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3.

 ゆっくりお茶を味わっている少女は、シルヴィアとそんなに離れている感じがしないので、おそらく十五歳くらいだ。

バンフォードの後ろに立っているシルヴィアは、バンフォードの対面に座っている少女をじっくりと眺めた。

 

 気品があるが、少し動きが雑にも感じる。


「叔父様、そんなに気落ちしないでよ。わたしが悪かったから」

「う……、うう……、も、もも、もう婿にも行けない……」

「何、女みたいな事言ってるのよ。女々しいじゃない。そもそも、男は圧倒的に嫁を貰う立場でしょう」


 その通りだが、とりあえず一応加害者であるシルヴィアが再び謝罪する。


「あ、あの……本当に申し訳なく思います。もしバンフォード様がいやなら、すぐにでも出ていきますが……」

「シ、シシ、シアさんのせいでは……」

「そうそう、シアのせいじゃないわ」


 シレっと答える少女――アデリーンに、バンフォードが少しだけ覗く紫の瞳で睨んだ。


「そ、そそ、そもそも、アデリーン、どうして来たんだ! お、おお、叔父上は知っているのか?」


 かちゃりと音を立て、カップを皿に戻すとアデリーンは、ふんと笑った。


「知るわけないじゃない。叔父様のところ行くって言ったら、絶対小言を言われるわ」

「そ、そそ、それは当たり前だろ!」


 そんなに関係がこじれているのかこの親族は、とちょっとバンフォードがかわいそうになった。

 叔父様――と呼んでいることから、彼女の父親はバンフォードの兄弟にあたる。


「お、おお、お前はいつもアカデミーの課題を、ぼ、ぼぼ、僕に押し付けるから!」

「別に断ってくれてもいいのよ。叔父様がやってくれるというから、お願いしているだけだもの」


 それが本当なら、彼女の父君も文句の一つは言うだろう。


「そ、そそ、それから、お、おお、叔父様はやめろって、あ、ああ、あれほど!」

「仕方ないのよ、叔父――いえ、お兄様。だって、お兄様がお父様を叔父様って言っているの聞いているうちに固定化されちゃって……、まあ、気を付けるわ。あら、もしかしてシアはお兄様の事あまり知らないの?」


 不思議そうに、話しを聞いていたシルヴィアに気づいたアデリーンが、ふふふと笑う。


「そう、知らないんだ。まあ、簡単に言うと、わたしのお父様とお兄様が、叔父と甥の関係で、わたしとお兄様が従兄妹同士なの」


 とても簡単にアデリーンがまとめた。


「ね、ところであなたいくつ? わたしとあまり変わらなそうだけど……」

「十七です。今年十八になります」

「へー! じゃあわたしの三つ上、叔父――いえ、お兄様の七歳下なのね」

「え?」

「え?」


 お互い、初めて知った事実に、シルヴィアとバンフォードの疑問符が揃って出た。

 それを聞いたアデリーンが再び声を上げて笑った。


「あははは、やだ。二人ともお互いの年齢知らなかったの? 普通お互いの事話すのに年齢って話題に出ない? ……あ、お兄様とは無理か――……」

「う、うう、うるさいな!」


 バンフォードと互いの事を話すことは少ない。

 向こうも聞いてこないし、シルヴィアも聞かないからだ。


 シルヴィアが貴族だということ以外は隠していないが、聞かれもしないのに自分の事を話す必要性もなかった。

 社交性に乏しいバンフォードならなおさら自分を語らないし、話題もあまり振ってこない。


「ところで、本当にあなた何者? 使用人ギルドの人なの? あ、あそこは登録するのに成人越えていることが必須だったっけ?」

「昔はそうだったみたいですが、今は小さい頃から教育したほうがいいという流れにあって、見習いならば十五歳から登録できます」


 家政ギルドもそうだ。

 人の家に出入りするから、それなりに常識のある年齢じゃないとすぐにトラブルに発展してしまう。

 そのため、十五歳ならばそれなりに常識を身に着けているだろうという事で、登録可能になる。

 もちろん、同じ十五歳でも色々性格が違ければ考え方も違う。

 しかし、それを仕事先で出さないように訓練される。もちろん。これは新人ギルド員全員に言えることだが、若ければ若い方が覚えがいいのも事実だった。


「そうなのね、知らなかったわ。じゃあ結局ギルドの人? お兄様が自分で声をかけて引っ張ってくるなんて考えられないし」

「ど、どど、どうしてそう、い、いい、言い切れるんだ」

「それ、本気で言ってるの?」


 呆れた様子のアデリーンに、シルヴィアが目を伏せて同意した。

 こんな様子では、街中で人に声をかけるなんて芸当出来そうにない。

 アデリーンの一言で落ち込んだバンフォードを無視して、彼女が再び尋ねてきた。


「で、どうなの?」

「わたしは家政ギルドのギルド員です」

「家政ギルド? 知らないわ。そんなギルドあるの?」

「はい、平民を対象にした使用人ギルドとでも言えばいいでしょうか」


 使用人ギルドに関してはそこそこ知名度はあるが、家政ギルドに関しては貴族の間でも一部の人しか知らない。

 一時的に人が必要だからと雇うのを決めるのはその家の主人格だが、実際に依頼を出すのは使用人の仕事だからだ。

 

 貴族の中でも下位の方には知られているが、中位から上位の存在にはあまり知られていなかったりする。


「今時は平民でも使用人を雇う時代だもの。お金があるなら使わなくっちゃよね」


 家政ギルドで働いているシルヴィアを馬鹿にすることなく、アデリーンはにこりと微笑む。

 貴族令嬢は自ら働くことが卑しいと思っている。

 そのため、使用人を見下す傾向にあるが、彼女は違うらしい。


 きっと、屋敷の使用人にとってもよい主なのだろう。

 そういう面でも、少しバンフォードに似ていた。


「ところで、話が変わったけど、課題お願い! もうすぐ新学期なのに計算問題がすごくたくさんあるの! 終わらなかったらお父様にすごく怒られるのよ!」

「じ、じじ、自業自得だ」

「ね、お願い! 一生のお願いだから、お兄様!!」


 キラキラと涙を浮かべながらお願いする姿は、素晴らしく庇護欲を誘う。

 バンフォードも、うっ、と言葉に詰まっていた。


 可愛い従妹で、しかも年の離れた妹分。

 可愛く必死におねだりされたら、ただでさえ色々と免疫のなさそうなバンフォードは、陥落しそうだ。


「少しでいいの! これだけだから!!」


 そう言って鞄から取り出したのは、五冊のノート。

 いや、これ絶対計算問題だけじゃないだろうと思うのは、シルヴィアだけなのか。


「だ、だだ、だめ――」

「お兄様……」


 押しがすごい。そして、押しに弱い。知っていたが。

 今にも引き受けそうなほどに気持ちが揺らいできているバンフォード。

シルヴィアは、二人に気づかれないようにこっそり小さくため息をついたあと、はっきりと言った。


「いけません、お嬢様」


 自分の背後から聞こえてきた味方の声に、バンフォードが振り返る。


「これは、ご自身でやってこそ力になるものです。バンフォード様も、甘い顔で誘惑されないでください」

「す、すす、すみませ――」

「ちょっと! 勝手に話に入ってこないでよ」


 引き受けてくれそうだったバンフォードが手をノートから引いたのを見て、アデリーンがふくれっ面でシルヴィアを睨んだ。


「ですが、これはアデリーン様の義務でございます」

「うるさいわね。義務? 課題が? ただの嫌がらせよ。学んだって、どうせ大人になったら使わない知識ばかりなのに」

「そうでしょうか?」


 シルヴィアが一番上にあったノートを取り、パラパラと中を見ていく。

 計算問題の他にも、文章問題がある。

 一見、これが将来どう役に立つか分からない。

 だが、その意図は少しだけ分かる。


「例えば、これですが――」


 すっ、とページを開いて見せる。

 するとバンフォードとアデリーンが二人ともその課題のノートをのぞき込んだ。



 

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