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3.

「ところで、それどうやって飲むの? 混ぜる?」


 エルリックが声をかけてきた。


「そのままお飲みになっていただいて問題ありません。グラスから直接飲みますと、同時に口の中に入ってきますので。ただ一点、かなり甘いと思いますが、大丈夫ですか?」

「甘いものは苦手じゃないよ。苦手だったら、女の子たちに付き合ってケーキ屋さんに入れないしね」


 さようで……。

 軽蔑した目にならないように、目を伏せた。


「どうぞ。バンフォード様も」

「ありがとう」

「あ、ああ、ありがとうございます」


 二人そろって同時に飲む。

 氷が動き、グラスに注ぐ光の向きが変化した。


「……確かに、ちょっと甘いね。砂糖じゃなくて、白シロップの方がいいかもしれないな」

「し、白シロップ?」

「聞いた事あります。最近輸入され始めた新しい甘味ですよね? 人気のカフェなんかではパンケーキと一緒に提供されていると」

「あ、耳が早いね。やっぱり女の子だ。白シロップは、甘い液体なんだけど甘さがくどくなくて、女の子たちに人気なんだよ。今度持ってきてあげるね」


 甘いものは嫌いじゃないと言ったエルリックでも、少し甘いと感じるお茶。ただ、すぐに改善案を出してくれた。

 女性と親しいためか、流行には聡いようだ。


 バンフォードは引きこもり――ではなく出不精なので、知識はものすごいが、世間の最近の噂には疎い傾向にあった。


「さてと、じゃあちょっと食べようか。あ、そっち広げて。中にナプキンが入っていて――」

「こちらですね。少し失礼します。あと、こちら取り皿になっています」

「あ、いつもは男二人面倒くさいからフォークくらいしか準備しないんだけど、女の子は気遣いが違うなぁ」


 気遣いというか、フォークを持ち出したらお皿を持ち出すことは普通だ。

 特にお互い分けて食べるのなら。


 平民の食事処でも、大皿料理を頼んだら取り分けの皿を持ってきてもらえる。


「片付けるのが面倒なんだよね。フォークなら、これだけ洗って終わりでしょう?」


 シルヴィアの疑問に気づいたのか、エルリックが教えてくれた。

 なるほど。のちの片づけで少しでも洗い物を減らしたかった結果かと、納得した。


「でも、本当によろしいのですか? わたしが同席しても」


 アデリーンがやってきたときは、バンフォードがアデリーンに説明し、アデリーンも構わないと言ってくれたので、一緒に食べていた。

 今回はバンフォードではなく、エルリックから言い出したことなので問題ないと思うが、一応確認した。


「もちろん。使用人だからとかこだわりはないよ。城の食堂では貴賤関係ないし、なんなら王族が時々やってくるくらいには、開放的だから」


 それはちょっと開放的過ぎやしないかと、王族を警護する人たちに同情した。


「では、失礼します」


 さすがにエルリックの隣に座れず、バンフォードの隣にお皿とカトラリーを準備し、座る。

 バンフォードが緊張したように、少し身体をずらすが、嫌がられているのではないと知っているので、自然体のまま料理をバンフォードの皿に給仕した。


「あ、バンはそれが好きだから。あとこっちも」


 バンフォードが何も言わない代わりに、エルリックが色々教えてくれた。

 肉や野菜の挟まったライ麦パンを載せ、おかずを副菜主菜とバランスよく彩り綺麗に盛り付けてみる。


 その様子をエルリックが興味深そうに見ていた。


「バンって野菜好きじゃないんじゃない?」

「そ、そんな事ない。た、ただ肉類が好きなだけで」

「知らなかった。てっきり偏食家だと思ってたよ」

「だ、出されたものは食べる。そ、それが作り手に対する礼儀だ。お。おいしいものはおいしい、それは肉でも野菜でも」


 最終的な仕上がりがおいしければ、肉も野菜もなんでも問題なく食べられると、バンフォードが言う。


「それもそうか?」

「お、お前が持ってきたやつは野菜も食べてるだろ」

「そうだっけ? いつも私が食べてなかったか?」

「む、むしろお前の方が食べてない」


 その皿の上を指摘すると、エルリックが肩をすくめた。

 確かに、野菜は少ない。


「城の食堂でならきちんとバランスよく食べるんだけどな。まあ、メニューが決まってるからしかたないけど。自由に食べられる機会なら、苦手なものは避けたいだろ? まあ、私の場合は、嫌いなものは結構残すタイプだけど。あ、もちろん女の子といるときは我慢してる」


 外食の時は好きなものを食べたいという気持ちは理解できる。

 そして最後の説明はいらなかった。


「お、お前……」

「お仲間だと思ったのに。じゃあ、今日の野菜スティックは全部上げよう。嫌いじゃないようだしね」

「……す、少しは食べろ、お前騎士なんだから身体が資本だろ!」


 全く以てその通り。

 だが、ちょっと籠の中の野菜が少なめだなと思ったのは、どうやらエルリックの好みが反映されているからのようだ。


 彼は自分の家の料理人に頼んだと言っていたから、相手は主人の好み通りのモノを作った。しかし、彩りを考えると、様々な野菜の色を利用した方が華やかになる。

 肉類だけでは色が一辺倒で見た目にはつまらない。それに、華やかな方がおいしく見えるのだ。

 本当は、彩りの面だけでなく、おそらく少しくらいは野菜を食べてほしかったのかもしれない。

 バンフォードが言う通り、身体が資本の職業なのに、偏食家なのはちょっと悩ましい問題だから。


「家でもきちんと食べてるが、外くらいいいだろう?」

「き、きっと母君が口うるさく言ってるんだろうな。め、目に見えて想像できる」

「母上が口うるさいのは今に始まったことじゃない。まあ、成人して働いている息子に、最近は少しだけ態度が軟化してきてるけど……あ、悪い」

「べ、別に。ご、ご両親が健康なのは良い事だ、気にするな」


 シルヴィアはバンフォードの家庭環境どころか家族構成すら正確には知らない。

 とりあえず、叔父との関係は微妙で、アデリーンとは仲がいいという事は分かっている。


 その時、エルリックがちらりとシルヴィアを見て、バンフォードに視線を投げかけた。

 なんだろうと思って、バンフォードを見上げると彼は首を横に振る。


 男性二人のやり取りに、エルリックがバンフォードに、シルヴィアがバンフォードの家庭事情を知っているのかと尋ね、バンフォードが知らないと首を振ったのだと当たりをつけた。


 女性は噂話や秘密事は大好きだが、雇われている者として、一線を越えてはいけない事も分かっている。

 話したいのなら、いつか話すだろうし、知られたくないというのなら、知らないままで良かった。


 それに、シルヴィアは一生ここで働くわけではない。

 恩人のオリヴィアの頼みで、ひと月は様子見て、問題なさそうなら成人までは雇ってもらうつもりでいた。


 成人まではあと五か月ほど。


 そうすれば自由になるし、保護者の保証なしに家を借りることもできる。


「あ、あの……」


 なにやら言いづらそうに、バンフォードが言葉を切った。

 こういう時はひたすら待つに限る。


 急かすと余計に口を閉ざすからだ。


「あ、あの……」

「……話が進まないね」


 いつまで経っても先に進まないやり取りに、先にしびれを切らしたのは、エルリックだった。

 フォークをくるりと器用に指先で操って、バンフォードに突きつける。


「先に言っておくけど、私は女性との時間以外で気は長い方じゃないよ」


 言ってることはちょっと微妙。

 徹底して女性には紳士的なようで何よりだが、ここは少し大人しくしてほしかった。


「……あ、ああ、あの、シアさん!」


 このまま黙ってしまうパターンかと思っていると、意外にもバンフォードが覚悟を決めたかのように姿勢を正した。


「はい」


 主の正体が何であれ、家族とのかかわりがどうであれ、シルヴィアにできることは、とりあえず満足するまで話に付き合う事だ。


 人は会話でお互いの事を知るのだから。


 しかし、その覚悟は再び邪魔者によって遮られることになった。


 突然、エルリックが指で口を閉じるように指示を出してきたのだ。

 今までの穏やかで陽気な気配が一変し、急速に膨れあがるのは不穏な気配。


 何事かと思っていると、エルリックが小さくバンフォードに尋ねた。


「今日は、私以外に尋ねてくる予定の人はいる?」

「そ、そもそも、お前も予定に入っていない」

「つまり、誰もいなかったってことか……」


 何事だと思っていると、素早くエルリックが立ち上がり、扉の前に張り付く。

 バンフォードの方も、立ち上がり、暖炉の火掻き棒を手にとった。


「あ、あの?」


 一人理解していないシルヴィアも、二人の動きにつられて立ち上がった。

 とりあえず、何かよろしくない人物が屋敷内に入り込んだ――それだけは理解して、二人の邪魔にならないように一歩後ろに下がった。




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