らくらくボス戦
「にゃあ、ぜいたくお風呂すごくすごく楽しみにゃー」
「ええ、今日もじっくりゆっくり入りたいわね……」
「ふふ、もう今から胸が高まりますね」
頬を大いに緩ませるパウラたちに、俺は呆れた視線を送った。
まだボス戦も終わっていないのに、ちょっとばかり気が早すぎるような。
まあ、その気持ちは分からないでもないが。
「にゃあ、ほんとうに温かそうな湯気にゃー」
「またお肌がツルツルになっちゃうわね……」
「おーい、そろそろいいか? 作戦の説明するぞ」
といっても、作戦自体は一階と大きく変わるわけでもない。
取り巻き四体はパウラたちが担当して、ヨルたちがボスに専念するいつものやり方だ。
注意すべきは高熱を帯びたボススライムに、うかつに攻撃できないことくらいだろう。
ただしその点も、成長した二匹にはさしたる問題ではない。
一通り流れだけを説明して見回すと、俺が促すまでもなく戦闘を前にした皆の顔は別人のように引き締まっていた。
気合はもう十分に入っているようだ。
合図の代わりに大きく頷くと、黒い刃を構えたティニヤが噴水前に躍り出る。
「にゃあ、お風呂のお邪魔どもめ、かかってくるにゃ!」
気合の抜けた掛け声に、赤スライムたちがいっせいに動き出した。
身を弾ませたかと思うと、燃え上がる体で次々と少女に<体当たり>を仕掛ける。
が、踊るようなティニヤの身のこなしに、掠めることさえできない。
床を跳ね回る赤い火球たちと、それを鮮やかに躱し続ける少女。
同じレベル帯とは思えないほどに、圧倒的に速さが違う。
つい見入ってしまった俺を横目に、パウラたちは着々と仕事をこなしていた。
まず一体が、青いスライムに挟まれて破裂した。
その横ではノエミさんの尻尾に魅了された一体が、<従属>され配下に加わる。
さらに三体目も青スライムに押し潰され、残った一体もほどなく使役魔となった。
視線を奥に向けると、そちらもすでに終わりかけであった。
空中を飛び回るのは、獣っ子を抱きかかえた鳥っ子だ。
背中の翅を羽ばたかせたクウに、なんとか高温の体をぶつけようとする巨大な赤スライム。
しかし大振りな攻撃ゆえ、小刻みに動き回る鳥っ子には全く当たる気配はない。
前までは両手の羽を使って飛んでいたクウだが、背中に新たに生えた女王蜂の翅のおかげで二種類の飛び方が可能となっていた。
急な方向転換や、空中浮揚を楽々こなせる虫の翅。
速度を一気に上げたり、風を捉え長距離を飛ぶのに向いている鳥の羽。
さらにその二つを併用し、より高速かつトリッキーに動くことまで。
ただし両方を一度に使うのは疲れるらしく、そっちは短時間しか使用できないが。
「くー!」
元気よく背中の翅で飛び回るクウに、しっかり抱っこしてもらうヨル。
こちらも以前とは様変わりしていた。
その黄色い縞模様が加わったお尻から吹き出すのは、紫色の毒々しい霧だ。
前まではヨルの決め手と言えば、<しっぽ>を使った猛毒攻撃であった。
それが女王蜂の体を食べたことで、毒の出し方も弟と同じく種類が増えたのだ。
毒霧は体内に直接しっぽで撃ち込むより、効きにくい欠点はある。
だが対象に接近する必要もなく、また広範囲にばらまくことも可能だ。
それに何より尻尾が人目に触れないのが、ヨルには嬉しいことらしい。
ま、今回は直に触れると火傷するので、上手く噛み合っているしな。
自在に飛び回る翅と、攻撃の要となる翼。
強力な<しっぽ>と、範囲攻撃と化した毒霧。
ともに二つの選択肢ができたことで、二匹の動きは強大なボスさえも圧倒できるようになっていた。
それにレベルアップで体力と魔力が初期より大幅に上がって、特技を放てる回数も増えたしな。
「おかくごー!」
毒霧を浴びたボススライムだが、その体皮がじょじょに赤から紫へ変色し動きも鈍くなっていく。
そして俺たちが見守る中、体を揺すりながらとうとう静かになる。
同時に持ち上がりだす鉄格子に、二匹は誇らしげに勝利の声を上げた。
「うちとったりー!」
「くー!」
その様子に、ティニヤたちも嬉しそうに声を重ねる。
「やったー! これでお風呂入りたい放題にゃー」
「お疲れ様でした。今日も髪を洗おうかしら……」
「いやいや、まだだからな。今日はちゃんと十二階へ行くぞ!」
「そんにゃー!」




