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1.

 クラーセン侯爵の屋敷で暮らすことが決まり、シルヴィアとバンフォードは王都郊外の屋敷の整理にやってきていた。


 シルヴィア自身の荷物は少ないが、厨房などにある食材や食器類を片づけたり、バンフォードの荷物を持ち帰るのは一日では終わらない。


 特にバンフォードの部屋にある大量の研究機材や、外や温室で育ててる薬草類はすぐには移動できないため、日数をかけて運ぶことになっていた。


 今日は、まず一番必要なもの――衣服類をまとめていた。


 ただし、その大半は処分するか、中古品として売ることになっている。

 なにせ、今のバンフォードの体格には全く合っていないからだ。


 ともに暮らし始め、次第に体重が落ちていったバンフォードは、シルヴィアと離れていた間も暴飲暴食することなく、むしろ色々と忙しくしていたためか、だいぶ体重が落ちていた。


 余計な肉が落ち、逆に少し筋肉が増えた結果、どの服もぶかぶかだ。

 喜ばしい変化だが、これがいつまで続くのかは神のみぞ知る。


「ほとんど商会の方に引き取ってもらわないといけませんね」

「家具なんかも、引き取ってくれるそうですが、シアさんは何か必要なものありますか?」


 色々思い入れがあるのは応接室だが、だからと言って家具が欲しいかといわれるとそうでもない。

 それに、侯爵邸にはすべてそろっている。


「特にありません。バンフォード様が必要なもの以外は、商会の方に処分をお願いした方がいいでしょう。家具付きでこの屋敷を売るのもありですけど」

「しばらくは通いますから、まだ正式に決定しなくてもいいかもしれませんね」


 すぐに決めるのではなく、少しずつ決めればいいとバンフォードが言った。

 急いで色々決めると、後々後悔するかもしれないからと。


「そうですね……、短い間でしたがここにはたくさん思い出がありますから」

「僕は長い間お世話になりましたから、少し感傷的になってます」


 もしかしたら、バンフォードはこのままこの屋敷を残しておきたいのかもしれない。


「そういえば、少し乾燥させた薬草も持って帰ってもいいですか? 向こうでも育てますが、さすがにまだまだ時間がかかるので」

「はい。でも、クラーセン侯爵閣下はよくお許しになりましたね、薬師を続けることを」

「僕の生きがいですし、これでも治療薬の分野では結構貢献してますからね。叔父上もやめろとは言えないんだと思います」


 すでに難病の治療薬を一つ開発しているバンフォードは、この先もほかの難病の治療薬開発を期待されている。

 彼は、まだ二十代半ば。

 

一生かけて研究するような内容を一人で行い成果を残しているのだから、国としてもバンフォードには治療薬開発を引き続きしてほしいのだろう。


「わたしも手伝います……、こちらの薬草をまとめればよろしいですか?」


 バンフォードが棚の薬草や文献などをまとめ始めたので、シルヴィアはほかの棚にあるものを手伝おうと声をかけた。

 そのとき、バンフォードがシルヴィアを勢いよく止めた。


「シアさん! そちらは僕がやります。絶対に触れないでください!!」


 思いがけない強い声に、驚いて振り返ると、慌てたようにバンフォードがシルヴィアを棚から遠ざけた。


「すみません、何かお手伝いをと……」


 シルヴィアが頭を下げると、バンフォードはいいえ、と首を振った。


「こちらこそ、声を上げてすみません。でも、あちらの棚は少し危ないんです。誤解しないでほしいんですが……、あちらにあるのは毒草ばかりで。僕は毒に耐性があるので問題ないのですが、シアさんは触れれば痺れたり、気持ち悪くなったりすると思ったので……」

 

 驚いたように見上げると、バンフォードが説明してくれた。


「毒草も、うまく使えば薬にもなるんです。危険なだけじゃなく、人を救うことになるんですよ。僕が開発した難病の薬、クラリーゼンにも使用されています」


 ほかにも止まった心臓を動かす薬や、点眼薬などにも一部使われているのだとシルヴィアは知った。


「薬草も毒草も表裏一体です。薬草だって、悪意で調合すれば毒草以上の悪質な薬だって作れます。毒草も、ただ人を害するだけではないんですよ」

「バンフォード様は、毒草についても詳しいんですね」

「薬草を扱うのに、毒草を知らない人はいません。どちらも重要な薬の材料になるんですから……実は僕の専門は薬草学の中でも解析学と呼ばれる分野なんです」


 そういえば少し前に、解析が得意だと言っていたことを思い出す。


「ほかの薬師からしてみれば、僕は天敵でしょうね。なにせ、自分が開発した薬を解析してさらに改良だって加えて売り出されたら、たまったものではないでしょう?」

「そんなことをしてるんですか?」

「あ、違いますよ! やろうと思えばできるという話で、一応開発した薬には色々と権利が保証されていますので、改良できてもそこはきちんと契約があってですね! 勝手に売りに出したりはしませんから!!」


 慌てたようにバンフォードが言う。

 シルヴィアはくすくすと笑った。


「それなら、毒薬などの解毒薬もお作りになられるんですか?」


 それは自然な質問だった。

 毒草に詳しいのなら古今東西の様々毒薬にも詳しいのではないか、それなら解毒薬も作っているのではないか、おかしな疑問ではないはずだった。


 しかし、バンフォードは不自然なくらい毒草のある棚を見つめ、首を振った。


「……僕は毒草には詳しい方ですが、毒薬にはあまり精通していないんです。あくまでも、病気の治療薬を開発するのが目的ですので……」

「そうなんですね」


 そういうこともあるだろう。

 毒草に詳しくても、その先の薬に詳しいとは限らない。


「少し、料理に似てますね。わたしも食材に詳しくても、作れる料理や得意料理は決まっていますから。食事処に行くと、どうしてこんな料理ができるのか不思議なことがいっぱいあります」

「そうですね、知っているのと作るのとではかなりの違いがあります。やろうと思っても、専門でないと分からないこともたくさんありますから」


 バンフォードは、人を殺める毒薬を研究するよりも、人を助ける治療薬の開発を選んだのだ。

 シルヴィアはその選択を否定する気はない。


 好きなこととできることは違う。

 好きなことをしているバンフォードの事はイキイキしているので、このまま変わってほしくないと思う。


「そういえば、最近クラーセン侯爵閣下が体調を崩されることが多いみたいですが、少し心配ですね」

「叔父上は医者嫌いですから、少しの風邪がいつの間にか大事になってることもあります。我慢強い人でもあるので、気づくのが遅れることがあるんですよね。実は、僕も何度か見たことがあって……、そろそろ無理矢理にでも医者に見せないと倒れるかもしれません」

「バンフォード様がお薬を作って差しあげれば、お喜びになるのではないでしょうか?」

「素直に飲むかはわかりません。苦いものも嫌いなので」

「でしたら、甘い風邪薬を開発してみてはいかがでしょう? 子供でも飲みやすように」


 シルヴィアの提案に、バンフォードは声を上げて笑った。


「ははは、それはいいですね。子供でも飲みやすい薬はないので、少し考えてみます。もちろん、大人にも効果のあるものを」

 

 子供っぽいところがあるのは、何もバンフォードだけでなく、どうやら遺伝らしいとシルヴィアはくすりと静かに笑みをこぼした。





お読みくださり、ありがとうございます。

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