1.
「バン、生きてる? 久しぶりに、君の親友が遊びに来たよ! 生きてたら下りて来てねー!」
シルヴィアが昼食を何作ろうか考えていた時、そんな声が玄関ホールから響いてきた。
バンフォードから来る人は限られていて、全員鍵を持っているとは聞いていたが、まさか突然来るとは思っておらず、シルヴィアは慌てて玄関ホールに出向く。
男性が一人、大きな籠を両手に一つずつ持って立っていた。
客人の金髪金目が窓から入ってくる日の光に輝いていた。すべてに置いて明るさ全開の相手は、すっとした顎のラインが男性的で、アーモンド形の瞳が猫の様に愛嬌があった。鼻から続く唇が形よく、誰が見ても容姿の整った美男子だ。
失礼な事だが、主であるバンフォードと比べて、知り合いなのが不思議だと感じてしまった。
しかも、彼の着ている服装はこの王都に住んでいる者なら絶対全員が知っている制服。
赤を基調にした詰襟の軍服。胸元のエンブレムは、王国の紋章。
黒と金の装飾で縁取りされた制服のラインは、華やかでもあり、落ち着いた色でもある。
王城に務めている上級騎士――、それが彼の正体だった。
彼は、王城ではないからなのか、今は詰襟のホックをいくつか開け、そこからのどぼとけがのぞいていた。
シルヴィアが対応しようと近づくと、相手が困ったように苦笑した。
「あ、れ? 使用人ギルドの人かな? いるって思わなくて、突然ごめんね?」
「いいえ、お客様のお出迎えもできず申し訳ありません。シアと申します」
家政ギルドの仕事内容は、掃除洗濯炊事の三コースが基本だ。しかし、今回は報酬が大きいので、さすがに客の出迎えもやっている。
他に、荷物の搬入業者との対応とかも。
色々やっている間のついでなのだが、バンフォードからは給料を上げると言われている。
今のところは試用期間中という名目で、とどめている。本来ならもらう方が正しいのだが、ちょっとだけ申し訳ない気がしていた。
「あ、私はね、エルリック・ファフォードって言うんだけど知ってる?」
まるで知らない人間はいないと確信しているような言い方だったが、実際シルヴィアは知っていたので、軽く微笑んだ。
「存じ上げております。上級騎士の方のお名前と容姿を知らぬものは少ないでしょう」
上級騎士は現在十名。その実力は他の騎士では束になってかかっても敵わない程に強い。
赤い軍服は上級騎士の制服なので、制服で相手の身分がわかるが、エルリックの名前と顔は制服を着ていなくても分かる。
なにせ上級騎士の中でも、とびぬけた美男子で有名人。
女性遍歴も華々しいものなので、話題に事欠かない男性だ。
「いやー、うれしいなぁ! こんな美人さんに知られているなんて。私の事は気軽にエルって呼んでね」
シルヴィアは一歩後ろに下がり、距離をとる。
下手に関わる方が危ない気がした。
シルヴィアの動きに、騎士であるエルリックが気づかないわけない。しかも女性の感情の機微には聡いとも聞く。
彼の瞳が一瞬細められ、値踏みするように全身を上から下まで確認していた。
そして、満足そうに笑みを浮かべると、警戒しているシルヴィアにこれ以上突っ込んでくることもなく、エルリックが手にもつ大きな籠を一つ渡してきた。
「これ、いつもの事なんだけど、色々入ってるから。今日は大きめの籠だから、君も一緒に昼食食べない?」
ずっしりとした籠の上に載っていた布をエルリックがとって見せる。
「どう? すごいでしょう? 私の家のシェフに頼んで特別に作ってもらったんだ。あ、ごめん。布取るのに籠が邪魔だったから持たせたけど、私が責任もって運ぶからね。いつもの応接室でいいかな?」
籠の中身は、男二人の分にしては多いような料理の数々。
シルヴィアが持たされたのは、肉や野菜など様々な具材の挟まれたライ麦パンのバケットや柔らかそうな白パン。ジャムやバターが数種類がぎっしりと詰まり、エルリックの持つもう一つの籠には、色鮮やかな野菜スティック、柔らかそうな燻製肉に、食べれば味が飛び出してきそうな腸詰。小ぶりの肉塊にソースが各種。
ほかにもおいしそうな料理が色合いよく並べられていた。
「あの、バンフォード様をお呼びしてきますね」
「え、そのうち下りてくるんじゃない――って言ってる側から来たね」
初めて会ったときはどすどすという足音だったが、最近はどたどたに変わった。
何がどう変わったのかこればかりは実際に聞いた人にしかわからない。
しかし、その分かる人にエルリックは入るようだった。
「なんだか少し足取り軽くなった? いつもはあの巨体が面倒くさそうにのしのし歩いてきてたから新鮮だ」
エルリックがそう評価した。
シルヴィアがこの屋敷にきてすでに一月近くが経っている。
その間に、食事を三食時間通りに食べるようになり、野菜も食べるようになった。おかげで、なんとなく体重が少し減った気がした。
特にお腹周りが。
それを本人も気づいているようで、嬉しそうに教えてくれた。
お腹周りがいくつからいくつになったと。
自分で測っているのかと、考えるとちょっとおかしかったが、笑うのは我慢した。
「ど、どうしてきたんだ! 連絡なんてなかったぞ!?」
「いつも連絡なしで来るのに、どうして今更――……ああ、彼女のため?」
おやっ、とシルヴィアがバンフォードとエルリックのやり取りを眺める。
どうやら随分親しい仲らしい。
いつも緊張してつかえる言葉が、かなり滑らかだ。というか、相手を罵倒しそうな勢いだ。
「く、来るなら連絡しろといつも言ってるだろ! じゅ、準備だってあるんだからな!? そ、それに、い、今は人を雇ってるんだから、困るだろう!」
「でも、いつも連絡しないじゃないか。それに屋敷にいつも一人だから今日も一人だと普通思うだろう? そうすると連絡するより自らやってきた方が楽なのさ」
「あ、お、お前! う、馬どうした? まさかまたそこら辺に放置してないよな!?」
「ちゃんと繋いでるさ。さすがに前回は悪かったって思ってるよ。というか、お前なんかちょっとすっきりしたか?」
毎日会っていると分からない変化も、時々会う友人にはきちんと違って見えるようだ。
「ま、まあ。少し散歩を増やしてる」
「引きこもりのお前が、散歩してるとか何かの冗談?」
「ひ、引きこもりじゃない! た、ただ出不精なだけだ!」
シルヴィアもはじめは引きこもりだと思ったが、一応部屋から出て屋敷の敷地内は好きに動いているので、厳密に言えば出不精――と言えなくもない。
ただし、日中の半分ほどは部屋で過ごしてもいるので、引きこもりと言えなくもないが。
「どっちも同じだと思うけど。ま、太りやすいお前はもっと動くべきだな。今はちょっとすっきりしてるが、油断するとすぐ肥えていくんだから」
「わ、悪かったな! ふ、太りやすいのは体質だ! ど、どうしようもないんだからな!!」
仲がいいのか悪いのか……。
相手の欠点をからかうのはただのイジメっ子の印象しかないが、愛のあるからかいなのか。
ただ、一つ言えるのは。
バンフォードの方は招かれざる客が来た、と思っていそうだという事。
「とりあえず、ご飯食べない?」
「か、帰れ!」
「うんうん、食べたら帰るから。あ、もちろん頼んだものも持って帰るから、なんだかんだ言っていつも期日前にちゃんと作ってくれてるんだろう? あ、シアちゃん、私のお茶は冷たい方がいいな」
バンフォードの意見を聞かず勝手知ったる友の家、と言った感じですたすたと籠を持って歩いていく。
その姿は、まさに騎士――という感じなのに、大ぶりの籠二つがなんとも似合っていない。
「追い出した方がいいですか?」
シルヴィアが言ってもエルリックは右から左に聞き流しそうだが、とりあえず聞いておく。
「ぼ、僕が追い出します、近寄らないように! ま、待て、エルリック!」
後ろを追いかけて慌てて走っていくバンフォードの後ろ姿を見送り、シルヴィアは厨房に向かった。
あれは、絶対追い出せないだろうなという確信のもと、お茶の必要性を感じていた。
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