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1.

 ガタガタと王都郊外に向けて乗合馬車が進んで行く。

 郊外近くまで来ると、乗っているのは数人程度。おかげで、ゆっくりと座れてうれしい。

 荷物は、数枚の下着に二着ほどの仕事着、他に寝間着と今着ている紺色の一張羅の外出着だけだ。


 もとより、物はあまり持っていなかった。

 できるだけお金を貯めるために、贅沢品は極力最低限にしていたから。


 服が古くても、しっかり洗って清潔に見えていれば問題ない。

 貴族の家で仕事をするときは専用の制服があるので、個人所有の仕事着は必要ないが、これから行く屋敷がどういうところか分からないので、一応持ってきた。


 現在商業ギルドに金貨五十枚ほどある。

 はじめの頃はオリヴィアの家に寝泊まりし、ここ一年ほどは格安でギルドの一室を借りられていたので、結構貯まってきている。

 二年半の成果としては上々だと思う。


 ここ一年は貴族からの指名依頼などが良く入り、おかげで資金を一気に稼げた。

 王都で家を借りて暮らすくらいはできるが、自由になったら何か学んでみたいと思っている。

 そのためにはお金が必要だ。

 今のところ何を学ぶかは決めていないが、生きていく上で役に立つことがいいとは考えていた。


 乗合馬車の中で依頼書を眺めながら、気持ちを落ち着ける。


 いつも貴族の屋敷に向かう時は緊張する。

 シルヴィアを知っている貴族がいるかいないか。両親を知っている貴族ならば、もしかしたらシルヴィアに気づくかもしれないと。


 はじめのうちは気づいてほしい、助けてほしいという気持ちがどこかにあったが、働いていくうちに、むしろ平民になって自由を満喫したほうがいいと思うようになった。

 そんな風に変われたのは、すべてギルド長オリヴィアとシルヴィアに色々仕事を教えてくれた家政ギルドのギルド員たちのおかげだ。


 シルヴィアは、はじめのうちは家政に関しては素人で、ベテラン女性と一緒に家々を回って学んでいった。

 しっかり、みっちりと教え込まされ――むしろ基礎すらできていないシルヴィアに呆れつつ、厳しく指導してくれたおかげで、今では指名依頼もくるほどになれた。

 ちなみに、その女性は現在家政ギルドでも教育係として働いている超凄腕の人だ。


 それに、十歳までの貴族としての知識も役に立っているので、学んできたことは無駄じゃなかったんだと、亡き両親に感謝している。


「お嬢ちゃん、終点だよ」

「ありがとうございます、ここまで遠いのに」

「これが仕事さ」


 馬を操っていた御者のおじいさんはにこにこ笑っている。

 シルヴィアは再度お礼を言って、料金を支払い馬車から下りた。


 木々の隙間から漏れる日の光が少し幻想的だ。

 深い森というわけではなく、整えられた並木道。


 王都郊外にこんな場所があったとは不思議なものだった。


「確か、この道沿いだったはず……」


 聞いていた屋敷は終点からもうしばらく歩いた先だと言われた。

 鞄を持ち上げて、シルヴィアはゆらゆら揺れる光を浴びながら進んでいく。

 都会の喧騒からは考えられない、穏やかな気持ちにさせてくれる場所をシルヴィアは気に入った。


「あ、あれかしら……」


 道の行き止まり。

 奥に見える屋敷を守るように、威圧的な石垣が高く塀となって屋敷を囲み、中央に構えている門も厳重なほどに重々しい雰囲気。

 一体何から屋敷を守っているんだと首を捻りたくなった。


 誰かと戦争でもするつもりかと。


 ギルドからは、勝手に屋敷の中に入って問題ないと言われているが、さすがに気が引ける。

 とりあえず、門の隣にある小さな通用口から中に入り――そちらも鉄でできているのか、素晴らしく重い扉だった――まっすぐ進む。


 先ほどの幻想的な景色とは違い、なぜか鬱蒼とした気持ちにさせてくれる屋敷だった。


 しばらく進むと、道の両脇に大きな花壇があり、そこには青々とした様々な草が生えていた。

 中には、小さな花を付けているものもある。

 花壇に手入れが行き届いていないのかと思って近寄ると、独特の臭みのする薬草の匂いを感じそれが薬草だと気づいた。


 その独特の匂いを放つ薬草は、虫たちが嫌い近寄ってこない。

 そのため、家庭菜園などを行う場合に近くに植えるということを、家政ギルドのギルド員の一人から聞いたことがあった。


 薬草も同じなのかなと考えながら、はっとして鞄を持ち上げて駆け足で、屋敷に向かっていく。


 余計な詮索はしない、それが鉄則だ。

 余計な事を知り、雇い主と不和な関係になってしまう事は往々にしてあるのだ。

 庭園にするべき前庭が薬草の花壇になっていようと、気にしてはいけない。


「それに、趣味は人それぞれだもの」


 花よりも薬草に興味が惹かれる人も世の中いる。

 可愛らしい動物よりもムシの方が好きな人がいるように。これはちょっと理解できないが。


 玄関前の扉までやってくるとその大きさが良く分かった。

 横幅も奥行きもあり、部屋がいくつあるのか分からない。王都では土地が高いが、郊外なら安いのだろう。

 屋敷も大きく、庭も広そうで、確かに銀貨五枚はもらわないとやってられないかもしれない。

 どう考えても一人でこなせる仕事量ではない。


 使用人もいないで管理しようとしたら、自分の生活空間以外は整えられないだろう。


 屋敷の中がどうなっているのか、ちょっと怖い。


「勝手に入ってもいいって言われたけど……さすがにちょっとあれよね?」


 ノックをしても果たして主に聞こえるのか分からない。

 平民の小さな家なら、家の玄関扉を叩けばすぐに聞こえるけど、こんなに大きければ部屋にいたら聞こえない。


 貴族の屋敷は大きいが、そのため玄関扉専門の使用人がいるくらいだ。

 

「何度か叩いて出てこなかったら、入ろうかしら」


 シルヴィアは首から鍵を取り出す。

 実は事前に鍵を受け取っていた。

 鍵を会ったこともない相手に渡すとはなんとも不用心な主人だが、これが無ければ入れないかもしれないと思うと、これが正解なのかもしれない。


 トントントンと軽快な音を立て、シルヴィアは扉を何度か叩く。

 静かな周辺のおかげか、意外と音は響いているようだった。


 なんの反応もない。


 再びシルヴィアは扉を叩く。

 今度は先ほどよりも強く叩いてみた。


 これで何の反応もなければ、言われた通り中に入る。そう決めたその時、屋敷の中でけたたましい足音が聞こえてきた。


 どすどすどすと重たい足音だ。


 焦っているような急ぎ具合に、何かあったのか心配になる。

 しばらくすると足音が鳴りやみ、再び静寂が訪れた。


 てっきり、扉を開けに来たのかと思えば、どうやら違ったらしい。


 開けた方がいいのかしら……と鍵を取り出し、シルヴィアは鍵穴に差し込もうとした。


 しかし、その時再び勢い付けた足音が近寄ってきて、シルヴィアはさっと後ろに一歩下がった。


 バンと勢いよく開かれた扉。

 気づいて一歩下がらなければ、今頃顔面強打していた。


 出てきたのは、男性だった。


 背が高く、ちょっと(・・・・)ふくよかだった。縦にも横にも大きい人だ。

 彼は、しわがあってよれている服を着ていた。ただし、清潔感がないというわけではない。服にこてを当てておらず、洗った服をそのまま着ているような感じだ。

 そして、後ろの髪がバラバラの長さで、前髪は瞳を隠すほどに長い。


 お互いがお互いの姿を認識し、同時に固まる。

 シルヴィアはその男性の姿に驚きながらも、この人が雇い主なのだと即座に脳が回転し、なんとか口元に笑みを浮かべた。第一印象は大事だ。


 しかし、男性の方はなぜか一歩後ろに下がり、扉を閉めた。

 シルヴィアの笑顔が固まる。


「……拒否されたということかしら……」


 どういう事情かさっぱり分からないシルヴィアは、真剣に悩みだす。何かしでかしたかと。

 しかし、今来たばかりで気分を害すことはなにもなかったよね、と腕を組む。

 シルヴィアは考えた。帰るか、無理矢理突入するか。

 こちらには鍵がある。


 どうしようかと、迷っていると、今度はゆっくりと扉が開けられた。

 そして、猫背になって身を縮こませている男性が、言葉をつかえながらシルヴィアに言った。


「ど、どどど、どうぞ……」


 大きな身体に不似合いなか細い声は、シルヴィアを歓迎しているわけではないが、追い返したいという感じでもなく、とりあえず屋敷の中に入れてくれた。


「それでは失礼します」


 シルヴィアは鞄を持ち上げて、屋敷の中に入って行った。




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[気になる点] 彼の食生活とか気になりますね 読んでいけばわかることだと思いますので コメントは不要です(^O^)/
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