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2.

 中に通されると案の定とでもいうべきか、考えていた通りの光景が目に入ってきた。

 埃だらけの玄関ホール。

 空気も淀んで、呼吸がしづらく感じた。


 外の光景同様、どんよりとした空気に少しため息が出そうだ。

 それに、使用人ギルドのギルド員がなかなか居つかない理由も分かった。


 彼、彼女たちは気位が高い。

 そのため、こんな廃墟――ではないが、古びた屋敷で働きたくはないのだろう。


「あ、あああ、あの……、こ、こここ、こちらに……」


 そして、大変緊張している様子のこの屋敷の主と思しき人。確か名前は、バンフォードと依頼書にはあった。

 同一人物かどうか、ちょっと悩む。


 貴族というのは見てくれを大事にする。

 それに比べて、彼は普通の貴族とは違う。だからと言って、使用人とも見えない。


 あわあわと落ち着きなく、男性はシルヴィアを一階の応接室に連れて行ってくれた。

 そこは玄関ホールよりかはマシなようで、塵も埃も積もっているが、なんとなく生活の匂いを感じた。


 というか、応接室は人を歓待するべき場所なのに、どうして脱ぎ散らかしたような服がソファに掛かっていて、机には食べあとのように皿が置いてあるのだろうか。


 悩んでも無駄だとあっさりと思考することをあきらめ、勧められたソファに座る。


「い、いいい、今お茶を――」

「あ、わたしがやります。厨房はどちらに?」


 というかやらせろ。

 無駄な仕事は是非回避したい。


 渾身の笑みで相手を制したシルヴィアは、案内されて厨房に入り再び頭を悩ませた。


 広い厨房は、この屋敷の大きさから言えば、なるほどと納得できる大きさだった。しかし、なんでこんなに物が散乱しているのだろうか。

 使ったら片付ける、一人ならそこまで使う調理器具は少なそうなのに。


 しかし、一応料理はしているのかと感心した。


 貴族男子が料理をするなど、聞いたことがなかった。いや、女性も基本的には貧乏で使用人が雇えないという事情以外はしないけど。


「こ、こここ、こちらに……」

「竈ですね、火種は……ああ、これは火打ち石ですね。木くずや薪はどちらでしょう?」

「そ、そそそ、そちらに……、ぼ、ぼぼぼ、僕が……」

「ありがとうございます。少し離れていただいても?」


 相手の言葉を聞かなかったという事にして、シルヴィアが火打ち石を手に取る。

 手際よく火打ち石で火種を作り、木くずに移す。そして、細い薪から太い薪に移るように調整する。


「お、おおお、お上手ですね……」

「仕事ですので」


 若干落ち込んだような、男性ににこりと微笑む。

 基本的に笑顔は基本だ。


 火をつけただけでここまで褒められたのは初めてだ。はじめは火さえつけられず、猛特訓したことは秘密だ。

 今時は、火打ち石ではなくマッチというものが開発されて、都市部では少し使われ始めている。

 火打石はかなり練習が必要だが、マッチは少しの力で火を簡単に付けられるので、おすすめしたい。

 むしろ、導入したいと言ったら嫌がられるだろうかと、ちょっと考えた。


「道具はどちらに?」

「も、ももも、持ってきます……」


 巨体が動くと途端に厨房が狭く感じる。大きな身体なのに動きは機敏でその差がおかしい。

 奥の食器棚から、男性がお茶のセットを取り出していた。


 シルヴィアは火が順調に燃え盛ったのを見て、水がめの水が腐っていないか確認した後、問題なさそうだったので水がめから水を鍋に移し火にかけた。

 お湯が沸く間、お茶の分量を確認し、準備する。


「すみません、食糧庫を見せていただいてもよろしいですか?」

「は、ははは、はい……」


 厨房に付属されているのは、冷蔵室と冷凍室。

 古い屋敷に、旧式の厨房なのに、食糧を保存しておく場所だけ最新設備。

 歪な屋敷だ。


「……お肉がたくさんですね?」

「す、すすす、好きなので多めに持ってきてもらいます」


 冷蔵室に入ると、どんと肉塊がいくつもある。

 シルヴィアの指摘に、身を縮めていた男性がさらに身の置き場がないほどに小さくなっていく。

 

 さまざまな部位があるが、明らかに各部位で減っている量が違うので、減っているのは好きな部位ということだろう。


「では、今日の夕飯はこちらのお肉を使ってもよろしいですか?」


 何を使っていいのかわからないので、許可をもらおうとシルヴィアが顔を上げた。

 すると、ぽかんと口を開けた男性がシルヴィアを見下ろしていた。


「い、いいい、いいです……な、ななな、何を使っても」

「そうですか? それなら遠慮なく。お湯が沸いたみたいですね。お茶淹れますので、先ほどの応接室でお待ちください」

「わ、わわわ、わかりました。で、ででで、ですが、お、おおお、重くは……」


 重い……? 

 彼の視線がお茶のセットに向いた。


「もしかして、重いだろうから持ってくださる――という事でしょうか? それなら心配は無用です。これくらいは持てますから」

「は、ははは、はい」

 

 すごすごと応接に戻ってく相手に、シルヴィアは肩の力が抜けた。


 なんだか想像していた人とは違っていた。

 もっと厳格で、失敗でもしたらしこたま怒られる――だから、使用人が定着しないのかなと。

 どうやら、違う問題はありそうだが、とりあえず横暴な相手ではない――それだけ分かればよかった。


 シルヴィアは、お茶を淹れトレーを持ち上げる。

 お茶菓子の類がないのが残念だが、どうやら茶葉はいいものを用意しているらしい。


 香ばしい香りの中に果物の匂いがしていた。


 応接室に戻ると、男性がちょこんと座っていた。

 自分の屋敷なのに、身の置き場がないような感じだ。巨体がなんとか身体を小さく見せかけようと努力している姿が、可愛らしく思えてきた。


「お茶をどうぞ」


 ティーカップに注ぐと、香りが部屋中に広がる。

 男性が驚いたように、カップを覗き込み、一口飲む。

 ほっとしたように、肩の力が抜けたのをシルヴィアは見逃さなかった。


「お、おおお、おいしです――……あ、あああ、あなたも……、い、いいい、一緒に……」

 

 立ったままのシルヴィアに、席を勧める男性に、遠慮なく対面に座り、シルヴィアも温かいお茶に舌鼓を打った。

 しかし、いつまでもこうしていられない。

 

 シルヴィアは雇われてここまで来たのだ。

 この短時間で、向こうは人嫌いというよりも人と話すことが苦手なのだと気づき、向こうから話しかけてくるよりも、こちらから仕事の事を聞いた方が早そうだと判断した。


「あの、まずは自己紹介を。はじめにあいさつできなかった無礼をお許しください。シアと申します。よろしくお願いします」


 ソファから立ち上がり、スカートのすそを持ち膝を折る。

 貴族令嬢が行うようにカーテシーを行うが、これくらいは使用人ギルドの使用人なら誰でもできるので、この動作だけでシルヴィアを貴族だと断定はできない。


「あ、あああ、あの! こ、こここ、こちらこそ!! バ、バババ、バンフォードです!!」


 頭をおもいきり勢いよく倒した結果、手に持っていたカップからお茶が飛び出した。

 カップを置いてからやればよかったのに、と思っても、これが彼の常だとしたら、こっちが気を遣って先回りしてあげた方がいいかもしれない。


「バンフォード様、とお呼びしてもよろしいですか?」

「よ、よよよ、呼び捨てでも……」

「さすがに雇い主を呼び捨てにはできません。ところで、仕事内容の確認ですが、掃除洗濯炊事とありましたが、一人で掃除はちょっとたいへんだと思います。主に生活する場所をメインに掃除はさせていただいてもよろしいですか?」

「も、ももも、もちろんです!! む、むむむ、むしろ、こ、こここ、ここで働いてもらって、い、いいい、いいんでしょうか?」

「わたしも事情がありまして、住み込みが良かったんです。バンフォード様がお優しそうな方で、わたしの方は全く文句もないといいますか、むしろ進んで働きたいくらいです」


 これは本心だった。

 貴族の男性はほとんどが横柄だ。

 シルヴィアの父親は穏やかな人だったので、叔父との落差をよく感じた。


 ただ、貴族の家で働くようになって気づいたのは、父の様な性格の方が少ないという事だった。


 その事実を踏まえると、目の前の屋敷の主――バンフォードは、優しい男性に分類できる。

 自らお茶を淹れてもてなそうとしてくれたり、重いから持とうかと聞いてくれたり。まさしく紳士的。

 見た目はちょっとあれだけど、人は見た目じゃない。


「住み込みですが、わたしはどちらのお部屋を貸していただけるのでしょうか?」

「ど、どどど、どこでも!! い、いいい、いっぱい空いてますので!!」


 でしょうね。

 とりあえず、掃除の楽そうな部屋にしておこう……そう決意していた。



 

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最新設備に関しては、電気がどうのとか、エネルギーはどこから? とか考えてはいけない。

きっと、氷を使って上手く循環させている未知の道具なんです。ええ、異世界ですから。


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