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第二話「ボツ前提の捨て企画?」

「……え、(あや)ちゃんってチームをクビになったの!?」


 クビになった日の午後のこと。

 休憩室で抱き枕をかかえてたとき、同期入社の真宵(まよい)くんに声をかけられた。

 彼はゲームの内容を考える『プランナー』だ。

 入社して一年が経つけど、私たちは相変わらず仲良く交流している。


 真宵くんは心配そうな顔で私を見るや、自動販売機のコーヒーを差し出しながら私の隣の椅子に腰かけた。

 クビになった時の事を説明すると、彼は口をあんぐりと開けて驚く。


「彩ちゃんの席に別の人が座ってるから『異常事態だ!』って思ってたけど、そんなことになってるとは……」

「うん、困ったよ~。いきなり変な絵になったら、お客さんがガッカリするなぁ……」


「最初に心配するのって、そこ? 自分のことは?」

「え? だってお客さんのこと以上に大事なことってある?」


「……。うん、まあそうなんだけどね。ちなみに、今はどこに席があるの?」

「キャリア開発室だよ~。人事の人に案内されたの」


 宙を見上げながら『キャリア開発室』に席を移した時のことを思い出す。

 理由はわからないけど、妙に暗い空気が漂っていた。

 すでにいる何人かに挨拶しても返事が返ってこなかったので、みんなすごく恥ずかしがり屋なのかもしれない。


 キャリア開発室はなぜか倉庫の中にあって、なぜかパソコンもなかった。

 あれだと何もできないんだけど、どうやって仕事をするんだろう。


 不思議に思っていると、真宵くんは「あちゃーっ」と言いながら顔を覆ってしまった。


「彩ちゃん……そこって通称『追い出し部屋』だよ……」

「んん? どういうこと?」


「そもそも、うちの会社には表向きには『キャリア開発室』なんて部署は存在しないんだよ!」

「へぇ、そうなんだ?」


「あああ~~! 彩ちゃんって、絵を描くこと以外に興味なさすぎ! 組織図ぐらい、把握しておこうよ!」

「事務書類って、開くだけで眠くなるんだよね」


「……とにかくクビにしたい人を集めて、自分から『辞めたいです』って言わせるための部屋が『追い出し部屋』なんだよ。何も仕事が与えられず、何の情報も得られず、自主退職に追い詰める部屋なんだ……」


 そう言われて思い出すと、確かに仕事の指示はおろか部署の説明ももらえてない。

 やることがないから、仕方なく休憩室で抱き枕をかかえていたぐらいなのだ。


「絵の仕事がないのは困るなぁ……」

「はぁぁ……。話を聞いてるだけで頭が痛くなってくるよ」

「真宵くん、頭が痛いなら医務室に行く?」


「ああ~~もう! 誰のことを心配してるかわかってる? こんな神絵師をクビにしようだなんて、馬鹿らしいから怒ってるんじゃないか~」

「神絵師?」


「彩ちゃんのことだよ! プライベートの作品を見せれば、だれでも絶賛するに決まってるのに!」

「いやいや、無理言っちゃだめだよ~。会社の人にバレたくない……」


 実は私、『イロドリ』というペンネームのイラストレーターとして活動していたのだ。……この会社に入るまでは。

 ライトノベルのイラストを担当したこともあって、それなりに仕事ももらえてた。

 だけど憧れのクリエイターと一緒に仕事がしたくって、こうしてゲーム会社に就職を決めたというわけだ。

 ちなみに個人の活動のことは会社に秘密だ。

 現在進行形でやってないとはいえ、あまり目立ちたくなかったのだ。


「う~ん。……それもそうだよね。ネット上の彩ちゃんって、なんていうか……わりとキャラが違うし」

「えへへ……。なんていうか、男性イラストレーターっていうことにしてるしね」


「うんうん。昔からファンだった僕が言うのもなんだけど、自分でも彩ちゃんがイロドリ先生だとよく見抜けたなって思うし。それだけ少年心をつかんでるのは凄いよ。自分から言わない限り、バレないかもねぇ」

「えへへ。心の中の少年が活発なだけなんだよ~」


 なんというか、私は昔から好みや趣味が男の子向けに偏っているのだ。

 現実ではどうしても女性として扱われるけど、ネットだとそういうフィルターを外して活動できるので楽だった。



「とにかくね。さすがにチームを追い出すのは酷いって、僕は思うわけだよ! うちのチームに入れてもらえるように頼んでみる!」


 真宵くんはスマホを耳に当てると、誰かと話し始める。

 彼はいつも親身になってくれて本当にいい人だ。彼が同期でよかったと、心から思うのだった。


 だけど電話相手との話はどうもうまくいってないらしく、落ち込んだ表情で彼は電話を切る。


「……ごめん。神野組は入れられないって言われちゃった……。うちのチームも、ボスは碇部長だしなぁ……」

「神野組……。そういえばそれって、どういうこと?」


 部長さんが立ち去るときの一言を思い出した。


「彩ちゃんって去年まで、あの伝説の神野ディレクターのチームにいたでしょ?」

「うん。ハイクオリティを目指してこだわって作ってて、職人魂を感じたなぁ……」


「あの伝説のチームが『神野組』って呼ばれてるんだけど、最新作はヒットしても、かけすぎた予算を回収しきれなくて。だから今年度の組織改編でチームが解体され、神野さんは追い出されちゃったってわけなんだ。……さすがに在籍してたんだから、知ってる……よね?」

「はぁ~それが原因だったんだ……」


「オーケー、オーケー。彩ちゃんは仙人みたいな人だからしかたない」

「むむぅ、真宵くんまで! それって親にもよく言われてることだよー」


「……とにかくね、そのせいでウチの会社も傾きかけたわけで、『神野組の残党』は『こだわるばかりの金食い虫』って厄介者扱いされてるんだよ」


 だから部長さんも『神野組は一掃すべき』なんて言ってたのか。

 当時は本当にただの新人としてチームのはじっこにいただけなんだけど、それでも恨まれてるのかぁ。

 私が泊まり込みで残業してたのは『こだわり』以前に『素人目にみても出来が悪い』から直してただけなんだけど、部長さんの冷たい態度の理由はなんとなくわかった気がした。

 なんていうか、すっごい偏見だと思う!



 その時、すぐ近くからどす黒いオーラのようなものが漂ってきた。


「なんだ夜住くん。仕事もないのに出社するなんて、給料泥棒ってやつじゃぁないか?」


 唐突に声をかけられて顔を上げると、自動販売機の前に部長さんが立っていた。

 私たちの方に薄笑いを向けてくる。


「社内ニートなんてなりたくないねぇ。もし俺がそうなったら、会社にはいられないなぁ」

「部長、さすがにちょっと言いすぎです」

「なんだ真宵。お前はサボってる場合か? 企画書ぐらい、ちゃちゃっと提出しろよ。じゃあな」


 部長さんは真宵くんを一瞥(いちべつ)すると、鼻歌交じりに立ち去っていく。

 真宵くんは……一瞬で表情が暗くよどんでしまった。



「元気ない? 抱き枕、だいてみる?」

「い、いや。さすがに遠慮しておくよ。それに彩ちゃんにとっての抱き枕って、命綱だし」

「それは言い過ぎ……でもないかも」


 私は抱き枕をだいてるだけで安心する人間。

 推しキャラがくれる勇気と元気が、現実世界の私を動かす原動力なのだ。

 もし手放したとすれば……無口なネガティブ無気力人間になってしまう。

 さすがに通勤中は抱き枕に頼るわけにはいかないので、仕事があろうとなかろうと、抱き枕と一緒にいられる職場は安心できるのだった。


 真宵くんは私との会話で少し緊張が解けたのか、話し始めてくれる。


「……実は新しいゲームの企画書を書いてるんだ」

「新しい企画! いいな、楽しそう。任せられるなんて凄いねえ~」


 企画書と聞いて、私も心がウズウズしてくる。

 うちの会社は続編物ばかりの印象だったので、新しいゲームというだけで新鮮だった。


「凄くないよ。……捨てる予定の企画書を作るんだ。モチベ、あがんないよ……」

「捨てる……予定(・・)?」


「うん。本命の企画を通すために、わざとボツの企画書を作るんだよ。ひとつの案の良し悪しを論じるより、複数を比較したほうが本命が選ばれやすいってことなんだ。……それにしても、わざとダメなゲーム企画をつくるなんて、拷問だよ……」


「……本命の企画って、誰がつくるんだい?」

「部長……だよ」


 真宵くんは辛そうに顔をゆがませ、いつまでもため息を吐きだすのだった。



 モノづくりは最高に楽しい仕事のはずなのに、なんでこんな辛い思いをしないといけないんだろう。

 そう思った時、いつの間にか私は立ち上がっていた。


「真宵くんが面白いって思うものを、本気で作ってみようよ!」


 ビックリした顔の真宵くんに向かい合い、思いが口から飛び出していく。


「複数の企画で競い合うっていうやり方自体は、とってもいいと思うんだよ。でも部長さんのは八百長(やおちょう)試合みたいで、なんかカッコ悪くないかな? 企画を通すことが目的になってて、お客さんに楽しんでもらう意識が抜けてると思う」

「彩……ちゃん?」


「企画づくり、手伝っていいかな? 面白いと思えるものをちゃんと作って、私たちで本命企画を倒しちゃおうよ! ……そのぐらいの気持ちでぶつかり合わないと、いいものが生まれるわけがない。それに『楽しさ』に向き合えれば、真宵くんも元気になれると思う!」


 そう、お客さんのことを第一に考えるべきなのだ。

 それが『遊び』を作り出す者にとって大事だし、後ろ向きの気持ちでは『楽しさ』を生み出せない。

 ボツ前提の捨て企画?

 そんなのチャンスに変えればいい!



 でも真宵くんはというと、冴えない顔で頭を振るばかりだ。


「……ありがとう。でも無理だよ。捨て企画になってるかどうかチェックされるし、本気の企画をつくるにしても余裕が……」

「じゃあ捨て企画と本気企画のどちらも作ろう!」


「でも時間が……」

「私が絵を描くし、アイデアも出すし、捨て企画をつくるのだってやるよ!」


 言いかけた真宵くんを私はさえぎる。

 言い訳する時間があれば、動いたほうが何倍もいいに決まってる!


「ほーらここに、時間とパワーが有り余ってるデザイナーがいるのだよ! 追い出し部屋なら、こっそり作るのにもちょうどいいし!」


 私がヒマになってしまったのも、今日ここで真宵くんとお話したのも、きっと運命なのだ。

 せっかく監視の目がない『キャリア開発室(追い出し部屋)』に異動になったんだから、この状況を利用しない手はない。

 パソコンがなくっても、紙とペンがあれば絵が描ける。

 私を止めることなんてできないのだ。

 モノづくりこそが私の生きがいなのだから――。

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