6.(バンフォード視点)
「シアちゃん、それじゃあ行ってくるね。バンのことは任せて」
「はい、エルリック様。バンフォード様のことをよろしくお願いします」
「シアさん、行ってきます。すぐに戻ってきますから」
心配そうなシルヴィアとあいさつを交わし、バンフォードとエルリックは馬を操り駆けていく。
身体をならすように、はじめはゆっくりと。
エルリックはともかく、バンフォードは運動不足だからだ。
「どこまで行くんだよ?」
「ベルディの森。知っている薬草と毒草で助かった。おかげで、解毒薬の調整は楽になったから」
王都から国境沿いにあるベルディの森まで、馬を駆って往復で約六日。
馬を途中で乗り換えれば、もっと早いかもしれないが、そこまでバンフォードの体力が持たないとエルリックが止めた。
エルリックは行って帰るだけだが、バンフォードはそのあとに調合が待っているのだ。
結果的に、急ぐよりも多少休憩をはさんだ方がいいと判断した。
「大丈夫か?」
「何が?」
「いや……、色々と」
エルリックが何を言いたいのか、なんとなく察した。
まあ、色々と。
「何かあった? シアちゃんと」
少し近くなった二人の距離に、にやりと笑うエルリック。
バンフォードは無言で返した。
あの日は、どうかしていた。
研究で根を詰めていても、あんな風に誰かに当たることもなければ縋ることもなかった。
寝て起きてすっきりした――というよりも、衝撃が大きすぎて頭の中が真っ白になった。
隣にあるぬくもりを抱きしめようとして、すやすや眠っているシルヴィアの姿に微睡から一気に覚醒した。
「――!!」
叫ばなかったのは奇跡だったかもしれない。
混乱し、心臓がバクバク鳴っていたが、起こさないように身体を起こすと、己の手はシルヴィアの手を握っている。
ゆっくり外すとシルヴィアが、んと寝言を漏らした。
慌てて、バンフォードは自分とシルヴィアの着ているものを見て、ほっとする。
うん、何もしてないなと。
これはこれで、男としてどうなのかとも一瞬思ったが、おかしいほど男女の欲というものを感じていなかった。
バンフォードはその顔を思う存分眺めて、触れたくなり手を伸ばす。
そして、頬にかかる髪をそっと払い、穏やかな寝顔に触れようとして、ぐっと我慢した。
いけないことをしているような気分になり、これ以上はまずいことが起こりそうな気持になり、シルヴィアを起こさないようにベッドから抜け出した。
隣の部屋に戻ると、解析途中で投げ出した分析結果が散乱している。
傍らには、食事が残されていた。
片手間で食べられるように、最近はサンドパンばかりだが、中身は栄養が摂れそうなものだ。
バンフォードが好きな肉も挟まっているし、野菜も食べやすいように切られている。
なんとなく、手を伸ばすとそのまま放置されていたパンはパサついていた。
しかし、それをぺろりと食べると、急激に頭が冴えてきた。
「……どうかしてる、本当に」
はあ、とため息を一つつき、椅子に座り、机にゴンと頭を押し付けた。
のろのろと寝る前までやっていた作業を見ると、分離装置にかけていたものが終わっていた。
いくつもの結果をぼんやりと眺めている。
また振り出しか、とじっと見ている。
どんな毒草なのか、その種類ごとで解析方法が変わってくる。
すべてを試して、何一つ成果がない。
バンフォードは、薬草や毒草について詳しいが、未知の薬草や毒草があまたに存在していることも知っている。
未知の毒草が使われていた場合、バンフォードでも手が出しようがない。
それでも、何かひっかかりそうものだが……。
そう思った次の瞬間、頭の中に一気に情報が流れ込んできた。
閃きとは、突然降りてくる。
「どうして気づかなかったんだ……!」
ガタリとと立ち上がり、古今東西様々な薬草の効能が記されている図鑑や自分で調べまとめたノートを取り出す。
「シアさんにも言っていたのに!」
毒草は人を殺すために使用されるものではない。逆に薬草は、人を癒すだけのものじゃない。
バンフォードは、さらに詳しく調べていく。
一度ひらめけば、解析方法の方向性も固定化される。
今までは、毒草の効能を調べるために様々な方向性での解析方法だった故に時間もかかっていたが、分かれば問題ない。
そして、結果はあっという間に出た。
「これが……、珍しいものだけど、手がないわけじゃない」
ただし、バンフォード自身は対抗手段のものを育てていない。
なにせバンフォードが育てているのは、薬草だけだったからだ。
「叔父上を苦しめていたのは、薬草に分類されるもの……中和させるには毒草を対抗させて、あとは中和剤を――……」
頭の中で調合過程とバランスを考えていく。
同時に、必要なものを採りにいかなければとバタバタ動いていると、シルヴィアが起きてきた。
「バンフォード様?」
「あ、シアさん。すみません、起こしてしまいましたか?」
お互い少し気まずく、会話が止まる。
しかし、先にシルヴィアに謝られて、バンフォードも焦ったように謝罪した。
全部自分が悪いのに、シルヴィアに当たってしまったのだから。
やると決めたのはバンフォード自身だ。
シルヴィアがみんなに笑っていてほしいと言ったのを言い訳にしたくなかった。
「ゆっくり休んだおかげで、頭がすっきりしました。ありがとうございます。おかげで、やっとすべてわかりました」
叔父を助けたい。シルヴィアにも笑っていてほしい。
できれば、みんなで幸せな気持ちでいたい。
まだすべて解決したわけじゃないのに、すべてがうまくいきそうだった。
「バンフォード様、わたしはただ待っているだけしかできませんが、ご無事にお戻りになることを信じております」
「大丈夫です。少し遠いだけで、そこまで危険な道のりではないので」
安心させるように言うと、シルヴィアの眉が寄り、逆に心配させてしまったようだ。
「危険なこともされたのですか?」
「え? あ、いえ……その、若気の至りといいますか……、危険な崖の上とかにしか生えない薬草もありまして――」
素直に告白する必要はないのに、シルヴィアの顔を見ていると罪悪感からか、口に出してしまっていた。
しまったと思っても、遅い。
「今後は……そのようなことはなさらないでください」
「えっと……できる限り」
こればかりは、はっきりと言えなかった。
薬草を集め、解析し効能を見出すのはもはや人生の一部だ。
やめろと言われて、やめられるのなら、もうやめている。
シルヴィアにもそれが分かっている。
だから、最後は何も言わなかった。
その代わりに約束させられた。
「どこに行っても、わたしの元に戻ってきてください。それから、危険なことをする前に必ず教えてください」
と。
「はい……」
へにゃりと情けない顔で笑ってしまったが、心配してくれているシルヴィアの顔が真剣でかわいかった。
なんだか最近特にそう感じる。
おそらく、だいぶ情けない顔をしていたはずだ。
自覚していたが、ゆるむ口を押えられない。
そんなバンフォードに、シルヴィアが言った。
「バンフォード様、かがんでもらってもいいですか?」
なんだろうと、腰を少し落とすと目線の高さがシルヴィアと同じになる。
彼女の見る世界が、自分の視界に入り、同時に彼女の綺麗な空のような瞳の色が目の前にあった。
「気を付けて行ってきてください、これはおまじないです」
シルヴィアがバンフォードの頬を両手で挟む。
顔が近づいてきて、バンフォードは目を見開き次の瞬間にぎゅっと目をつぶる。
心臓が起きた時以上に飛び出しそうだった。
額にやわらかい感触。
一瞬のことで、すぐ離れていく。
「……これだけ?」
思わずつ零れたつぶやきに、シルヴィアがくすくすと笑った。
「何を考えていらっしゃったんですか?」
「そ、そ、それは!」
顔から火が噴きそうだった。
しかし、考えを素直に声に出すことはしなかった。
「時間が……あまりないようですので、続きは今度にしましょう」
「そ、そそ、それは!!」
シルヴィアの頬も赤くなっていて、その先を聞くことはできなかった。
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