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探索を始める前に



「だんじょんと申されますと、地下迷宮のことでございますか? あなた様」

「うん、それそれ」


 このゲームが現実化した世界でも、ダンジョンはもちろん存在する。

 ただし冒険の舞台などではなく、大半の人間には危険な魔素溜まりという認識だ。

 俺の返答に、ミアの顔色が一瞬で青ざめた。

 

「それってたいへんじゃん! はやく、みんなに知らせないと!」

「大丈夫、落ち着け。そりゃ危険だが、中に入らなきゃ問題はないよ」

「えっ、そうなの!?」

「我が帝国でも、地下迷宮は魔導兵団や近衛兵の鍛錬場となっておりますね」

 

 高い濃度の魔素が充満する地下迷宮は、凶悪な魔物が徘徊しているが珍しい植物や鉱石を産出する場所でもある。

 そのため腕に自慢のある傭兵や騎士たちが徒党を組んで挑み、一攫千金を狙う場でもあった。


「なーんだ。じゃあ安心なんだ」


 大げさに胸をなでおろすミアを横目に、俺は本当にダンジョンがあった事実に感動を覚えていた。


 龍玉の宮殿。

 ドラクロ2の隠しダンジョンで、出現させる条件は主人公の錬成術士のレベルが45以上でオイゲンじいさんに川の話を聞くことである。

 レベル的に本来ならもっと終盤にしか入ることができないはずだが、俺には十年分の蓄積があったため条件を満たせたというわけだ。

 

 クリア後も楽しめるようにやりこみ要素がぶち込まれたおかげか、その階層はなんと地下百階である。

 下に行けば行くほど強敵が出現するが、上手くいけば強力な魔法やアイテム、仲間モンスターなどが入手でき、ラスボス前にマラソン必須のダンジョンであった。


 深い層のユニークモンスターのドロップ品や、条件を満たすと出てくる宝箱目当てに俺も数え切れないくらい潜ったものだ。

 特に七十階以降は何かとシビアで、さんざんやり直しさせられた思い出も懐かしい。


 と、回想にゆっくり浸ってる場合じゃないな。

 時間も掛かるだろうし急ぐべきか。


「よし、行くか」

「はい、あなた様」

「いざまいるー!」

「くー!」

「うん? センセ、村アッチだよ」


 てくてくと横穴に向けて歩き出した俺たちに、ミアが不思議そうに首を傾げる。


「ちゃんと中身も確認しとこうと思ってな」

「いやいや、今、入ると危ないっていったばっかじゃん!」

「まあ、一階はそんなに魔物も強くないし大丈夫だろ」


 俺もそれほど無謀ではない。

 ちゃんと勝算があっての行動だ。


 洞窟を覗き込むと、真っ黒な闇に覆われており中は全く見通せない。

 一応、白照石のランタンを取り出してみたが、暗闇はそのままだったので入り口の仕様なのだろう。

 あまりにも不気味なその様子に、おずおずとついてきたミアが俺の服の袖を強く引っ張ってくる。


「ねー、ほんき? やめよーよ、センセ。ホント、ヤバそうだよ。パウさまもなんか言ってよ!」

「わたくし地下迷宮は初めてですので、胸が高鳴りますね」

「そんなドキドキ体験いらないってー。もー、チビちゃんもほら!」

「しゅつじんー!」

「くーくー」

「うわっ、やる気すっごい!」

 

 本気で心配してくれるミアに、俺はこぼれそうな笑みを我慢して言付けを頼む。


「先に戻って村長たちに連絡しといてくれるか。もし、俺たちが半日経っても戻らなかったら、この穴には誰も近寄らないよう伝言も頼む」

「えっ、えっ?」

「よーし、入るぞ」


 ランタンを掲げて入り口をくぐった瞬間、周りの空間ごと歪んだような奇妙な感覚に襲われる。

 同時に足元から、固い感触が伝わってきた。


「おお、すごいな!」


 いつのまにか眼前に広がっていたのは、整然と積み上げられた四角い石たちだった。

 左右の壁や天井、床までもくまなく覆われている。

 石造りの通路はまっすぐ奥へと続いていくが、天井のところどころに光る石があり視界に不自由はない。


 まさしく、まごうことなき立派なダンジョンである。

 まあゲームでは見下ろし型のステージだったが、さすがにそのままでは無理があるしな。


「誰が造ったんだとか突っ込むのは野暮か」

「意外とひんやりしておりますね」

「わわわっ、どうなってんの? 穴の中に入ったんじゃないの!?」

「え?」


 予想外の声に慌てて振り向くと、そこに立っていたのは俺の袖を掴んだままのミアだった。

 思いっきり怖がっているようだが、懸命に通路を見回して状況を把握しようとしている。


「なんでついてきたんだ?」

「だっ、だって、ほっとけないし!」


 足を震わせながらも真剣な目で言われると、こちらも足手まといだとは言い返しにくい。

 無理やり外に出してもまた入ってきそうだし、それなら俺の後ろに立たしておいたほうがまだマシか。


「仕方ないな。ここは危険だから、余計なことはするなよ。あと俺たちのそばからも離れるな。分かったか?」

「わっ、わかんない」

「いや、分かれよ!」

「だって、何が余計とか知らないし!」

「あなた様、ミア、落ち着いてください。ほら、大きく息を吸って」


 パウラの言葉に、俺はゆっくり深呼吸しながら気持ちを静める。

 どうやら初めてのダンジョンで、思った以上に緊張していたようだ。


「すまん。えーと、俺たちの後ろに居れば安全だ。これだけ覚えといてくれ」

「…………うん」


 大人しく首を縦に振ってくれたので、俺はようやく肩の力を抜いた。

 そしてもう一度、深く息をしながら、準備のために右上のコマンドメニューで仲間の欄を開く。

 一番上の俺は今さら見るまでもない。


 二番目の位置には、しっかりパウラの名前が並んでいる。


――――――――――――

名前:パウラ・アルヴァレス

種族:魔人種

職業:従魔士(レベル:8)

体力:6/6

魔力:36/36

物理攻撃力:10

物理防御力:6

魔法攻撃力:25

魔法防御力:10

素早さ:19

特技:<魔性魅了>、<下僕強化>、<魅惑>


装備:武器(黒革の鞭)、頭(旅人のローブ)、胴(旅人のローブ)、両手(黒革の手袋)、両足(黒革の長靴)

――――――――――――


 そういえばドラクロ2の職業は、基本的になんとか士というネーミングだった。

 だから魔物使いは従魔士と言う名称になるのだが、面倒なので呼ぶ時は魔物使いでいいか。

 世間様でも魔物使いって呼び方しか知られてないしな。


 あと<魔性魅了>と<下僕強化>は勝手に発揮される能力っぽいもので、<魅惑>は自分の意志で使うことができる感じだ。

 そういえばパウラをやたら色っぽく感じるのは、この<魔性魅了>のせいか……。


 で、数値のほうだが、一見心もとなく見える。

 だがドラクロ2のステータス値は、体力や魔力も含め上限が三桁なのだ。

 さらに人間型ユニットは高レベル以外は二桁が基本なので、パウラはこれでも結構、いい数値だったりする。


 分かっている範囲で調べたステータスの意味と数字だが、まず体力はそのままスタミナ的な意味ではなかった。

 なぜならどんなに疲れていても、全く変動しなかったからだ。


 しかし試しにナイフで腕を深めに切ってみたところ、数字が1減少したのが確認できた。

 これはまだ憶測に過ぎないが、おそらく攻撃に耐えられる回数を数値化したものではないだろうか。

 そして最終的に体力が0になると、致命傷を負って死に至るというわけだ。 


 逆に魔力はそのままの意味合いで、一日に使用できる魔力の量を示している。

 魔力は使い切っても特に体調の変化はないが、長い休息を取らないと回復することはない。

 俺は特技で魔力の自動回復がついているので、かなり使い放題だったりするが。


 その下の項目はだいたい文字通りである。

 ただパウラや魔物っ子たちを見比べたところ、攻撃力や素早さの値が二倍以上あっても、実際に倍以上の差がついているといったわけではないようだ。

 これもおそらくだが、相対的な意味合いではないかと思える。


 素早さが5の相手に対しこっちの素早さが10だと、二倍速く動けるのではなく確実に先手を取れる確率が二倍近いという考えだ。

 同様に攻撃を防御が上回っていれば、傷を負わせられる確率も上がる。

 結果、その数値の差が大きければ、確実にかつ大きな損傷を与えることができるというわけである。

 まあそういう目安っぽいので、過信しないよう気をつけよう。

 

 それとゲーム中では表記されなかったが、各種耐性という影響力の大きな隠しパラメータもあったな。

 こっちの現実化した世界でも重要かもしれなし、心の隅に留めておくか。

  

 で、パウラの場合、魔人種の補正もあって、魔力と魔法攻撃力の抜き出た高さが目立つ。

 これは魔物使いが魔術士の一種だからだ。

 当然、特技も魔術扱いのため、その二つが高いのは非常に有利である。


 ただその反面、物理防御力の低さが目立つ。

 ま、そこは俺の出番だな。

 あらかじめレシピ登録用に作っておいた防御強化薬を取り出す。


 等級は下級だが、物理防御力を固定で20上げてくれるので序盤では頼りになる薬品だ。

 ただ体表面をやや硬化させるためか、物理攻撃力と素早さが2下降してしまうが。

 

「いつもより動きにくいかもしれないが我慢してくれ」

「お心遣いありがとうございます」


 飲み終えた薬瓶は即座に回収する。

 携帯用の薄く丈夫な加工ガラス製なのだが、高価過ぎてあまり数を持ち出せなかったのだ。


 続いて三番目、獣っ子の確認だ。


――――――――――――

名前:ヨル

種族:魴コ(謫ャ諷倶クュ)

職業:従魔(レベル:1)

体力:3/3

魔力:2/2

物理攻撃力:2(+1)

物理防御力:2(+1)

魔法攻撃力:2(+1)

魔法防御力:2(+1)

素早さ:2(+1)

特技:<たべる>


装備:武器(なし)、頭(なし)、胴(なし)、両手(なし)、両足(なし)

――――――――――――


 名前はヨルと言うらしい。

 由来をパウラに尋ねてみたら、生まれたての時に俺が「寄るな」と叫んだせいではとのことだ。

 確かに焦って口走った記憶はあるが、それが名前でいいのか……?


 種族は文字がおかしくなって読み取れない。

 言葉を喋ったり魔物らしからぬ見た目だったりと正体不明の生き物だったが、ここも規格外だったようだ。

 

 で、肝心の数値に関してだが、体力がほんのちょっぴり高い以外、見事な横並びである。

 特技の<たべる>は、見覚えがないのでよく分からない。そもそも特技なのか?

 それと括弧内のプラスされている数字は、パウラの特技の<下僕強化>の効果だろう。

  

 とりあえず近接攻撃タイプと考えて、攻撃力と防御力、あと体力も上げておくか。


「おーい、ヨル」

「およびー!」


 通路をチョロチョロしていた獣っ子が一目散に駆け寄ってきたので、抱き上げて薬を一つずつ飲ませる。

 下級の攻撃強化薬の効能は、物理攻撃力と素早さが固定値で10上昇、物理防御力が3下降だ。

 防御強化薬と併用すると、物理攻撃力11、物理防御力20、素早さは11となった。

 さらに 体力増幅薬も下級だが体力が20増えるので、これで少しくらいの怪我も丈夫だろう。


 次は四番目、鳥っ子だ。


――――――――――――

名前:クウ

種族:魴シ(謫ャ諷倶クュ)

職業:従魔(レベル:1)

体力:2/2

魔力:3/3

物理攻撃力:2(+1)

物理防御力:2(+1)

魔法攻撃力:2(+1)

魔法防御力:2(+1)

素早さ:2(+1)

特技:<たべる>


装備:武器(なし)、頭(なし)、胴(なし)、両手(なし)、両足(なし)

――――――――――――


 こっちの名前はクウ。

 同じく「食うな」と叫んだのが名前になったらしい。

 だがくーくーとよく鳴いているので、案外お似合いだとは思う。


 ヨルと同じくレベル1で種族名は不明。

 一応、性別はパウラが言うには、ヨルが女の子で、クウが男の子らしい。

 

 姉のヨルと比べると、弟のクウは体力と魔力の数値が逆転している以外、変化はない。

 うーん、中衛か後衛的な立ち位置だろうか。

 戦い方がよく分からないので、この子も攻撃と防御、あと体力も上げておくか。


「おーい、クウ」

「くー!」


 パタパタと低空を飛び回っていた鳥っ子は、俺の声にすぐ反応して近寄ってくる。

 薬瓶を手渡すと、両手で器用に持ってコクコクと飲み干してしまった。

 攻撃強化薬と防御強化薬のおかげで、こっちも姉と同じ数値になる。

 体力も22と、俺とほぼ変わらない。


「よし、これで準備万端だ……な……んだと?」


 コマンドメニューを閉じかけた俺だが、寸前である変化に気づく。

 なんと仲間の一覧に、五番目が居たのだ。


「いつのまに仲間になったんだ? ミア」

「うん? あたしらもうダチでしょ。ねー」

「じっこんー」

「くぅー」

「気安いな、おい」


 急いでミアのステータスを確認する。


――――――――――――

名前:ミア

種族:汎人種

職業:魔術士(レベル:1)

体力:1/1

魔力:2/3

物理攻撃力:1

物理防御力:4

魔法攻撃力:2

魔法防御力:2

素早さ:1

特技:<三属適合>、<魔耗軽減>、<火弾>


装備:武器(なし)、頭(白い頭巾)、胴(村人の服)、両手(なし)、両足(革の短靴)

――――――――――――


「これは凄いな……」


 そういや魔力を使って、白照石のランタンを灯していたな。

 だったら、職業が魔術士でもおかしくはないのか。

 しかし三属性に適合してたり、俺と同じ消費魔力を軽減する<魔耗軽減>まで持っているのはめちゃくちゃ驚きだ。


「<火弾>ってあるけど、お前、普通の魔術も使えたのか?」

「うん、あたし? あー、かまどに火、点ける時に使うやつ? けっこう便利だよー」


 そう言いながらミアが、指をパチンと鳴らすと小さな火が爪の先から生まれる。

 なるほど日々の生活でなら、使い勝手はよさそうである。


 基本的に魔力が少なく加護もない汎人種は、魔術士には向いていないと言われている。

 魔術を習得するには、ひたすら体内の魔素を操って放出する行為を反復するしかない。

 ただし、それには多くの魔力を必要とする。

 さらに苦労して覚えたところで、魔法攻撃力が高くなければ、今のように火打ち石の代用にしかならないからだ。


 確かにちっぽけな火を生み出す程度では、魔術士としては使い物にならないと言える。

 …………ただしそのままでは、と注釈がつくが。


「そうだな。どうせなら、一回くらい派手に魔法を撃ってみたくないか?」

「えー、ムリだよー。だってこれでも三回で打ち止めだし」

「そこら辺は俺に任せてくれ」


 素早く錬成した俺は、薬瓶を二つ取り出す。

 一つ目は魔力増幅薬。下級だが、これで一時間は魔力が20増加する。


 そしてもう一つは、魔攻強化薬。

 魔法攻撃力を固定で20上昇させるが、力が抜けやすくなるため物理攻撃力と物理防御力が2下降してしまう。

 もっとも前に出なければ、そう心配はないはずだ。


「うへー、なんかマズい。もっと、おいしいのないの?」

「味は諦めてくれ。あと、これもだ」


 最後に体力増幅薬も渡しておく。

 今のままじゃ、魔物に一回殴られただけでも致命傷だしな。


「よーし、やっと準備が全部、整ったな。薬の効果は一時間だし、がんばって調査するぞ」

「はい、尽力いたしますね」

「いざまいるー!」

「くー!」

「なんかわかんないけど、アゲていこー!」


 そんなわけで、俺たちはようやく出発にいたったというわけである。

 ま、下準備は大切だからな。 



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[一言] 〇エが化けた姿だから夜と空なのね
[気になる点] >「<火弾>ってあるけど、お前、普通の魔術も使えたのか?」 >「うん、あたし? あー、かまどに火、点ける時に使うやつ? けっこう便利だよー」 先にミアがニーノの目の前でやって見せたわ…
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