8.(バンフォード視点)
バンフォード側の回想? です。
「久しぶり、シア! えっとシルヴィアだっけ? それともシルヴィアさんって呼んだ方がいいのかしら?」
「お久しぶりでございます、アデリーン様。名前はお好きなように」
「じゃあシアって呼ぶわ。愛称の方が友達って感じがしていいもの。わたしの事はアンでもいいわよ?」
明るく笑いながらシルヴィアを歓迎したのはアデリーンだった。
その横には、先ほど別れたばかりのエルリックもいる。
彼は、すぐ会えただろう? とでも言いたげで、シルヴィアは、なぜバンフォードがエルリックへの態度が冷たいのかわかる気がした。
それと同じくらい、なぜ付き合いが続いているのかも。
「クラーセン侯爵閣下……、この度は申し訳ありません。我が家の事情に、バンフォード様を巻き込んでしまって……」
アデリーンとエルリックの後ろには、眉間にしわを作っているクラーセン侯爵も立っていた。
「もとはといえば、お前のせいではない」
エルリックにも言われたことだ。
しかし、まったく原因がないわけでもないとシルヴィアは思っていた。
「無責任な後見人が、私怨に踊らされていただけだ」
言うことだけ言うと、ふん、と鼻で笑いクラーセン侯爵は屋敷の中に入っていった。
「私怨……」
「完全に、バンフォードへの逆恨みから始まっただけだってこと。言ったでしょう? バンのせいだって」
「そうです。シアさん、本当に申し訳ありませんでした……僕のはっきりしない態度のせいです」
とりあえず中に入りましょうと促され、全員で屋敷の中に入っていく。
聞きたいことはたくさんあった。
しかし、何を聞いていいのかよくわからない。
そのことをバンフォードも承知しているのか、部屋に落ち着くと、ゆっくりと事情を説明し始めた。
ちょっと長くなりますが、と前置きをおいて。
「僕は今、お前との親交を断とうか真剣に迷っている。いいか、薬草園を台無しにされたこと以上に真剣だからな!」
クラーセン侯爵邸の一室で、バンフォードはエルリックに言った。
落ち込んでうじうじしているかと思ったら、意外な反応にエルリックは逆に驚いていた。
「それ、シアちゃんに暴力ふるったから?」
「それ以外の何がある! 無防備な女性に暴力をふるうなんて、あってはならないことだ! 絶対に許さない」
バンフォードはにらみつけるが、エルリックは笑いがこみあげてきていた。
まさか、こんな反応が返ってくるとは思ってもいなかった。
「シアちゃんに謝って一発殴るか聞いたら、殴らないって言ってくれたんだ。つまり、許してくれたってこと。お前がどうこういう立場じゃないと思うけど?」
「帰れ」
「シアちゃんがどうしてるか、気にならないの? 向こうはお前の心配してるのに、お前は気にならない?」
ピクリと反応するバンフォードに、エルリックが素直じゃないな、と肩をすくめた。
聞きたいのに、シルヴィアにした暴挙を許さないといった手前、聞きづらいバンフォードだったが、やはりシルヴィアの様子は気になった。
「さすがにさぁ、ハルヴェル子爵の様子を見れば何かあるってわかるから、騎士隊長も私の家に留めることを今のところ許してくれてる。今のところは大丈夫だけど、それがどれくらい持つかはわからないよ。一応あっちは後見人だし、引き渡しを要求されたら渡さないわけにはいかないからね」
「……家政ギルドとの関係は?」
「暇人ですから調べてきたよ。まあ、胸糞悪い話ではあるけど」
エルリックが前置きしてから話してくれた内容は、バンフォードとしても許しがたいことだった。
何か事情があるとは思っていたが、こんなことがあっていいのか。
「僕は、なんて恵まれているんだろう……」
バンフォードも両親を亡くしている。
しかし、バンフォードにはクラーセン侯爵がいて、なんだかんだ言ってくるが、引き取ってしっかり教育もしてくれた。
それに、当時バンフォードは十五歳。
自分で考え動くことはいくらでもできた。働こうと思えば、自らの意思で働くこともできる年齢だ。
しかし、シルヴィアは当時十歳。
大人の庇護がまだまだ必要な年齢で、どれだけ苦労してきたのか想像すると自分の甘ったれた言動がみっともなかった。
「シアちゃんは、ちゃんとバンに言うつもりだったみたいだよ。自分の事を。成人したら家とは関係なくなるからその時に」
「うん……なんとなく、知ってた。成人したら、何か言ってくれるかもって」
時折見せる、何か言いたそうな顔。
シルヴィアはきっと無意識だったと思うが、バンフォードは気づいていた。
それが何か――、きっと自分の家族の事だと察していた。
「無理矢理聞き出すのは、違うと思って……。僕だって言いたくないことたくさんあるから」
「まあ、言いづらい事だし」
家族の事を正直に打ち明けるのは勇気がいる。
特に、問題のある家族関係なら。
バンフォードも、こんなのが次期侯爵かと思われるのが嫌で、家族の事を話さなかった。
シルヴィアも聞いてこなかったので、お互い様だと思っていた。
のちに、バンフォードとクラーセン侯爵の関係を知っても、何も変わらなかったシルヴィアに感謝している。
むしろ、クラーセン侯爵との一件以降、距離が縮まったので、その辺りは実に情けない事情が絡んではいたが、今では叔父に叱責されて泣いたことも悪いことじゃなかったと思えるくらいにはなっていた。
「シアちゃん、泣いてたぞ」
「え!?」
「お前が勾留されたって知って、自分のせいだって責めてた」
「なんで言ったんだ! というか、な、泣き顔見たのか?」
「勾留されたって言ったのは、知りたいだろうと思って。シアちゃん自身がこの件に関わっているのに、何も知らないで後から知らされるよりはいいだろうし……。それから泣き顔は見てない。たぶん、見られたくないだろうなって思ったから部屋から出たよ」
バンフォードはその言葉に、少しほっとしていた。
自分でさえも見たことのない感情を、先にエルリックに見られたくなかった。
特に、泣き顔は。
自分がそばで慰めたいのだ。
シルヴィアが自分にしてくれたように。
「エルリック……シアさんに、これ渡してほしいんだけど……」
そうやって差し出したのは、手元にあった薬草と乾燥ラベンダーを合わせたもの。
これで少しは心休まればいいなと思いながら作っていた。
「エルリック、もう一つ頼みたいんだけど」
「いいけど?」
「ハルヴェル子爵の事調べてほしくて。シアさんを引き渡したくないから、何か弱みがあれば……。家政ギルドとの件は証拠がないし、そもそも冷遇されていた事実は同じく証拠がないから。なんでもいいから後見人としてふさわしくないことを探さなくちゃ」
エルリックの屋敷でかくまえる時間はそう長くない。
それはバンフォードもわかっていた。
だからこそ急がないと。
「叔父上にも……頼んでみる。いろいろと」
結局迷惑をかけることになるが、どうしても後ろ盾が必要な時にはクラーセン侯爵の名は絶大なこともバンフォードは分かっていた。
「クラーセン卿に頼み事とか、いいのか?」
「叔父上はただで動く人じゃないけど、何か言われてもそれでシアさんが泣かずに済むなら別にいいんだ……」
叔父であるクラーセン侯爵に呼び出された時から、なんとなく察するものがあった。
だから、覚悟はできている。
「次期侯爵の話をされても、驚かないよ」
バンフォードは、作り立ての軟膏をエルリックに渡しながら、吹っ切れたように笑った。
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