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6.

「お待たせしました……」


 ローレンにグイっと肩を押されて、、シルヴィアはカーテンの外に追い出された。

 そして一緒に外に出てきたローレンが、にこやかにバンフォードに挨拶する。


「お久しぶりですね、バンフォード様」


 しかし、なぜかバンフォードは固まっていて挨拶を返すことはない。

 口を開けて、シルヴィアの姿を呆然と見ていた。


 そんなバンフォードに、ローレンがしてやったりと口角を上げた。

 服を着替えて、ローレンに化粧や髪をやり直してもらっていたら、結構な時間が経っていた。

 しかも、いつもと違う恰好を見せるのに、すごく勇気がいる。


 黄色のサマードレスは、驚くほどシルヴィアに良く似合っていた。

 先ほどまで纏めていた髪は下ろされて、耳上の髪を編み込み後ろできゅっとまとめられている。結っていない後ろの髪は、さらりと肩から流されていた。

 化粧は若いだけあって、少しだけ肌をきれいに見せる程度。

 目元に少しだけ明るいピンクを乗せ、唇も同じ色。


「いかがでしょうか? よくお似合いだと思いますけど」


 ローレンが再度言葉をかけた。

 すると、ようやくバンフォードが意識を取り戻したかのように、はっとした。


「す、す、すごく……似合ってます……」


 これがエルリックだったら、もっと装飾過多の誉め言葉が飛び出てくるかもしれない。

 しかし、バンフォードはどんどん声が小さくなっていく。


 まるで無理矢理言わされているかのように。

 ただ、バンフォードの顔が染まっているのを見ると、それが違うのだと分かる。


 これが、バンフォードなのだ。


 恥ずかしそうに俯く様は、まるで自分が着飾って、それをお披露目しているようだった。


 シルヴィアも恥ずかしい。

 だけど、もっと恥ずかしがっているようなバンフォードを見ると、笑いがこみあげてきた。

 なんだか、悪いことをしているようだ。


 ぽんと肩を叩かれて、シルヴィアよりも頭の位置が高いローレンを見上げると、なんとかしてやりなさい、とバンフォードを指をさした。


 そういえば、アデリーンが言っていた。

 どっちも奥手だと先に進まなそうだと。


 付き合っているわけではないが、ここはシルヴィアの方が先に手を差し伸べるべきだろう。

 近づいてもじもじと指を絡ませあっているバンフォードの両手を取り、シルヴィアが下から微笑みながら見上げた。

 うっ、と息を詰めるバンフォードに、素知らぬふりをして話しかける。


「バンフォード様が購入してくださる服は、こちらの店でわたしのサイズに合わせてくださるそうです。後日お屋敷の方に届けてくれるようですので、荷物はありません」

「そ、そそ、そうですか……」

「他に欲しい物がありますので、そろそろ行きませんか? よい時間ですのでお食事でもしませんか?」


 いつかのように手を軽く握る。

 すると、以前は握り返されることのなかったその手は、今度は恐る恐る握り返してきた。


「しょ、食事に……」

「では、そうしましょう」


 手から腕に自身の手を動かし、軽く引くと、シルヴィアはローレンに軽く頭を下げた。

 ローレンの方はひらひらと手を振っている。


 結局、バンフォードは一度もローレンを見なかった。

 彼女は笑って見送ってくれたが、少しだけ申し訳ない気持ちだ。


 彼女はきっとバンフォードと話したかったに違いない。

 しかし、今のバンフォードはがちがちに身体が固くなって、周りの声があまり聞こえていないようだった。


「支払いは――……」

「も、もう終わっていますので……」


 シルヴィアがサイズを計られ、着替えている間にすでに済ませていたらしい。

 父親以外の男性に何かを買ってもらうなど初めての経験で、どう言葉にしていいのか分からないが、上手く言葉にできなくても、きっとバンフォードは分かってくれるような気がした。


「ありがとうございます、とてもうれしいです」


 申し訳ない気持ちが大きくても、こういう時はお礼を言った方が相手はうれしいはずだ。少なくとも、シルヴィアはそうだ。


「そ、そんな事は――」


 ここにアデリーンがいたら、きっと二人を揶揄いそうだ。

 むしろ、この店の店員も二人を微笑ましそうに見ている。


「い、行きましょう……」


 二人の視線が交わり、どちらも照れ笑いをしながら店を後にした。




「こ、ここはエルリックに教えられたんです」


 店に入るとバンフォードが教えてくれた。


「広い店内ですが、席を少なくし、入れる人数を制限することで静かでゆっくりとした時間を作り出しているんだそうです。それに、観葉植物や置物で壁を作り、個室の様に話をするのに気兼ねしなくていいと」


 席が離れている分、隣同士の会話を気にしなくてもいいんだとか。

 逆にこちらも、他人への気遣いは少なくて済む。

 どうやら、先ほどエルリックと抱擁してた時に耳打ちされたらしい。

 別に隠す必要性がないのに、なぜか不満そうなバンフォードが、子供っぽく言った。


「僕は女性が好みそうな店を知りませんので……」


 落ち込んでいる姿が可愛くて、シルヴィアはくすりと笑ってしまった。


「こ、今度は……、きちんと調べます」

「また一緒に来て下さるんですか?」

「そ、それは……その――」

「とても、うれしいです。一人より、二人の方が楽しいですよ、バンフォード様」


 シルヴィアは普段、買い物は一人でゆっくり見て回りたい派だ。

 しかし、こういうのもいいなと思っていたのは本当だった。


 シルヴィアが微笑むと、バンフォードも嬉しそうに笑った。


「これ、メニュー表ですね」


 エルリックがバンフォードに教えた店は、貴族や裕福な人間が使用する様なお洒落な店だった。

 装飾品一つとっても、女性の好まれそうな形だ。

 そのため、メニュー表も凝っている


 なんと、料理名だけでなく、まるで実物のような絵も載っていた。

 コース料理なんかもあるが、一品料理も豊富で、わくわくする。


 普通、メニュー表は文字だけしか書かれていない。


 平民が使用する様なところでは、メニュー表さえないところがある。文字が読めない人もいるからだ。


「分かりやすいですね。僕はあまりお洒落な名前は知らないので、メニュー表を見ても料理に対してピンとこないので、助かります」

「ええ、これなら本当にわかりやすいです」


 どれもおいしそうだ。

 あまりお腹はすいていないと思っていたが、実物のような絵は食欲が刺激された。


 コース料理なんかもあるが、一品料理をたくさん選んでも楽しそうだ。

 ただし、バンフォードに手伝ってもらわなければならないが。

 さすがに、何品も一人では食べられない。


 ただ、作る側の人間としては、色々なものを試してみたかった。


「シアさん、楽しそうですね。コース料理よりも、こちらの料理を色々試してみますか?」

「いいんですか?」

「ええ、もちろんです。あ、ちなみに、ここはエルリックのおごりですので」

「え?」


 バンフォードが何事もないように言った。


「この間の詫びのつもりのようですので、遠慮なく食べてください。僕も食べますので」


 爽やかに言うバンフォードに、少しだけ悪意を感じたのは気にしないことにした。

 二人してどれを頼むかあれこれ相談していると、突然背後から声がかけられた。


「おやぁ? 何か辛気臭い顔が見えるなぁ」


 そんな声と共に、シルヴィアとバンフォードの上に影ができた。

 それはエルリックのように友人を楽しく揶揄うようなものではなく、悪意がある――そう思わせるような声だった。




お読みくださり、ありがとうございます。

よろしければ、ブックマークと広告下の☆☆☆☆☆で評価お願いします。


12時に更新予定だった続きは、少し書き直したくなったので遅れる可能性が高いです。

場合によっては18時に2話投稿になります。


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