7.
ざまぁは期待してはいけない。それは話の根幹ではないから。
あらすじにも書いてあるし、タグにも書いてある。
サクッと終わりますよ。
馬車は途中で止まることなく道を進む。
ここ最近は、常にバンフォードと馬車に乗っていた。
それは、バンフォードと一緒なら楽しいからだ。
お互い全く違う人生を歩んできたのに、話は尽きなかった。
それはひとえに、バンフォードの知識量がかなりのものだからだろう。
始めのころ、話題を提供していたのはシルヴィアだったが、しだいにバンフォードから話しかけることも増えた。
楽しい記憶は、今はただの思い出だ。
そのせいか、一人で乗っていると、余計なことを考え出しそうだ。
言いなりにはならないと決意を定めても、やはり不安だった。
未成年であるうちは、後見人に逆らうことが難しい。
たとえ、後見人が悪だとしても、証拠がなければ引き離すことはできないのが法だからだ。
空を見上げると、良く晴れていたのに、今日に限って空がだんだん陰ってきた。
朝起きた時は、晴天だったのに。
この時期は天気がコロコロ変わるが、今じゃなくてもいいのにとは思った。
空を見上げていると憂鬱になりそうで、シルヴィアはカーテンを引いた。
ハルヴェル子爵邸は王都の中心街から少し外れている。
子爵という身分や財産的な関係だ。
それでも平民からしてみれば十分王都中心街に近いし、豪邸を構えている。
エルリックの実家からは少し距離があるが、それでも馬車で行けばそこまでの距離ではない。
ハルヴェル子爵邸の外壁が見え始め、そろそろ到着か――。
そう思ったとき、突然馬車が止まった。
「どうしたの?」
「それが……」
御者が言い淀む。
どう説明していいのか分からない様子だ。
シルヴィアは光を遮っていたカーテンを捲り、窓の外を見た。
外は騒然としていて、遠巻きにしている人々。
その先のハルヴェル子爵邸前には、幾人かの制服を着た人が立っている。
制服を見た感じでは、兵士と役人だ。
何事かと驚いていると、役人の一人がこちらに気づいた。
そして、こちらに気づいた役人が、隣に立っている兵士と何かを相談しているようだった。
早々に話が終わったのかこちらにやってくる。
相手は、目深く被った帽子で顔全体は良く見えない。
しかし、馬車の隣に立つとその背の高さが良くわかる。
例えるなら、バンフォード並みには背が高い。
「シルヴィア・ハルヴェル子爵令嬢でしょうか」
低い声で訪ねてくる役人に、シルヴィアは頷いた。
「そうですが、一体なんの騒ぎですか?」
門前は騒然としていて、通行人が野次馬のように集まってきている。
貴族の屋敷に兵士と役人が押しかけてきているのだから、それも仕方がない。
中には、記者のような人もいる。
「はい。実は、現ハルヴェル子爵は、前子爵であるゼノヴァー・ハルヴェル子爵の殺害容疑の嫌疑がかけられており、現在捜査中でございます。つきましては、その御息女であったシルヴィア嬢の保護をするように申し伝えられております」
「……え? 何を言って……、そんな事――」
一体どういう事なのか、シルヴィアは混乱した。
なぜ、そんな容疑が……。
シルヴィアの両親は、馬車の事故で亡くなっている。
でもそれは……。
「事故だったのでは?」
「衝撃を受けるのは仕方ありません……しかし、事実か否か――、調査しない事には明らかにはできません」
いや、シルヴィアはそれが事故だと知っている。
誰かに仕組まれた――などと考えた事もない。
なにせ、子供を轢きそうになった馬車が無理矢理進路を変更した結果、たまたま店から出てきて馬車に乗り込もうとしていた両親を轢いたのだから。
これが仕組まれたことだとしたら、それは絶対叔父が考えたことじゃないと言い切れる。
シルヴィアは叔父の事を誰よりも良く知っている。
そんな大それたことを企めるほどの人ではない。
今回の事件の事を考えても、他の人間が裏にいると考えた方が自然だ。
だとしても、両親の事故は偶発的なものだとしか思えなかった。
それが、仕組まれたもの?
一体どういうことなのか。
「なぜ、誰がそんな事を……」
「実は内部告発があり、その結果もしかしたらと、再調査が行われることになったんです」
内部告発――それも疑わしい話だ。
「……では、わたしはどうなるんですか?」
「一時的に保護、という形になります」
一時的に保護。
一体どこにだ。
シルヴィアは色々と疑わしい話に、役人を馬車の中から見下ろし、すっと目を細めた。
「……その保護の先は、まさかクラーセン侯爵邸とかいいませんよね? バンフォード様」
役人の肩がかすかに揺れて、指で深くかぶった帽子を押し上げた。
その顔はいたずらが失敗したような顔のバンフォードで。
「もしかして……、始めから分かってました?」
「馬車の隣に立った時に」
「そうでしたか……」
残念そうなバンフォードは、僕に変装の才能はないみたいです、と息と共に呟いた。
正直、遠目からでも少し似ているとは思った。
どれだけの間、ともに過ごしたと思っているのだろうか。
この数日で、少し痩せたのは昨夜確認済みだ。
「えっと……怒ってますよね?」
眉尻を下げて、バンフォードがシルヴィアを見上げた。
いつも見上げるのはシルヴィアのほうなので、この立ち位置は新鮮だ。
「怒っているというよりも、困惑しているという気持ちが大きいです……それに、どうして説明してくれなかったのか……」
昨夜会ったときに説明してくれてもよかったのではないかと言い募ると、困ったように頬を掻いた。
「ええと……、言おうとは思ったんです。でも……シアさんが寝てしまったので……、起こすのはちょっと申し訳なかったといいますか」
「あ……」
それに関してはシルヴィアも悪かった。
シルヴィア自身いつ眠ったのは分からない。
話がしたいとバンフォードが言ったとき、おそらくこのことを説明しようとしていたのだ。
驚かせないために。
しかし、本当にどういうことなのだろうか。
何が起こっているのか説明してほしかった。
顔に出ていたのか、バンフォードは少し言いづらそうに口を開いた。
「ええと……、確かに正攻法ではないんですけど、向こうがそもそも正攻法とはいいがたい手を使ってきたんですから、少しくらいは許されると思うんです」
笑みを浮かべたバンフォードに、シルヴィアは唖然とした。
そして、こんな人だっただろうかと、困惑する。
紳士的で温和な影は、今は見当たらない。
その顔は、狡さを合わせ持っていた。
「回りくどい手を使ってもよかったんですが、それでは時間がかかりすぎますし、シアさんの事も心配だったので……でも、こういうのはやはり嫌われる原因でしょうね……。相手が汚い手を使ったからといって、僕まで同じようにしては」
貴族社会で生きていく中で、正攻法だけでは敵わないこともある。
それはシルヴィアも知っていた。
ただ、そんな手をバンフォードが使うとは思ってもみなかった。
「聞きたいこと、たくさんあるでしょうから、とりあえず僕に保護されてください。必ずお守りしますので」
馬車の扉が開かれて、バンフォードが手を差し出してきた。
これはほぼ強制なのでは、と考えながらその手に自分の手を重ねた。
馬車の外に連れ出されると、ちょうどその時、兵士につれられた叔父の姿が見えた。
バンフォードがさりげなくシルヴィアを叔父から隠すように動くが、いらだたし気な叔父は目ざとくバンフォードを視界に捉えた。
相手が誰か理解すると、遠くから吠えるように叫んだ。
「クラーセンの出来損ないが、よくもやってくれたものだ!! 私が兄を殺したなどとでっち上げまでするとは! そんなに法廷で戦いたいのなら望む通りにしてやるさ!!」
「……こちらとしては、これくらいで我慢しているんですよ子爵」
「なに!?」
シルヴィアは背後にかばわれたまま、バンフォードが言い返す様を見ていた。
おどおどして、言い返さずに逃げ出していたバンフォードはどこにもいない。
「僕は基本的にいつだって逃げの姿勢でした。戦うのは疲れるし、恨まれるのは精神的に辛いから。でも……、大事なものの為にはきちんと戦うこともします。法廷で戦いたいならどうぞご随意に。負けると分かっていながら戦うこともまた、いいのではないでしょうか?」
「クラーセンがいなければ何もできない若造が! 許さんぞ、絶対に!!」
「叔父上がいなくても、大切な人を守るくらいはしてみせます」
叔父の罵倒は無理矢理馬車に乗せられるまで続いた。
シルヴィアは、途中でバンフォードを庇おうとしたが、バンフォードは最後までシルヴィアが前に出ることを許さず、ずっと叔父の悪意から守っていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
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なお、過度なざまぁは書くのも読むのも苦手ですが、ざまぁがお好きな方で、こういうざまぁ展開で終わってほしかった! というコメントがあれば、感想欄にお願いします。