した。

 叔父が叔母をどれほど愛しているのか知っているから。


「ええ、分かっています。おそらく、間に合うのなら言っていたのでしょう。もうどうしようもないほどの状況だったから、あなたには何も伝えなかったのです。使われたものを取っておいたのは、いつかあなたが必要とする時が来るかもしれないと思ったからです」


 叔父の言っていた意味がすっと入ってくる。

 侯爵の地位は軽くはないと何度も繰り返す叔父の言葉が。


 命を狙われる危険もあるのだと。


「同じ手を使ってくるとは限りませんが、もしもの時知っているのと知らないのとでは違いますから……。それなのに、あなたはわたくしが望む以上のことをしてくれました。本当にありがとう、バンフォード。たとえ、効果がなくても、わたくしはあなたを絶対に恨んだりはしないでしょう」


 バンフォードから渡された薬を、バンフォードの指示通り一匙開いた唇から流し込む。

 水分も摂るのは難しい状況だったが、なんとか飲み込んでくれた。


 効果があるかどうかは、まだわからない。

 そもそも、体力が落ちすぎていた。効果があっても、助かる可能性は高くないかもしれないと、バンフォードは覚悟していた。


「シルヴィアさんにも申し訳ないことをしたわね……、夜会はきちんと開くと言ったのに、この状況では少し難しいわ」

「シアさんは、そんなことで人を恨むような人ではありません」

「そうね……、わたくしもそう思うわ。大変な思いもしたのでしょうが、そのすべてを糧として、人を受け入れ許す人でしょう」

「はい、心の広い方です」


 シルヴィアがいつもそばにいてくれる、それだけでどんな困難でも乗り越えていける。


「叔母上……、僕はシアさんを守りますが、同じくらい叔母上もアデリーンも守ります」


 その時、叔母は驚いたように顔を見上げ、バンフォードの顔を見て困ったようにため息をついた。


「とてもうれしいけれど、シルヴィアさんが聞いたら嫉妬されそうだわ。わたくしだって、あなたに嫉妬していたのよ? 大事にする優先順位は間違えてはいけないわよ?」


 警告のような注意に、バンフォードは神妙にうなずいた。

 シルヴィアに嫌われたら生きていけそうにないので。




 結局、シルヴィアの誕生日は身内だけで祝うことになった。

 リリエッタは最後まで申し訳なさそうにしていたが、祝ってもらえるだけでもシルヴィアはうれしかった。

 むしろ、クラーセン侯爵の一件で忙しいリリエッタが、アデリーンだけでなくシルヴィアも気にかけてくれていることに申し訳ないくらいだった。


 クラーセン侯爵の状態は投薬し始めてから、三日目に効果が現れ、七日目に意識を取り戻した。

 今はまだ、失った体力を取り戻すために休んでいる時間も多いが、もう大丈夫だと医師からも言われ、安堵している。


「シアちゃんおめでとう」

「ありがとうございます、エルリック様」


 身内の一人に数えられているエルリックが、花束片手に祝ってくれる。


「これ、プレゼント。ありきたりだけどね」

「ありがとうございます」


 プレゼントとしてはありきたりではあるものの、花をもらって喜ばない女性はいない。

 シルヴィアも、花は好きだ。


 シルヴィアの横に立っているバンフォードが、なぜか微妙な顔をしていたが、分からなくもない。

 エルリックが花を女性に贈る姿は、意中の女性にプレゼントしているかのように見える。

 それを知ってか知らずか、エルリックがバンフォードに突然、懐から出した手紙を見せた。


「あ、バン。これ」

「なんだ?」


 何かを渡してくるエルリックに、バンフォードは疑わしい顔で受け取る。

 そして、手が止まった。


「これ……」

「そう、王室からの召喚状。非公式だから、私がこうして運び屋を買って出たわけ」


 それは、王室の紋章が押された手紙。

 正式な召喚状の場合、きちんとした方法で送られてくるが、エルリックの言った通り非公式のために、こうしてエルリックが持ってきたわけだ。


 非公式とは言え、無視できない。


「ま、中身は想像通りかもしれないな」


 クラーセン侯爵の件をさりげなく、王室に伝えたのはおそらくエルリックだ。

 友人を王室に売り渡す――のではなく、王室から少しでも早く庇護を受けられるようにと話を伝えたのは責められない。


 エルリックも、バンフォードを心配しているのは分かっている。


「僕は別に人を害する存在になる気はない」

「そう考えない人もいるからな」


 人によっては、バンフォードのやることを非難する者もいる。

 それに恐怖する者も。

 手綱がなければ、ただの暴れ馬として世界の敵として認定されることだってある。


 それだけの可能性があることは彼自身が一番分かっていた。


「でも、歩みを止めるつもりはないんだろう?」

「そもそも、僕は解毒薬を作りたいわけじゃなくて、治療薬を作りたいんだ。それは、今も昔も変わらない。人を救うものだけを作る」

「別に、それでいいと思う。国からしてみても、お前の功績はすでに知っているから、無理に何かさせたいわけじゃないだろうし」


 すでに難病の治療薬を開発しているバンフォードは、各方面で少なからず影響力を持っている。


 バンフォードがへそを曲げて、もう何もしないというなら、この先バンフォードが開発する可能性のある難病の薬をいくつも諦めることになる。


「召喚には応じるさ。僕も王室に忠誠を誓う、貴族だから」


 覚悟を決めたバンフォードに、エルリックが軽く肩をたたいた。


「危険なことはないと思うけど。少なくとも、ベルディの森よりかは――……」

「エルリック!」


 鋭い制止の声に、エルリックがしまった、という顔をした。

 男二人が、隣で話を聞いていたシルヴィアに顔を向ける。


「……危険、だったんですか? ベルディの森というところは……」


 渡された花束に若干力が入る。

 戻ってきたとき、疲れているようだったが特別目立ったケガはなかったので、エルリックは念のための護衛、そういう認識だった。


「いや、あの! 別にそこまで、危険ではないんです……ただ、ちょっと時間帯が問題でして――……」

「時間帯?」


 シルヴィアの厳しい追及の目に、バンフォードは最終的にすべて話すことになった。


 沈黙を選択しても、いい方向に向かわないと直感的に悟ったからなのかもしれない。


「危険なことをするときは……話してくれると約束してくださいましたよね?」

「そ、そ、それは……はい」

「わたしには、話す価値もなかったということですか?」


 バンフォードが大変だったのは、側で見ていたシルヴィアが一番知っている。


 これは単なる八つ当たりだ。

 なんでも話してもらえると思っていたのに、結局重要なことは何も話してもらえていないことへの。


「ち、ちち、違います! 本当に忘れていただけで……」

「忘れていた……?」


 自分との約束を?

 シルヴィアは、ふいっと背を向けて部屋を出ていく。


「シアさん! 違います、誤解しないでください!! 忘れていたのは約束ではなく、採取時間のことでして――!!」


 その後ろ姿を、バンフォードが青くなりながら、待ってくださいと追いかけていった。

 そんな二人の姿を眺め、エルリックが肩をすくめた。


「怒らせると一番怖いのは、シアちゃんかもしれないな」


 部屋に残されたエルリックは、苦笑した。




お読みくださり、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。


六章はこれにて終了。

終章を今日中にアップ予定。

終章で完結となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 章タイトルがピンときませんでした 最初は公爵の事かなとも思いましたが 屋敷に迎える位ですし ご家族は大歓迎でしたから(^_^;) そ~か!そういうことか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ