十一階へ
村の警備体制や地下迷宮の探索担当などもしっかりと決まり、村全体が事業計画に基づいて動き出して二日後。
ハンスさんの馬車は、大量の商品を積み込んで王都へと出発した。
ノエミさんはずいぶんと名残惜しそうにしていたが、こっちでやるべき仕事が多すぎるため同行は諦めてくれたようだ。
その代わりなのか、とても分厚い手紙を渡していたが。
ティニヤのほうはすっかり村の生活が気に入ったのか、王都に戻る気はみじんも見せず逆にお土産をちゃっかり頼んでいた。
もちろん俺たちも、いろいろと注文済みだ。
そして今日から久々に、迷宮探索の再開である。
「よし、気を引き締めて頑張るか!」
「はい、あなた様」
「心得ました、ニーノ様」
「よろしくやってやるにゃ」
「よしなにー!」
「くー!」
探索班の構成は定番の俺とパウラに、ヨルとクウと青スライムのスーとラー。
それと新戦力として魔物使いのノエミさんと斥候士のティニヤ。
いつもならここに元気なミアの返事も加わるところなのだが、残念ながら今回は欠席である。
理由は当分の間、ひたすら魔法書で勉強するため、参加する時間がないせいだ。
魔術士のレベルも25まで上がり村一番の魔術の使い手となったミアだが、そこからさらに上を目指すなら魔法陣を使った魔法を覚える必要がある。
そのために王都で仕入れてきてもらった魔法書を、じっくり読んで理解中というわけだ。
ゲームだと魔法書を使ったら一瞬で覚えていたが、現実化したこの世界だとそうそう甘くはないらしい。
まあ魔法専門の家庭教師や魔法学校まであるくらいだし、ページ開いたくらいで魔法陣を覚えられるわけもないか。
ただ感覚的に使っていた魔術が、魔素の流れをしっかりと把握した魔法陣を通すことでより強大な威力になるのは大歓迎である。
ミアも積極的らしいので、離れてしまうのは寂しいが立派な魔法士となってほしいものだ。
魔法書も一冊金貨五枚と、そこそこ高価だったしな。
同様に村長の奥さんのカリーナさんも、高度な治癒魔法を白き法の書で習得中である。
これも形になれば、きっと秘薬以上の活躍を見せてくれるはずだ。
その他のメンバーだが、村長は麦の種まきに専念するため、しばらくは畑に通い詰め。
エタンさんは八階の拠点作りや、青年団や弓士隊を率いて十階までの魔物狩り。
ヘイモは根を詰めて売り物の白照石の照明台作りをしたため、今日はぐっすり熟睡中だ。
それに九階での鍛冶場作りも、まだまだだしな。
そんなわけで新メンバーを加えた四人と四匹で、地下迷宮前に到着したのだが――。
「にゃー、飛ぶの苦手にゃ。耳がムズムズするにゃ」
「まだ慣れてないの? もう何度目よ」
「うちはノエミ姐さんと違って繊細なのにゃ。図太い人が羨ましいにゃ」
「そんなこと面と向かって言える時点で、あなたも相当図太いわよ」
体を別空間に持っていかれるあの独特の感覚は、敏感な人間ほど違和感が強いらしい。
特に獣人種であるティニヤには厳しいようだ。
入口の前で中を覗き込んでは、後ずさりするティニヤ。
そこへ勢いをつけたクウとヨルが、猫耳娘のお尻に体当りして中へ無理やり押し込む。
「しゅつじんー!」
「くー!」
「なにするにゃー!」
ここ数日ですっかり仲良くなったようだ。
頷きあった俺たちも、ぞろぞろと後に続いた。
月初めからの今日までの五日間は主に話し合いをしたり、ハンスさんや新メンバーの二人のレベル上げが中心で、本格的な探索はほとんど進んでない。
一応、十一階は突破できているので、今日は十二階の踏破が目標である。
もっとも女性陣たちの狙いは、十一階のとある場所に絞られているようだが。
鉄格子の向こうから聞こえてくる物騒な翅音は無視して、下り階段へと向かう。
新たな深層で俺たちを迎えたのは、見慣れた石造りの通路だった。
「にゃあ、初めて入った日を思い出すにゃ」
「ええ、本当にそっくりね」
新人二人の感想に、俺とパウラも無言でうなずく。
十一階の見た目は一階とそっくり同じで、違いを見つけるほうが困難である。
ただし一目で分かる部分もあった。
進んだ通路の先。
そこに居たのは、ふにふにと体を揺らしながら佇むバスケットボール大の楕円球だった。
魔物も一緒かよと突っ込みがありそうだが、ちょっと待ってほしい。
同じスライムながらも、一階と十一階では大きな差異が存在するのだ。
なんと今度のスライムは赤いのである。
真っ赤な体皮を持つスライムは、侵入者に気づいたのか体を柔らかく弾ませた。
とたんにその丸みを帯びた体から、めらめらと熱気が生じる。
<炎身>という炎をまとう特技だ。
うかつに触れると、火傷間違いなしの厄介な技である。
もっともこっちには、それに対抗できる二匹がいるけどな。
「お行きなさい、スー、ラー。<凍身>です!」
鞭がしなる音と同時に、頼もしい味方である青スライムたちが躍り出る。
体の芯まで凍らせた塊と、燃え上がる熱の塊が激しくぶつかり合う。
炎と氷なら互角のようだが、そこはレベル差と数の差が物を言ったようだ。
二匹に押し込まれた赤スライムは風船のように弾け飛んで、ベチャリと床に落下した。
後は触って回収するだけだ。
拾得アイテムは赤魔石に赤スライムの皮、それと赤スライムの体液。
青いのと違い赤い皮は伸び縮みはあまりしないが、その分保温性に優れている。
そのため熱を逃さずに持ち運ぶのに向いているようだ。
具体的な使い方は、ぱっとすぐに浮かばないけどな。
それと赤い体液。
これが優秀な燃焼加速剤になるのだ。
ヘイモにその効果を見せたところ、驚きのあまりプンスカ怒っていた。
「うん、いい感じだな。この調子でさくさく進みますか」
「はい、早く行きましょう、あなた様」
「ええ、楽しみですね、お嬢様」
やる気を見せる部分での齟齬が若干あるようだが、出だしとしては好調である。
俺たちは、さらなる奥へと足を踏み出した。




