初めての梅酒記念日
副題:梅酒が漬かるのをただ楽しみにするだけの話
梅雨の晴れ間に、梅の実が宝石のように輝いている。この梅で、私は初めての梅酒を漬けるんだ。
田舎のおばあちゃんの家には、大人の背よりも大きい梅の木が生えている。花を見る機会はないけれど、子供の頃から家族が自家製の梅酒を飲むところをよく見ていた。よくとは言っても、お盆かお正月だけだけれど。
大人になってから、私もこの梅酒を飲むようになった。ほかのどのお酒よりも美味しく感じるのは、小さい頃のそんな思い出が原因なのかな。
この前のお正月にそんな話をしたら、何でもないようにおばあちゃんが言ったんだ。
「そんなら今年の梅酒は、あんたが漬けて持っていくかい?」
気づけば私は頷いていた。
そして今。私は金網みたいに大きなざるを抱えて、真下から梅を見上げている。葉っぱの隙間に日の光がキラキラ光ってる。
「たくさん生っとるだろ~」
おばあちゃんが、家の窓からこちらを眺めて言う。
「おばあちゃん、どれから取ろう!?」
「そんなん目につくところから摘めばいい。ぜんぶ摘んでしまいな、悪い実は後から除くから」
「分かった!!」
改めて梅を見上げ、真上に生っている実に手を伸ばす。思っていたよりも大きなその実は、摘んだ後もやっぱり輝いていて。大事に大事に、ざるの中央に置く。それから1時間もかけて、すべての実をひとつずつ摘んでは、ざるの中に置いていった。
「お疲れさま~。暑かったろ、お茶飲みな」
ざるいっぱいの実を抱えて戻ると、おばあちゃんは麦茶を用意してくれていた。ボウルへざるを重ね、一息つく。半分も飲んだら、頭がキンキンしてきた。
私が麦茶を飲み干すちょっとの隙に、おばあちゃんはざるを持って、梅の実を洗ってしまう。
「あっ、おばあちゃん! 行動が早いよ!! 重かったでしょう?」
「まぁ、毎年やってることだからねぇ。次はきちんとやってもらうよ、ヘタを取るから」
爪楊枝を持って戻ってくると、おばあちゃんは私の隣で、梅の実の、木とくっついていた部分をくるりとほじる。面白いように、コマみたいな形のヘタが浮いては、下に敷いたティッシュに落ちていく。
さっそく私もやってみる。ヘタのところに楊枝を突き刺して、くるり。ヘタはその場に残ったまま、えぐれておしまい。何かがおかしい。別のところに突き刺す。やっぱりえぐれる。おばあちゃんの手元を見てみると、ヘタのふちに引っ掛け、くり抜くように手を動かしていた。
もう、そこからは面白い。
くりん、くりんと、気持ちいいくらいきれいにヘタが取れていく。気が付けば、すべての実からヘタを取り終えていた。
「さぁ、仕上げだよ」
水気を取った実を、潰さないように丁寧に瓶の中へと入れていく。コロン、コロン、実の転がる音が涼やかで、耳に楽しい。
次は氷砂糖。これも実をつぶさないように、そーっと掴み入れていく。てのひらが砂糖のかけらで真っ白になった。
最後はお酒。『ホワイトリカー』が何かは分からないけれど、トク、トク、と紙パックから瓶へと注ぎ入れていく。
これでおしまい。
「あとは3ヶ月くらい、じっくり待つんだねぇ」
「えっ、今年のうちに飲めるんだ!?」
「うん、3ヶ月も漬ければ十分美味しく飲めるよ。まぁ、うちにある10年来の味には負けるけどね」
おばあちゃんが、可愛らしくウィンクしてきた。
瓶へと目がひきつけられる。
さっそく溶けはじめた氷砂糖が、陽炎のように揺れている。
あと3ヶ月。初めて漬けた私の梅酒が、あと3ヶ月で飲めるようになる。その頃には夏も終わって、秋物の服を着ていたりするのかな。セミももう居なくなってるにちがいない。この梅酒はどんな色になるんだろう。おばあちゃんちの梅酒みたく甘い香りがするのかな。
今から楽しみで仕方ない!!
おばあちゃんに向き直る。
「おばあちゃん、一緒に作ってくれてありがとう。今日は私の家に持って帰るけど、十分漬かったら一緒に開けて飲もうね! 持ってくるから!!」
「分かったよ。いつにしようかね? 今からカレンダーに書いておこうかねぇ。初めての梅酒記念日ってね」