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第十二話「タイムリミット 3(終)」

「ふひゃあぁぁっ!?」


 血みどろの怪獣バトルに巻き込まれて、私は跳び起きた。



 額をぬぐうと汗でじっとりと濡れている。

 暗闇の中で目を凝らすと、非常灯のかすかな明かりに事務机が照らされていた。


 ああ……ここは私、夜住(やすみ) 彩の今の職場。

 真夜中のキャリア開発室(追い出し部屋)だ。


「はぁっはぁっ……。夢……かぁ……」


 腕時計のバックライトをつけると、時計の針は午前四時を示している。

 中途半端な時間に起きてしまったみたいだ。


「やけにリアルな夢だったなぁ……。なんだろ。怖い悪魔やバトルの絵ばっかり描いてたからかなぁ……」


 いや、それだけじゃない。

 目覚めてしまった理由は自分でも分かってる。

 ――不安なんだ。

 いま描いてる絵が本当に合って(・・・)いるのかと。



 絵を一枚描くのは簡単なことじゃない。

 アイデアをいくつもひねり出し、ピンとくる形をさぐり、何枚も何枚もスケッチを重ねる。

 そして膨大な試行錯誤の上に浮かび上がってきたデザインを、今度は魅力的に見せられるよう線を描き、彩を与えていく。


 しかも今はタイムリミットが迫る中、一枚の失敗も許されない。

 なるべく冷静でいようとしてるけど、精神は確実に削られているみたいだ。



 真宵くんは私を「凄い」と言ってくれるけど、全然そんなことない。

 不安でたまらないから抱き枕に頼ってるだけだし、こうやって夜中に目を覚ますと、井張さんのチームの頃を思い出してしまう。


 助けを求めても、ただの一度も手を差し伸べられなかった。

 来る日も来る日も机の下で寝泊まりして、『お客さんが待ってる』という気持ちだけで動き続ける。

 リーダーの井張さんはまともに相手してくれなくて、頑張った果てには部長さんに追い出されてしまった。

 この真っ暗闇は、きっと私の心そのものなのだ。



「本当に部長さんに勝てるのかな……。もしダメなら、もう……」


「んにゃ~。彩ちゃんは、絶対に勝つ……んにゃ~」

「ふぇ? 真宵くん、起きてるの!?」

「二人なら……無敵……んごごごご……」


 どうも様子がおかしいので様子を見に行くと、それは真宵くんの寝言だった。



 絶対に勝つ。

 二人なら無敵。

 ……寝言だとしても嬉しい言葉だ。


「……真宵くん、ありがとう」


 彼を起こさないように、小さくお礼を言った。


 そうだね。今の私は一人ではないんだ。

 共に夢を見てくれる彼がいる。

 その事実を噛みしめると、勇気が湧いてくるようだった。

 ……うん。明日こそ頑張ろう。



 ところで今が午前四時なら、守衛さんはそろそろ見回りに来るはず。

 以前の私は泊まり込みの常連者だったので、守衛さんの見回り時間を把握していた。

 見つかるわけにいかないので、机の下、なるべく奥に隠れて眠ろう。


「彩ちゃ~ん」

「ふぇっ!?」

「ぶちょーきらい……。んが。嫌いなんにゃ~むにゃ」

「わ、分かったから静かにしよっ?」

「彩ちゃんなら、なんでも、んご、できる……んがが」

「真宵くん。気持ちは嬉しいけど、もうだまってぇぇ~」


 ふぇぇ……どうしよう。

 真宵くんの寝言が止まらない。

 守衛さんに見つかっちゃう!


 何とか黙らせる方法はないかと近寄って、そして驚いた。

 寝言を言いながら、机の下からゴロンゴロンと飛び出してきたのだ。

 なんて寝相が悪いんだろう!


 押し戻そうとしても私の手を振り払う。

 そして寝言が全然止まらない。


「彩ちゃん彩ちゃん彩ちゃ~ん」

「はいはい、分かったから静かにしようね」


「んがっ……。僕、頑張る……んぐぐ。……ちょう! ガンバルっから!」

「ダメだあぁぁぁ」



 その時、廊下の方から音が聞こえてきた。

 カツン……カツン……。響く足音。

 守衛さんの見回りだった。


 とにかく真宵くんを机の下に押し込もう。

 私は思いっきり彼の体を押し転がす。


「んにゃ~部長、押すにゃ~。女神は僕が守るんにゃ~~むにゃむにゃむにゃ」

「はいはい、ゲームの話は起きてからしようねっ」


 彼の体を奥に押し詰めて、思い切って真宵くんの口をふさぐ!

 そのタイミングと全く同時に、扉が開け放たれたのだった。



 ゆらゆらと動く懐中電灯の光、見覚えのある帽子。

 やっぱり守衛さんだ。


 そして私は自分の状況に絶望する。

 真宵くんを机の下に押し込んだのはいいけど、私自身は目立つ通路の真っただ中。

 身を隠せるものもないし、真宵くんの口から手を離せば、また寝言が始まってしまう。



 どこか、どこか隠れる場所はないの!?

 ――その時、私の目に飛び込んできたのは抱き枕だった。


 枕の中身を一気に引き抜いて、すかさずカバーの中に潜り込む。

 片手は忘れずに真宵くんの口をふさいだまま。

 そして体の凹凸が見えないように形を整える。


 私が――私が抱き枕になるんだっ!!



   ◇ ◇ ◇



「……なんだ、抱き枕が転がってるだけか。……って、なるか~っ!!」


 守衛のおじさんの声が響く。


 ……結果から言うと、バレた。

 当たり前だよね。わかってた。

 懐中電灯で照らされるなか、私は恐る恐る顔を出す。



 だけど、いつまでも怒られることはなかった。

 守衛のおじさんは私の顔をまじまじと覗き込んでくる。


「おや、君は夜住(やすみ)さんでしょ?」

「な……名前、覚えてもらえてたんですか?」


「いつも夜遅くまで頑張ってるからねぇ~。……でも、この部屋の人って残業していいんだっけ?」

「ふぇぇ……ナイショにしてもらえませんかっ? バレると私、大変なことになっちゃうんです~」


 必死に頭を下げる私。

 すると、守衛のおじさんはとっても優しそうに笑った。


「ははは。なにか事情があるんだろ? もちろんいいとも!」

「え、いいの?」


「ああ。素敵な絵描きさんに頼まれたらダメとは言えないからね。実はおじさん、君の絵のファンなんだよ」

「……ファン?」


「いやぁ……本当は皆さんのお仕事を見てちゃダメなんだけど、君の絵は自然と吸い寄せられる魔力のようなものがあるのかな。いつの間にか目に入ってたんだ」


 ……そうだったんだ。

 確かに夜中の見回りで会った時はお互いに会釈していたけど、そこまで見られてたとは思わなかった。


「ところで、残業は長く続きそうなのかい?」

「今週中が山場なので、できれば泊まり込みを……」

「うんうん。わかったよ。ぜ~ったいに他言しないから、頑張るんだよ!」


 ……なんて嬉しいんだろう。

 この感謝は絶対に忘れない。



「……そういえば夜住さん。その格好は何かの遊び……かな?」

「ふぇ?」

「抱き枕……カバー? ……ああ、うん。なるほどなるほど。……疲れると色々ハジけたくなるもんね。うんうん、わかるよ。ぜ~ったいに他言しないから、元気になってね!」


 守衛のおじさんは苦笑いをして去っていった。


 ……そうだ、私って抱き枕になってたんだ。

 うぅ……。恥ずかしいよぉ。

 見られた事実は絶対に忘れよう……。



「あれ? ……なんか、思いついたよ?」


 急にピン(・・)ときた。

 いま作っているゲーム企画は『魔法使いを操作するアクションゲーム』

 そして魔法使いと言えば『魔法陣』だ……。

 

 何の前触れもなく魔法が使えるんじゃなくって、空中に『魔法陣』を描いてから魔法を使えることにしよう。

 そして、その魔法陣が『しばらく空中に残る』ことにすればどうだろう?

 自分自身や自分の魔法が『残っている魔法陣』を通り抜けた時、『すっごく強化される』ことにすればどうだろう?


 魔法の強化のために自分で魔法陣を準備してもいいし、味方に準備してもらってもいい。

 そして、見ず知らずの他プレイヤーの魔法陣を利用しちゃってもいいわけだ。

 ……これこそ『協力でもあり、味方を踏み台にもできる』というアイデアに繋がらないだろうか?



 なんで急にピン(・・)ときたのかって?

 私が今まさにそんな状態なのだから。

 『抱き枕(魔法陣)』を通り抜けようとしている『(魔法使い)』!

 うん、間違いない!



 ……のちに振り返った時、この真夜中のテンションと意味不明な発想を恥ずかしく思うようになる。

 だけどこの時は「すごいぞ私っ!」ってノリノリだった。

 アイデアというものは、時として疲れた頭に宿るのかもしれないね――。



   ◇ ◇ ◇



 あくる日の朝、私は真宵くんに両手を握りしめられてた。

 夜中に思いついたアイデアを披露したところ、感激して我を忘れたようだ。


「ありがとう、ありがとう彩ちゃん! なんか行けそうな気がする!」


 真宵くんの少年のような笑顔を見るだけで、なんだか照れてしまう。

 二人なら無敵。

 彼の寝言を思い出し、胸がくすぐったくなってしまった。

 お礼を言うならこっちの方だ。

 夜中の憂鬱な気分を解きほぐしてくれたのは、まぎれもない真宵くんだったのだから。



「これは今日、企画がまとまっちゃうかもしれないな……」


 興奮した真宵くんは、おもむろに立ち上がり、ブツブツとつぶやきながらウロウロと歩き始める。


「うんうん、やっぱり面白そう。ソロで自由にプレイもできるし、味方用に魔法陣をつくるサポートプレイもできる。そして魔力の消費を抑えつつ強力な攻撃を続けるテクニカルプレイもできるわけか……」


「えへへ。真宵くんをお手伝いできて良かったよ~」


「……だったら、魔法の強さにリスクとリターンのバランスがあってもいいな。強い魔法ほど魔法陣が大きく且つ消えにくくなって、他人に利用されやすくなる。弱い魔法は利用されにくいけど弱いまま。……ああ、でもそれだと、踏み台にされたくない人は弱い魔法しか使わなくなって地味なゲームになっちゃうな。……むしろ逆か? 小さい魔法陣を狙うのは難しいから、成功すると強化率がグンと伸びる。ちょっとこのあたりは詳しく検討しないとな……」


「あれ、真宵くん? お~いお~い」


 ダメだぁ。

 没頭しすぎて声が届いてないみたい。

 でも迷いが消えた彼の凄さを知っているので、私は安心して見つめることができる。



 ――そして最終日の夜、ついに企画書は完成したのだった。


 ゲームの企画タイトル

『デスパレート ウィザーズ』



 デスパレートとは『絶望的』、『崖っぷち』という意味で、同時に『相手に助けを求める』という意味もあるらしい。

 崖っぷちで共闘する魔法使いたちの物語。


 私たちはこの企画で反撃する。

 部長さんとの対決は目の前に迫っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔法陣のアイデア、駆け引きなど楽しめそうで凄くいいですね! [一言] 部長サイドとのコンペは短編と違うものになるのか、興味ありますね~。
2021/01/06 13:17 退会済み
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