第二回事業会議 その一
「まずは前回の決算からですね。ハンスさんいいでしょうか?」
「はい、では売上ですが――」
酒場の一角で行われようとしているのは、三月期の地下迷宮と村の運営方針を決める話し合いだ。
出席者は当然、村側の代表である村長とウーテさん。
行商人として物資の搬入と、商材の現金化を一手に引き受けるハンスさん。
王都の事情に詳しいノエミさん。
そして迷宮を取り仕切る俺とパウラだ。
立場的なもので考えると、人事部部長の村長に経理部部長のウーテさん。
営業部部長のハンスさんに、アドバイザーのノエミさん。
開発部部長の俺と、副部長のパウラといったところか。
一応、会議の進行役は俺が務めている。
村長の奥さんで雑務を引き受けてくれる総務部部長のカリーナさんや、製造部部長の鍛冶屋のヘイモは仕事が忙しくて不在である。
エタンさんやミアもやることが増えて、同様に欠席だ。
新戦力のティニヤは、外でヨルやクウ、村の子どもたちとかくれんぼに夢中であった。
「――と、こんなところですね」
「ありがとうございます。思った以上に儲かりましたね」
「いや、儲かりすぎですよ、ニーノ様……」
「ああ、感覚が麻痺しちまうね……」
白照石の照明台六個を売り払った収入は、金貨三百枚。
それと翡翠油が二樽で銀貨四十枚なので、金貨換算で一枚。
合わせると、前の世界の基準で三千六百万円相当である。
事前に決めていた分配で三割をハンスさんとウーテさんに、二割は村で、残りは俺とパウラの分である。
もっとも俺たちの取り分はほぼ会社経営の資金となり、設備投資に回される予定だが。
金貨九十枚の収入を得たハンスさんだが、早速自家用車である幌付きの立派な馬車を金貨七十枚で購入したらしい。
残りは酒場で販売する娯楽品や雑貨の仕入れになったようだ。
村の取り分である金貨六十枚は、社員の給与として村人に支給されることとなった。
配分に関しては、村長夫妻が決めてくれるらしい。
「……こんなにも、よろしかったのですか?」
「ええ、皆さんが頑張ってくれたおかげですから。それに、これでもっとやる気を出してほしいって下心も入ってますからね」
畑仕事もあるのに、毎日熱心にダンジョンにも来てくれているしな。
その見返りが大きいと、意欲もさらに湧いてくるだろうし。
ただここで注意すべきは、村の外ではお金は使用厳禁という点だ。
なんせ貧乏でならした辺境の村だ。
銀貨でさえもたまにしか見かけないのに、ピカピカの黄金色の輝きを出したらまず間違いなく疑われてしまう。
先日の怪しい二人組の訪問の件もあり、用心に越したことはない。
となると、使い途は村の酒場だけとなってしまうが、その点はウーテさんも抜かりはないようだ。
ちゃんとハンスさんに命じて、王都の甘いお菓子や高級な酒、化粧品や洒落た服に下着、アクセサリーと盛りだくさんな品揃えぶりである。
地下迷宮で頑張ると現金収入にもなり、様々な品を購入できる。
という流れが、これで定着してくれるとありがたい。
「まあ使い先は、うちにじゃんじゃん任せておくれ」
「出発前に注文取りもいたしますので、皆さまも何かありましたらぜひご要望をお寄せください」
ちゃっかりした姉弟である。
それとよくありがちな金銭的なトラブルが生じた親戚への援助なども、基本は禁止である。
どうしてもと言う場合は、村へ親戚ごと移住するよう勧める予定だ。
口が固そうな労働力は、あればあるだけ助かるからな。
俺たちの儲け分である金貨百五十枚だが、三十枚はすでに投資済みである。
頼んでいた薬品を入れるガラス瓶と材料で、治療薬等は当分安泰だろう。
パウラもようやく身の回りの品が増えて、一安心したようだ。
今日は一段と身だしなみが整っているように思える。
また購入してもらった書物も、すでに村長やミアたちに渡し済みである。
これで近い内に、戦力の強化も期待できそうだ。
その他の品も、それぞれ必要となりそうな場所に支給しておいた。
こっちも近い内に成果を上げてくれるだろう。
「それじゃあ、ハンスさん。次回はこれでお願いしますね」
「はい、承りました」
次なる投資先として俺が選んだのは、人材の確保だ。
地下迷宮内に新たに設備をどんどん造っていきたいのだが、それに対する人手や働き手が現状不足している。
そこで王都の商人であるレオカディオさんに頼んで、現在口の固い職人を探してもらっている。
この金貨五十枚は、その人たちの移住用の支度金である。
職人たちは俺の部下となるので、毎日の給金なども俺が払っていく予定だ。
ちなみにノエミさんの給料は、月額金貨二枚だったりする。
「次に農業計画ですが、村のほうはどうですか?」
「はい、現在特に問題はございません。順調そのものですね」
秋蒔きの小麦は麦踏み作業を丁寧に繰り返したおかげか、無事にしっかりと根を張ったらしい。
後は雑草を取りつつ、四月の茎立ちを待つだけである。
それと三月に入ったので、夏の大麦もそろそろ蒔き時だ。
これも交代でやるらしいので、人手に関しては心配することはなさそうである。
「畑の拡張については、様子を見ながらですね」
「ええ、来年には監査が入りますからな」
新たに魔物使いのノエミさんが加わってくれたおかげで、現状は大ミミズを地上でも使役可能となっている。
石を噛み砕いて土を豪快に耕してくれる大ミミズたちは、開拓作業の強力な味方ではあるのだが、圃場をそうそう増やしにくい事情があった。
開拓村の無税期間は、五年間と決められているのだ。
別にちょっとした課税額程度なら、今の村の財政だと余裕で支払えるだろう。
だが、あまりにも耕作地が広すぎると、それはそれで怪しまれてしまう。
適度に増やしつつ、食料を確保していきたいところである。
それに三年後には、どのみち使用不可能となるしな。
「えーと、じゃあ次は地下迷宮内の畑ですが、そっちはどうですか?」
「こちらも特に問題はないと思われます。にんにくの育成具合も順調ですしね」
「それでは三月からは大麦に加えて、各種の野菜栽培もお願いします」
「はは、楽しみでたまりませんな」
「そうですな。私も頑張って選んできたかいがありますよ」
ハンスさんが購入してくれた野菜の種だが、ざっと見てもかなりの種類が揃っていた。
定番の白カブに紅人参、丸芋。お約束の鞘伸豆に白雛豆。
キャベツやレタスに、黒長大根といった変わり種まである。
「大麦の種籾もたっぷりございますし、ゴブリンさんたちにも手伝っていただけるようなので、滞りなくいけそうですよ」
「あとは、土作りが間に合ったかどうかですね」
毎日、せっせとコウモリの糞尿石の粉末や骨粉を撒いてきたが、まだ少々不安は残る。
それと今後は、追肥用の肥料も大量に必要となってくるだろう。
その辺りの不足も、なんとか解消していきたいところだ。
「引き続き、肥料になりそうな物を探していきますか。それと十階の開拓も並行で進める必要がありますね」
「そっちまでは、すぐに手が回りそうにないですな」
「では、当分は大ミミズたちに頑張ってもらいますか。四月中には形にしたいですね」
肉類は潤沢になりつつあるが、穀物と野菜類もこれで足りるようになるのが理想だ。
人口の増加を見越して、早め早めに手を打っていきたい。
それと羊乳などの加工も、専門の技術者がぜひ欲しい。
ま、その辺りは林檎酒なども含めて、次の議題で話し合うとしよう。
「それじゃあ次は、新しい商材についてですね」
三章もよろしくお願いします。
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