2.
エルリックの要望通り、お茶は冷たいものを準備することにした。
若干面倒だが、この家には冷凍室があり、そこには氷がいくつもあった。
エルリックはこの事を知っているようで、シルヴィアに冷たいお茶がいいと言ったのだ。本当に人の屋敷の事を良く知っている。
「初めから知っていれば、作っておくのに……」
はじめにお茶を淹れ、少し冷まさなければならない。はじめから知っていれば作っておいたものを、と思わなくもなかった。
明るく、人望もある人だが、働いている人に対し、面倒なことを簡単に頼んでくる配慮のないところが貴族なのだなと思う。
きっと自分でお茶の一つも淹れたこともない人種だ。
それに比べてバンフォードは、去り際に熱い茶を淹れてやってくれと言ってくるあたり、エルリックに対する嫌がらせもあるだろうが、冷たいお茶を作る工程がどんなものか理解しているようだった。
使用人ギルドからの使用人が定着しないせいか、とりあえず一通りはこなせているみたいなので、作り手への配慮を感じた。
「でも、確かに今日は少し暑いのよね……」
朝晩は冷えるが、日中は初春の陽気。
ここにやってきたときは、まだまだ日中も冷えていたことを考えると、季節の移り変わりを感じた。
「さて、作りますか」
今頃きっとバンフォードとエルリックが何かしらの言い合いをしているところだろう。
ぜひ、お茶を淹れるまでの間時間稼ぎをしていただきたい。
突然の客だとはいえ、炊事を担当している自分が飲み物を準備するのは当然だ。
「コレ、使えばいいか……」
シルヴィアが見ていたのは一つのポット
実は昼食前に一息つきたくて、お茶を淹れていたのだが、エルリックが訪問してきたので放置していた。
茶葉は蒸らしていた最中だったので、すでに苦みが出てきているお茶だが、多少は許してくれると信じたい。
それに、もしシルヴィアがいなかったら、おそらくバンフォードがやりそうなので、それに比べればずいぶんマシだと思う。
一度腕前を振る舞ってくれた事があったが、今後は自分が淹れようと考える味ではあったので。
シルヴィアは少し考え、氷とミルクを取り出す。
まずは、まだ少し熱いお茶に砂糖を多目に投入する。良く溶かした後に、水で冷やしたタオルの上で少し冷まし、氷を入れてさらに冷やす。
氷が解けて、少しぐらいは苦みが薄れる事も期待した。
十分冷めたら、今度は二つのグラスにミルクを注いでいく。氷も小さく割り、中に入れる。その後、ゆっくりとお茶を注ぐ。少し色が濃いのは、ご愛敬。
お茶はグラスの中で混ざることなく綺麗に紅茶の琥珀色と白いミルクの二層に分かれた。
失敗することもあるので、なんとかうまくいったことにほっとした。
紅茶の色が若干濃いが、むしろミルクの白と少し濃い色合いの紅茶の方がはっきりと色が区別出来て、初めて見る人にはいいかもしれない。
しかし、作ったあとシルヴィアはハッとした。
バンフォードは甘いものが好きだが、エルリックはどうだろうかと。
甘いものを好まない人にこれを出せば嫌がらせにしかならない。
なにせ、かなり甘いので。
一人悩み、もし口に合わないようなら、普通にお茶でいいだろうと一応お茶も準備する。
さらに、今朝作っておいたキャロットケーキも切り分けた。
籠の中には甘いものがなかったので、食後のデザート替わりだ。
お客様であるエルリックが食事を持ってきたので、一応礼儀としてこちらからも何か出さなくては。
砂糖を極力使っていない野菜の甘味だけのケーキで、砂糖をたっぷり使ったお茶への罪悪感を少し減らせたらいい。
全てをワゴンに載せ、応接室に向かうと、廊下にまで二人の声が聞こえてくる。
バンフォードは声を荒げて、エルリックは楽しそうに。
その対極的な様子に、この二人は本当に友人なのかちょっと疑った。
少なくとも、気安い関係なのは分かった。
ワゴンを押して、扉の前でノックをすると、中からどたどたという足音が聞こえてきて、バンフォードが扉を開けてくれた。
「す、すみません! お、追い返せずに……」
「いえ、大丈夫です」
内心で分かっていました、と思っていも、それを表に出さずに気にしていないとにこりと微笑む。
すると、バンフォードはほっとしたように道を空けてくれた。
「あ、やっときたね? それ何? 初めて見る飲み物だけど」
ソファの背もたれ越しにこちらの様子を窺っていたエルリックが、興味深々でワゴンの上のお茶に釘付けだ。
「名前は特にないのですが、お茶と他のものを上手く合わせると、このような二層に分かれます。果実水でもできるのですが、あいにく置いておりませんので、代わりにミルクを使用してみました」
果実水がないのは本当だが、ミルクなら、蒸らしすぎて苦みが出ているお茶を柔らかく変化させ誤魔化せると思ったので、と心の中で呟く。
「は、初めて見ました」
「私も初めて見たね。すごいね、女の子は喜びそうだ」
「果実水の種類によって、お茶の葉を変えたりするのもありだと思います。それぞれ試してみるといいかと。わたしは原理をよく知らないのですが、どうやら砂糖の量が関係しているらしいです」
少なすぎると上手く二層にならず、混ざってしまうのだ。そのため、砂糖が関係しているのではないかとは思っていた。
エルリックは不思議そうに眺めていたが、バンフォードの方は何やら顎に手をあてまじまじとグラスを見ていた。
「な、なな、なるほど。ひ、ひひ、比重が関係しているということでしょうか?」
「比重? なにそれ?」
エルリックが首を捻る。わたしも聞きなれない単語に、目を瞬いた。
「か、簡単に言えば重さの事だ。お、重いものが下になり、か、軽い物が上になる」
「このお茶は少し砂糖を大目に入れてます。そうしないと上手く二層にならないので。その砂糖の重さのおかげで、こうなっているという事ですか?」
「お、おお、おそらく……」
「んじゃ、先にミルク注いでたら混ざってたってことか?」
「お、おそらく、砂糖の量や果実水などの種類や混ぜ合わせによって、どっちを上にしても大丈夫かと……」
「すごいですね、考えたこともありませんでした」
感心して、本心から言った。
シルヴィアは深く原理まで考えたことはない。習ったときも、そういうものだと言われたので、そういうものなのかと勝手に納得した。
しかし、バンフォードは的確にその原理を見抜いてきた。
頭がいいらしい。
また一つ主の事を知った。
「君ってさ、難しい単語知ってるよね。さすが王立アカデミー主席卒業だ」
「え……」
ぎょっとしてシルヴィアがバンフォードを振り返ると、彼はちょっと照れくさそうに頭をかいていた。
王立アカデミーとは国営の最高学府だが、実力主義を謳い貴賤に囚われず優秀な人間を常に輩出してきている。
このアカデミーから卒業できた者は、明るい未来が約束されている――それは国民中が知っていることだった。
そのアカデミーの主席卒業。
それは、相当な人物という事に他ならない。
はっきり言えば、そこらへんにいる貴族などより、よほど優れた人物という事だ。
そして、主席卒業者は望めば爵位も受け取れる。
「す、すみません……、そんなにすごい方だとは思っていませんでした……」
本音が思わず出ていたが、シルヴィアは気づいていない。
普段が、不器用で自分に自信のない引きこもり――本人に言わせれば出不精――なだけに。
頭がいいのだろうなとは思っていたが、まさかそこまでとは想像していなかった。
「だよね? 私も初見で、バンが王立アカデミー主席卒業とか信じられないから大丈夫だよ」
あ、やっぱり普通は見えないのか、とちょっと安心した。
依頼書には、名前しか書いていなかったし、どういう経歴かもわからなかった。ただ、貴族だとしか。
「ぼ、僕は一応名誉男爵ですが、末端も末端で……」
名誉男爵とは、一代限りの貴族位で次代継承はできない名誉職だ。しかし、毎年年金として金貨五百枚が支給される。それが多いか少ないかは、本人の考えしだい。
基本的に名誉男爵を賜る人は研究職が多い。以前は戦争で活躍した騎士などにも与えられたが、現在は平和な時代。そのため、名誉男爵は基本的に研究職の分野で功績を遺したものに与えられることが多い。
そして、実は王立アカデミー主席卒業者は、望めば爵位をもらえる。
王立アカデミー主席卒業者は、国にとっても貴重な人材だ。
なにせ、国中から集まってきた優秀な人物の頂点。そして、その頂点の人物は、奇人変人が多い。
そんな奇人変人をそこらへんにのさばらせておくよりも、国で飼っておいた方が安全な上、かなり有益だと判断された。
実際、主席卒業者はかなりの割合で国に貢献している。
言動は奇人変人が多いのもまた事実だが。
シルヴィアはちらりとバンフォードを観察する。
そして一つ頷いた。
確かにちょっと普通の貴族とは違うなと、考えていた。
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セパレートティーのレシピは、ク○クパ○ド先生に聞きました。
詳しい方いらしたら、ぜひ教えて下さい。
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