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2.

「シアちゃん、ちゃんと食べてる?」


 そう尋ねてきたのはエルリックだった。


 エルリックの実家の一室で軟禁状態のシルヴィアは、動く量が減っていたせいで、食欲が落ちていた。

 バンフォードの屋敷でむしろ太ったと感じていたので、元に戻ったという感覚だ。


「食べています、量は減っていますが」

「なんか……怒ってる?」

「別に、怒ってはいません」


 口調が少し厳しくなってるだけで。


 シルヴィアがエルリックの実家にやっかいになって、五日が過ぎた。

 その間、エルリックは日に一度は顔を見せたが、外の情報は一切教えてくれなかった。


 バンフォードがどうなったのか、家政ギルドはなに事もないのか、叔父はどうしているのか。


 聞きたいことも、知りたいこともたくさんあった。


「シアちゃんが色々知りたいのは分かっているけど、気持ちが落ち着くまではと思ってね……」

「では、お願いします。もう大丈夫ですので」

「……むしろ、ちょっと怖いよ」


 間髪入れずに答えを返したシルヴィアに、エルリックは苦笑した。

 そして、一瞬考えて頷いた。


「泣いてすっきりした?」

「……はい、そのおかげか気持ちが少し立ち直りました」


 泣いている姿は見られていないが、泣き出しそうな顔は見られていた。

 そのため、泣いていない――という強がりは言えない。


「そう……、ごめんね。慰めてあげられなくて」

「気を遣って部屋を出て行ってくれた方がうれしかったので、問題ありません」


 エルリックは女性を慰める術を心得ている。 

 しかし、慰めてほしいのかほっといてほしいのか、それが分からない男性ではない。


 シルヴィアは、エルリックに慰めを求めていなかった。


 もし、慰めてくれるのなら、それはエルリックではない。


「こういう時は、いい話と悪い話どっちが聞きたいかって聞くところだけど――、いい話からしようかな」


 エルリックがシルヴィアの様子を見てそういった。

 勝手に決められたが、シルヴィアは、悪い話から聞く勇気はなかった。

 俯いているシルヴィアに、エルリックが優しく話しかけた。


「バンも心配してるよ、シアちゃんの事。バンの事より、自分の事を考えてほしいみたいだった」

「……お話しされたんですか?」


 確か、この件にエルリックは関われなかったはずだ。 

 それなのに、バンフォードに会えるのか不思議だった。


「昨日ね。本当は駄目なんだけど、こっそりと。今あいつはクラーセン卿のところにいるから。勾留自体は、すぐに解放されたんだよ」

「クラーセン侯爵閣下のところに……」

「甥御さんが勾留所にいたら、そりゃあ会いに来る――というか引き取りに来るよ。五日前にはバンは自由になってるから、その辺のことは心配しないでいいよ」


 エルリックの言った通り、どうやら本当にバンフォードは大丈夫らしい。

 それでも、一時的にとはいえ犯罪者の様に勾留されていたのはシルヴィアのせいだ。


 謝りたい……。

 だけど、合わせる顔がない。


 何を言ったらいいのか分からなかった。


「本当は、ダメなんだけど……、これバンから」


 バンフォードと会うこと自体まずいのに、なにやら頼まれごとをされたようだ。

 俯いて顔が青いシルヴィアに、エルリックが何かを渡してきた。

 小さなケースに入ったものだ。


「ま、手紙じゃないってところがバンらしいって感じだね」


 渡されたのは、ラベンダーの香りのする軟膏だった。

 ラベンダーの香りはリラックス効果や安眠効果がある。

 たった数日で、心身ともに疲れているシルヴィアにぴったりの軟膏だ。


「心配してるんだよ、バンもね。シアちゃんがバンを心配しているのと同じように」

「どうして……、わたしが巻き込んだのに」

「勾留されたのは、暴れたバンのせいだからシアちゃんのせいじゃないよ」


 しかし、きっかけを作ったのはシルヴィアだ。

 軟膏のケースに視線を落とし、顔が陰るシルヴィアに エルリックが楽しそうに謎かけしてきた。


「ね、それさ。どうしてそんなに小さいと思う?」

「……あまり量が作れなかったからでしょうか?」


 クラーセン侯爵の屋敷にいるとエルリックが言っていた。

 あの屋敷にはきっと薬草の類はほとんどないだろう。

 あるもので作ったとすれば、そんなに量が作れないはずだ。


 しかし、その答えに対し、エルリックは微かに笑った。


「ちゃんとは聞いてないけど、少ないでしょう? 私的には意思表示なのかなって」

「意思表示?」

「そう、それが無くなる前にはこの件をどうにかするっていう、意思表示」

「でも、それはわたしが――……!」


 言いかけたシルヴィアをエルリックが手をかざして止めた。


「シアちゃんさ、時には大人を頼ってもいいんだよ? 果たしてバンが頼りになるかどうかはともかくとして、一応あれでも男だし、やるべき時にはきちんとやるんだよ」


 逃げるのはもうやめたみたいだしね、とエルリックが続けた。


「シアちゃんは、ずっと一人で頑張って来たでしょう? それでここ最近はバンのお守りまでやってるんだから、少し休んでもいいんだよ。休んでいるうちに、バンが全部終わらせてくれるよ、きっと」

「それは、ダメです! わたしの家の事なのに……迷惑かけたのに、それにクラーセン侯爵が――」

「クラーセン卿は何も言わなかったかな。余計な事をするなとか、面倒を起こすなとか、そんな事は言ってないよ。自発的にバンが動くなんてそうないから、そういう時は何も言わずに見守るんだよね。本当に分かりにくい愛情表現」

「自発的に……」


 どうして、と口を衝いて呟いていた。

 その呟きはエルリックにも届き、まるで諭す様に、子供に言い聞かせるように口を開く。


「シアちゃんは、どうしてあんな面倒な男と一緒にいるの? 給金が高いから?」

「それは……」


 はじめはそうだった。

 成人するまでに目標金額を貯めたくて、それで紹介されたから行った。


 主人と使用人の関係だった。それだけだった。


 でも、今は違う。

 側にいたいと思うのは、自分の意思だ。

 側にいると言ったのは、打算ではなく本心だった。


「シアちゃんも、まだまだ子供だったんだなぁ。バンが一歩進めないのも分かる気がする」


 根性なしなだけなのかもしれないけど、と小さく呟いた言葉はシルヴィアにも聞こえていた。

 

「バンフォード様は根性なしじゃありません……」

「シアちゃん、ちょっとバンの味方すぎない?」


 苦笑と共に返ってきた言葉に、シルヴィアは顔を上げた。


「わたし……、バンフォード様の味方でいると決めているんです。どんな時でも。一人でも味方がいると分かると、世界は変わります」

「シアちゃんが考えているのと同じくらいに、バンも同じこと考えてそうだ」


 シルヴィアは、バンフォードが実際自分をどう見ているのか良くわからない。


 以前に比べたら距離が近くなったとは思うが、ただシルヴィアの存在に慣れただけともとれる。


「ま、ここから先は私が首を突っ込む問題じゃないから、二人で話せばいいと思うよ。近いうちに、きっと機会が来るから」

「このまま……もう会えないのかなって思っていました」

「シアちゃんにしては後ろ向きだね。ちょっと前のバンみたいだ。だけど、今は向こうが前向きだからちょうどいいのかな?」


 話が途切れ、ふいにエルリックの声音が一段落ちた。


「ここから、ちょっと悪い話。でも、知る権利はあるからね」


 まるで勇気を分けてもらうように、シルヴィアは、バンフォードがくれた軟膏のケースを両手で握った。


「そろそろ、ここに留めておくことが難しくなってきた……」

「それは……」

「一応、今回の事は穏便に収まるようになってる。そもそも、誘拐はされていなかった。まあ、上位貴族の家で行儀見習いをしていた――そんなところで収まる予定だよ。貴族アカデミーは貴族が基本的に通うけど、お金も結構かかるから、次男、次女以降を通わせない親もいるんだ。その代わり、上位貴族の家で行儀見習いに出すこともある」


 確かにエルリックの言う通りだ。

 アカデミーに通えない貴族の子女もいる。

 しかし、女児はいざというときに家のために使う事ができる。言い方は悪いが、売れるのだ。


 付加価値をつけるために、奉公に出し最低限の作法を身に着けさせる。

 それが善か悪かは判断に迷う。


 実際、いい家に奉公に上がれれば、それだけで女児の価値は上がる。それによってアカデミーに行かなくても良縁に恵まれることもあるからだ。


「事件が解決してしまえば、ここに置いておくことはできない。ごめんね、もう少しくらいはと思ったんだけど。でも、ハルヴェル子爵邸に戻る前に、一度ここで面会することになってる。いきなり、敵地に行くよりかはいいかと思ってね」


 これがエルリックの精一杯の誠意なのだ。

 

「ありがとうございます……、いきなりあの叔父とハルヴェル子爵邸で二人きりで話すよりかはましです……」


 シルヴィアは、覚悟を決めて頷いた。

 エルリックは申し訳なさそうに、最後にもう一度ごめんね、と謝った。




お読みくださりありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハルヴェル子爵邸へ行くターン、怖すぎて読みたくない。試練なんだけど、あまり非道でないことを願います
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