6.
夜、夕食の片づけが済めば、自由時間だ。
シルヴィアは厨房の奥にあった小部屋で寝起きしている。
おそらく、もとは料理人かその手伝いが寝ていた部屋。
「はぁ……」
鬘を外すと、すっきりする。
寒いときは温かいが、やはり蒸れるのだ。
軽く水洗いし、部屋の中に干す。
そして、鬘を被るために纏めていた髪を解き、お湯でゆっくりと汚れを流した。
お湯は使い放題なので、外にあった大きな盥を持ち込んで、お湯をたっぷり張る。
髪を洗い、身体を拭っていく。
これだけでも随分さっぱりとする。
貴族の家には、一族の部屋や客室にお風呂もあるが、使用人が使えるのはお湯か水だけ。
それも圧倒的に水の方が多い。
なにせ、お湯を沸かすのには薪が必要で、お金がかかるのだ。
侍女までになると、仕える主が使ったお湯を分けてもらう事もできるが、そうでないのなら冬でも水。
それを考えると、自由にお湯の使える環境はなかなか快適のような気がした。
「本当に感謝しないと」
バンフォードは普段どうしているのか聞くと、冬はお湯を使っているらしいが、部屋にお湯を沸かすための物があるらしい。
そのため、お風呂の準備も不要だと言われたときはほっとした。
もともと、他の貴族の家ではお風呂の準備は男手の仕事だ。
お湯を持って各部屋に持っていくのだ。
女性もやらないわけではないが、この重労働は基本的に男性の仕事。なにせ、何度も往復して重いお湯を運ぶのだから。
シルヴィアはお湯と盥を片付けて、部屋のベッドに横になった。
冷たいシーツが、少しずつシルヴィアの体温になっていく。
その間に考えていたのは、今日やってきたアデリーンの事だった。
彼女の立ち居振る舞いは、まだまだ粗削りではあるが上位貴族に匹敵するものだ。
今後、さらなる研鑽を積めば、誰もが美しいと口をそろえて言うような仕草を手に入れられるはずだ。
「素直な方、可愛かったわ……。バンフォード様も、楽しそうだったし」
何一つ苦労することなく育てられた天真爛漫さがあったが、人を見下すことなく素直に助言を聞く耳も持っていた。
きっと、ご両親の教育がいいのだろう。
それを考えると、どうして父と叔父はあんなにも性格が違うのか不思議だった。
同じ両親、同じ教え――……。
確かに父親は次期子爵として生を受けた後継者。
そのため、特殊な教育も施されたのかもしれない。
「やめよう……もうすぐあの人とも正式に縁が切れるんだもの」
成人したら、貴族籍を抜き自由になる。
それだけが今のシルヴィアの夢だった。
ようやく、もうすぐ夢がかなう。そうしたら、シルヴィアを助けてくれた人たちにもっと恩返しをするのだと、決めていた。
オリヴィアを筆頭に、家政ギルドのギルド員たち。
一緒にご飯を食べる仲間。
身分を偽って付き合っていることに罪悪感があった。
嘘をついているようで、いたたまれないが、それももうすぐ終わりだ。
「早く、半年たたないかな……」
指折り数えて、その日を待つ。
目を閉じて、布団の中にもぐりこんだ。
そして、しばらくするとゆっくりと夢の中に引き込まれていく。
明日は何を作ろうか――……そんな事を夢うつつに考えていると、突然がしゃーん! とものすごい音が聞こえてきて、シルヴィアは飛び起きた。
「な、なに!?」
うとうとしていた時だっただけに、心臓がバクバクと音を立て、顔が引きつる。
「ま、まさか、ど、泥棒?」
胸元をぎゅっと握り、厨房につながる扉を見た。
厨房は外につながる扉があるが、そこはしっかり施錠した記憶がある。
しかし、もし鍵をこじ開けられていたら?
いや、それよりも厨房には様々なものが置いてある。
見る人が見なければ分からないが、食器棚には高価な食器もいくつか置いてあるのだ。
「ど、どうしたら……」
この部屋にも鍵はあり、寝るときは鬘をとった無防備な姿なので、しっかり鍵をかけている。
まさか、ここまで来たりしないよね、と声を殺して、ゆっくりと扉に近寄り耳を澄ます。
すると、何やらうめき声が聞こえてきて、やはり誰かいるのだと分かった。
よろりと、身体がふらつくが、高価な食器を管理するのも雇われているシルヴィアの仕事。
怯んでいる場合じゃない。
もし高価な食器を盗まれでもしたら弁償が――。
お金の事がぐるぐると脳裏をめぐり、部屋の中を見回す。
そして、目に着いたのは長細い棒。
服をかけておくのに便利かと思って、外にあった物干し竿の短いものを部屋の中に入れておいた。
ぐっとそれを掴み、シルヴィアは音を立てないように慎重に扉を開けた。
厨房は暗いはずなのに、一点だけ明かりがともっている。
その時点で、ん? と眉を顰めた。普通泥棒が、明かりなんてつけるだろうかと。
しかも、小さく声も聞こえる。
そうしよう……とか、怒られる……とかぶつぶつと。
シルヴィアは、目を閉じ何も見なかったことにしようかと思った。
しかし、ここまで目撃して、何もしない方が気持ちよく寝れない。
シルヴィアはわざと足音を立てずに近づく。作業台の陰に隠れている、大きな身体。
シルヴィアに気づいていないのか、それとも慌てているのか、この屋敷の主バンフォードは、落として割れている陶器を拾おうとしていた。
とりあえず、この一連の出来事で、バンフォードが何をしようとしていたのか理解して、頭を軽く押さえ、声をかけた。
その声が思ったより低かったのは、きっと気のせい。
「バンフォード様……何をされているんですか?」
「うわぁぁぁ!!」
叫び声をあげ、ぎょっとしたように後ろを振り返るバンフォードの瞳が、怯えで暗く淀んだ。
しかし、相手がシルヴィアだと分かると、瞳が今度は驚くように見開かれた。
その変化に、シルヴィアが相手の瞳をまじまじと見た。
「あ、ああ、あの……」
視線をそらせるバンフォードは、子供の様に後ろにある壊れた何かを隠そうとしている。
「すごい音を立てていたので、隠しても無駄ですよ?」
眠る間際に妨害されて、シルヴィアの笑みが深くなった。
口角をあげて笑う様子に、バンフォードが引きつった。
「い、いい、一体、どこに……」
「わたしはあそこで寝ています。厨房に近く朝の準備が楽だと判断したので」
シルヴィアの指の先を見て、さらに気まずい様子だ。
「……す、すす、すみませ――……」
「もう、いいですから。これ片付けましょう」
隣に座って、陶器を拾おうとすると、バンフォードも一緒になって拾い始めた。
なぜかちらちらと視線を感じたが、気にせず小さな破片を拾うと、纏めていない髪が肩から滑り落ち、その時ようやく自分が鬘を被っていないことに気づいた。
どうりで、はじめに怯えられ、今は見られているはずだ。
一瞬指が震え、破片を間違えて持ち上げた。
その瞬間、痛みで手を引き、かちゃんと破片が再び床に音を立てて落ちた。
ぷくりと血が盛り上がってきているのに、シルヴィアは金縛りにあったかのように動けない。
気まずい沈黙を先に破ったのは、驚いた事にバンフォードの方だった。
「け、けけ、怪我を……、ち、ちち、治療しましょう……」
「はい……」
情けない声が零れたシルヴィアを、バンフォードが気遣う様に、腕で支えて立たせてくれた。
その後、ポケットから布を取り出して、怪我をした指にぐるぐると巻き付けられた。
何も聞いてこないバンフォードに少しだけ感謝し、騙していた事を知られて、罪悪感が湧く。
唇をかみしめて引き結び、髪で顔を隠しているシルヴィアは、バンフォードがその様子をずっと見ていたことを知らなかった。
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