9.(バンフォード視点)
引き続き回想回
バンフォードは叔父の執務室の前で、大きく深呼吸をした。
ここはかつて父親が使い、現在は叔父が使っている。
父親が使用していたころは、自分もこの部屋によく出入りしていた。気の小さく弱い自分でも、一応次期侯爵ではあったから。
少しでも仕事を手伝いたくて。
実際バンフォードは、人と会うことにはかなり消極的だが、書類仕事に関して言えばかなり優秀だった。
しかし、叔父の代になってから足が遠のいた。
ここでは叔父に叱られた思い出しかない。
ノックをすると、すぐに返答があった。
中に入ると、父の代からほとんど変わりのない執務室が懐かしく感じた。
自分の好みもあるだろうに、内装をほとんど変えずに今も使っている叔父に、どうして変えないのか今更疑問に思った。
「なんだ?」
こちらを見ようともせず、書類に目を通す相手の声はいつもより低くかすれていた。それに顔色も悪い。
一瞬風邪でも引いているのかと思うほどだ。
色々気苦労をかけてしまったからだと、バンフォードは心から反省していた。
そんな中で、さらに頼みごとをするのは気が引けた。
しかし、これしか思いつかなかったのだ。
「……お願いが、ありまして……」
声が震えた。
威圧的な叔父の前では、いつだって何も言えずに震えた。
昔は、こんな風ではなかったのに、いつの間にか怖がるようになってしまった。
「頼みごとをする前に、私に言うべきことがあるんじゃないのか?」
そういえば……。
貴族が勾留されるための部屋に叔父が来たとき、謝罪していなかった。
迷惑かけた上、クラーセン侯爵の名に泥を塗った。
後者はこの件が大っぴらになることがないので問題ないが、前者は明らかにバンフォードの手落ちだった。
「ご迷惑おかけして、申し訳ありません……」
カタリ、とペンを置く音がして視線を上げれば、じっとこちらを見ている紫の瞳と合う。
「はぁ……、迷惑をかけるなと言ったのを忘れたのか?」
「覚えています。だから謝罪しています」
「何に対して謝っている?」
「忙しい叔父上に、わざわざ迎えに来てもらったことに対して、です」
暴れたことに謝罪する気はなかった。
確かに暴力は悪だが、それが必要な場面だったのだから悪いとは思っていない。
挑むようにバンフォードは言った。
すると、叔父が目を伏せる。
叱られるかとも思ったが、どうやらそういうことはないようだ。
「謝罪は受け入れる。それで? なんの用だ」
「……シアさんを……助けたくて」
自分一人でどうにかできるのならすでにやっている。
しかし、冷静に考えてみれば、バンフォードだけではシルヴィアを助けることは不可能だ。
力が足りない。
もし、自分が侯爵だったら。
そう思ってしまう。
多少の無茶でもなんとかできる、それが権力だと嫌というほどわかっていた。
「助けてどうするつもりなんだ? たかが子爵家の娘、しかも貴族アカデミーも卒業していない。次期侯爵のお前にふさわしい相手ではないだろう」
「叔母上だって、そうではないですか。伯爵家の出身ではありますが、没落して結婚するときにはご実家はすでに爵位も返上していました。侯爵家直系の叔父上にはふさわしくないとさんざん言われたじゃありませんか」
「私とお前とでは立場が違う。私は本来なら侯爵になる予定はなかった」
「しかし、侯爵を継ぐときに言われてましたよね? 叔母上と別れて侯爵夫人にふさわしい地位の女性をと」
「聞いていたのか……」
バンフォードの前では何も言わないが、陰で言われていたのを知っていた。
しかし、叔父は最後までそれを了承しなかった。
「叔父上は、ふさわしくないと知っているのに、どうして叔母上と別れなかったのですか? それは、誰の目からもわかることです。お好きだからでしょう?」
叔父と叔母は恋愛結婚だ。
ただ感情の深さだけで結びついているともいえる。だが、バンフォードはそれが憧れだった。
自分の意思を貫くのは並大抵のことではできない。
思いを貫き、覚悟を持って挑む叔父を尊敬している。
「僕は……、僕だって次期侯爵にふさわしくないってさんざん言われてます。ずっと僕もそうだって思ってました。自分を卑下して、それが当たり前になって……。だけど、シアさんは、そんな僕の側にずっといてくれると言ってくれました」
それはきっと男女的な意味ではない。
でも、それで安心した。
少なからず、自分を肯定してくれる人がいるんだと気づかされた。
「す、好きだから守りたいって……そう思うのはいけないことなんですか? 叔父上と僕が違うことは分かってます。僕は力もないし、こうやって叔父上を頼りにしないと何もできないこともわかってます。でも、もう逃げたりしません。ふさわしくないと言われないように僕が守ります。誰も、シアさんを馬鹿にできないくらい、僕が強くなります」
結局、今はまだ力が足りない。
もっと早く決意していればと思うこともある。
できれば、自分で助けたい――そう思うことはたくさんある。
「……お前たちはもうそういう関係なのか?」
「え?」
「まるで、結婚でも約束したかのような言い方だが……」
その瞬間、バンフォードがカッと赤くなった。
そんな約束はしていない。
お互いの意思を確認しあったわけでもない。完全にバンフォードの先走った覚悟だ。
バンフォードの顔色を見て、思い切りため息をつく叔父は、口の端をかすかに上げていた。
「まずは、相手の意思を確認することが先だと思うが……好きだからで乗り越えられる問題ではない」
「はい……」
「だが、わからなくもない。好きな相手を守りたいと思うのは、男も女も同じだ。どちらにも覚悟があるのなら、どんな困難も乗り越えられると私は思っている。もちろん、並大抵なことではないが」
それは重みのある言葉だった。
「……お前の覚悟はとりあえず理解した。その上で言っておく。侯爵の地位はお前が思っているよりもずっと重い。本当に逃げずに立ち向かえるのか?」
「やります、そばで僕を守ってくれる人がいるように、僕も守りたいから」
バンフォード言い終えると、叔父であるクラーセン侯爵は書類の束を渡してきた。
「これは?」
「シルヴィア嬢の事は、以前から知っていた。彼女がハルヴェル子爵家の人間だということも。いつか……、彼女の事情にお前が巻き込まれないとも限らんと思って調べさせておいた」
それは調査書だった。
「後見人から引き離すのなら、後見人がふさわしい人物じゃないことを公にしなければならん。公的に調べるにしても、ひとまず何か罪状がなければな……、エルリックあたりに相談すれば、なんとかしてくれるだろう」
それはつまり……。
「汚い手が嫌ならやめておけ。ただし、その分遠回りになるがな。ここは、清廉潔白だけで生き抜けるほど優しい世界ではない」
「はい」
「それから、先にシルヴィア嬢の意思は確認しておくんだな」
どうしようもなくヘタレで奥手な甥であるバンフォードは、ただうなだれた。
「……はい」
それを確認するのが一番難しいのだと、実感していた。
「クラーセン侯爵閣下が色々と手助けしてくれたんですね……」
シルヴィアが教えてもらったのは、クラーセン侯爵がシルヴィアの事を以前から知っていたこと、そして身辺調査をされていた事。
叔父の件は、シルヴィアの後見人としてふさわしくないと公にするために、調査機関を入れる目的で行われたということだった。
「少なくとも、シアちゃんのお父上がシアちゃんに残した財産の私的流用は明らかだから、後見人の地位は剥奪されるだろうね。それから、じゃあその後見人に誰がなるのかってことだけど……」
「叔父上がなってくれることになりました」
「クラーセン侯爵閣下が?」
「はい、なんでもシアさんのお父様とは友人で、その関係で行儀見習いとして我が家にやってきていた――という感じで公表するようです。友人の娘さんを後見するのはよくあることですから」
それはあまりにも怒涛な展開で、シルヴィアは目を回しそうだった。
「あ、あと……、僕は次期侯爵として叔父上から色々教わることになりまして……、向こうの屋敷は手放すことにしました。今後はこちらに戻ることに」
そのことに、バンフォードは一切の未練もなければ迷いもなかった。
「その……シアさんもこちらで一緒にと……思うんですが……、い、いかかでしょうか?」
ふと、そういえば雇用契約はどうなるのかと疑問に思った。
「使用人としてでしょうか? それとも貴族令嬢としてでしょうか?」
「ど、どちらでも構わないのですが……、できればどちらも、しゅ、終身契約でお願いします」
それを聞いて、シルヴィアは呆気にとられ、隣で聞いていたエルリックは盛大に噴き出した。
「しゅ、終身契約って! もっと言い方あるだろうに」
笑い出すエルリックに、バンフォードが真っ赤になっていく。
一連の行動で、バンフォードが自分の知らない存在になってしまったような気がしていたが、それは一面でしかなく、こうして顔を赤くしている可愛い姿を見られると、自分の知ってるバンフォードなのだとうれしくなった。
「わたしでよろしいのでしたら、ずっとお側にいます。そう約束しましたから」
「は、はい! よろしくお願します!!」
ぱあっと笑うバンフォードに、シルヴィアは心からの笑みを浮かべた。
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五章終了。
ちなみに、バンフォードの決意はクラーセン侯爵しか知らない。
シルヴィアが受けた説明は、クラーセン侯爵が色々やってくれた事くらいです。
なんか、ここで話が終わってもいい気がしてきたぞ?
最終章は、おまけ程度の話になる気がしてきた。




