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4.

 これほど身勝手なことがあるだろうか。

 

 はじめにシルヴィアを捨てたのは叔父の方で。

 今度は自らの利益のためにシルヴィアを利用する。


 怒りではなく、諦めにも近い感情が沸き上がった。


「シアちゃん、大丈夫?」

「はい……叔父様に期待はしていませんでしたので。エルリック様も申し訳ありません……色々と」

「いや、それはいいんだけど。目をつけられたって感じか。バンに殴られてそのまま引けばよかったのに」


 エルリックがため息をついた。


「シアちゃんがバンを巻き込んだというよりも、バンへの私怨が今回の事件を引き起こしたんだね」

「……でも、わたしがいなければこんな事にはなりませんでした」

「でもね、シアちゃんがいなければ、今のバンにもなっていなかったよ。あまり自分を責めないでね」


 どうしたものかなとエルリックが背もたれに背を預け、力なく座り込んだ。


「……あのさ、前から聞きたかったんだけど、シアちゃんとバンってどこまで進んでるの?」

「どこまで……とは?」

「…………いや、付き合ってるのかって意味だけど……」


 摩訶不思議なものを見るかのような反応に、シルヴィアがくすりと笑った。


「男女のお付き合いに関しておっしゃっているのでしたら、答えは“いいえ”です。バンフォード様にはお聞きになっていらっしゃらないんですか?」

「いや、バンはそういうの答えないし……。ムスッとして聞くなって全身で拒絶さ」


 バンフォードらしい。

 誰とも付き合った事が無いと聞いているし、もともとそういう話は好きではなさそうだ。


 女子同士の会話では、誰が誰と付き合ってるとか、別れたとか、そういう話は普通にするし、みんなここだけの話だよ、といいながら暴露もする。

 シルヴィアはいつも聞き手側だが、そういう話は嫌いじゃない。

 自分の事を話すのは恥ずかしいが、友達になら言うかもしれない。

 

「付き合っていないのか……、でも外野から見れば十分付き合っているように見えるんだよね。距離感というか、雰囲気がさ……なんというか甘い? から」


 はじめの頃に比べれば、バンフォードとの距離感は近くなったとは思う。

 単に相手がシルヴィアに慣れたせいだと思っていたが、それだけじゃないらしい。


「よくわかりません……」

「バンもはっきり態度で示す方じゃないからな……、遺伝なのかな?」


 それはクラーセン侯爵と比べてということだ。

 確かに、クラーセン侯爵も愛情の類をあからさまに示すような人ではない。


「その、エルリック様はバンフォード様が……わたしの事を、少なからず女性として見ていると……思っているんですか?」

「というか、むしろシアちゃんは、バンのことどう思ってるの?」


 難しい質問だ。

 バンフォードの事は嫌いじゃない。

 好きか嫌いかとで答えれば、好きになるが、果たしてそれがどういった類の好意なのか判断に迷う。


 優しいところが好きだし、泣いている姿は可愛いと思う。

 悩んでいるときの顔は恰好いいと感じるし、出かけるときはいつもエスコートしてくれて、頼りがいがある。


 様々な感情がそこにはあって、どう表現していいのか分からない。


 でも――。


 シルヴィアの中にあるのは、ずっと側にいたかったという思い。

 今、離れ離れになって、あの家が心から恋しかった。

 バンフォードと過ごした日々をまた過ごしたい――、そういう思いが強かった。


「混乱させちゃったみたいだね……、シアちゃんは大人びて見えるけど、やっぱりまだ子供なんだな」


 苦笑しながら、それだけ言うとエルリックが席を立った。


「ちょっと出かけてくるけど、シアちゃんは余計なこと考えないようにね」


 余計な事。

 それは一体どういうことなのか、思考がぐるりと回った。



 

 夜になり、シルヴィアはベッドの中で膝を抱えていた。

 考えることは色々あるのに、今シルヴィアの脳裏にあるのはバンフォードの事だけだ。


 今、彼は何を思っているのか、何をしているのか。

 何も話さず巻き込んだことについて、どう考えているのか。怒ってはいないのだろうか。


 ちゃんと食事を摂っているのだろうか……。


 余計な事を考えるなと言われると、余計に色々考えたくなってしまう。

 しかし、外はすでに夜も更け、そろそろ寝なければ明日に差し障る。

 明日、この家を出てハルヴェル子爵邸に戻ることになっているのだ。


 眠れないのはそのせいもあった。

 子供の頃の様に無碍にはされないだろうが、どんな扱いをされるのか今から憂鬱だった。


 シルヴィアは深くため息を一つ吐き出した。

 

 その時、小さく窓を叩く音が聞こえた。

 コンコンコンと幾度か小さく。

 何だろうかとシルヴィアはゆっくりとベッドから下りた。


 カーテンの向こうには人影がある。

 月明りが反射して、はっきりと影が見えた。


 シルヴィアを訪ねてくるものはいない。こんな夜更けに正規の経路ではない道ならなおさらに。

 誰だろうと、カーテンをゆっくり開く。


 そして息を呑んだ。


 そこには、困ったように笑うバンフォードが立っていた。

 何をしにきたのか、それよりもどうやってここまで来たのか。


 驚きすぎて、悶々と考えていたことが吹き飛んだ。


 シルヴィアはテラスにつながるガラス戸の鍵を開け、ガラス戸を開ける。

 二人を隔てるもが一切なくなると、バンフォードは頬を掻きながら気の抜けた挨拶をした。


「えっと……こ、こんばんは」


 久しぶりに聞くバンフォードの声が少し震えている。


「どうして……どうやってここに……」

「あー……うん。エルリックに教えられて。側に木があったのは偶然ですが助かりました」

「はあ……」


 若干着ているものが汚れている気がしたが、どうやら木を伝ってここまで来たらしい。

 体格がいいし、意外と運動神経もいいと知っているが、木登りまでできたとは。大きな身体にしては、身軽で驚く。


「えっと、木登りはやっぱりエルリックが教えてくれて……」


 なぜか言い訳がましくバンフォードが説明してくれた。

 しかし、茫然としたままのシルヴィアは、これが夢なのではないかとぼんやりと考えていた。

 そんなシルヴィアに、バンフォードは突然何かを突き出してきた。


「え? あの?」


 バンフォードの手の中にあるのは大きめの入れ物。

 咄嗟に受け取ると、バンフォードがほっとしたように肩の力を抜いた。


「受け取っていただけて良かったです。こんな夜に突然訪ねてきて、叱られるかと思ったので」


 叱るとか以前の問題で、何が起こっているのか理解できていない。


「エルリックに渡した軟膏は受け取りましたか? 材料が足りなくて少なかったので、追加で作ってきました」


 にっこり笑い自信満々に用件を伝えるバンフォード。渡されたものをシルヴィアはまじまじと見つめた。


 そして、エルリックの考えを思い出していた。

 エルリックはなんと言っていただろうか。

 少なく作ったのはワザとで、なくなる頃にはバンフォードが全てを終わらせてくれているはずだよとか言っていなかったか……。


 言っていた。

 間違いなく。

 それを聞いて、バンフォードへ気持ちが揺れた。


 しかし、それは完全に間違いで。

 シルヴィアがエルリックに言ったことが正解だったようだ。


 薬草が足りなかっただけ。

 肩から力が抜けるのを感じた。

 一体、何を期待していたのだろうと、ため息をついた。


「あ、すみません。こんな夜分に……、さすがに昼間では人目が」


 むしろ、これは少し見方を変えれば夜這いと勘違いされてもおかしくない。

 

「えっと……少しお話ができればうれしいのですが」


 いつもと同じようなバンフォードの声音に、シルヴィアはなぜか猛烈に腹が立ってきた。

 自分はこんなに色々思い悩んでいたのにと。

 

 そのせいで、少し意地悪をしたくなった。




お読みくださり、ありがとうございます。

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パソコンが死にかけてます( ;∀;)


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