驚きの地下探訪 後編
「そろそろ出発するみたいですね。それでは私たちも行きましょか」
「地上に戻る……んじゃないですよね。はい、分かってました」
「二人とも、がんばってにゃー」
「当然、あなたも一緒に決まってるでしょ」
「にゃぁ、うちはいまお腹いっぱいで動けないにゃー」
昼食を終えてくつろいでいた一行だが、どうやらまたも地下深くへ進むようだ。
もうこれ以上の驚きは遠慮したいと思うノエミだが、ここに置いていかれるのはもっと遠慮したいためしぶしぶと立ち上がる。
「ほら、行くわよって、あなたそれ!」
「このふかふか枕とふわふわ布団はさいきょーなのにゃ……むにゃむにゃ」
「まんぷくー」
「くぅくぅ」
寝そべった猫耳の少女の頭の下。
そこに下敷きとなっていたのは、黒と黄色の縞模様の毛玉であった。
さらに小脇に抱えられているのは、虫そっくりな翅が生えた羽玉だ。
二匹ともなぜか穏やかな表情で少女にくっついたまま、すやすやと眠りについている。
恐ろしい魔獣を勝手に寝具にしていたティニヤの姿に、ノエミの顔から一瞬で血の気が引いた。
「ど、どこから持ってきたのよ! は、早く返してきなさい!」
「にゃあー、うちのまくらーとおふとんー、返すにゃー」
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。ノエミさん、ヨルさんとクウさんは私がお預かりしますよ。ティニヤさん、先ほどのスープはいかがでしたか?」
「にゃあ、あやうく落ちたほっぺた代請求するところだったにゃ」
「次の階には、あのお肉を落とす魔物が出ますよ。また食べられるかもしれませんね」
「それもっと早く言うにゃ! さっさと出発するのにゃ!」
飛び起きた獣人種の少女の姿に、魔人種の女性は何も言わず首を横に振った。
喜び勇んで六階へ進んだティニヤと、恐る恐る階段を下りたノエミだが、そこに広がる光景にお約束のように驚きの声を上げる。
「にゃにゃにゃ! お水が一杯にゃ! 騙されたにゃ!」
「すごい……、こんな地下深くに、これほどの水量が……」
「これ全部、塩水なんですよ」
「え、ではここでもしかして塩も?」
「にゃにゃ! なんか変なのが出てきたにゃ! 手がハサミになってて不便そうにゃ!」
「あなた、蟹も見たことないの……?」
美人二人の参加に張り切った青年たちの活躍で、大蟹と大亀は次々と仕留められた。
続いての七階。
「ここからは私も初めてなんです。緊張してきますね」
「にゃにゃにゃ! なんか影だけにゃ! 切れるか試してみるにゃ、てい! にゃあ、目が見えないにゃー!」
「その割には平気そうね」
「匂いで分かるから安心にゃ。にゃあ、今度は骨だけにゃ! 切れるか試してみるにゃ、とい! こいつは弱いにゃ。雑魚にゃ」
「こんな地下に誰がどんな目的で、この塔を造ったんでしょうかね」
六本腕のボススケルトンに舐めてかかったティニヤがふっ飛ばされてコロコロ転がる事件があったものの、特に怪我もなく一行は八階へと進む。
「にゃお! ここは森なのかにゃ? 天井が高すぎるにゃ!」
「す、すごい……、こ、こんな地下深くに、これほどの大木が……」
「ええ、本当に驚きますね……。おや、あそこに煙が」
「これは炭を焼いているのかしら? ……なに、あれ?」
「にゃにゃにゃ! おっきなトンボにゃ! なんか枝切ってるにゃ! すごいにゃ!」
「噂の剣尾トンボですね。こちらの大きいのは枝角鹿ですか」
「にゃぁ、ちっちゃいのが一杯のってるにゃ。ウチものりたいにゃ」
「ひ、羊まで居るの? ここどうなっているのよ……」
樹上に造られた立派な小屋たちに驚いたり、乳搾りに参加してみたりと、大木の回廊の眺めをたっぷり満喫したノエミらは次の階へと下り立った。
「なんかあの大きな狼、仲間が来てくれなくて寂しそうだったにゃ」
「お次は……、鉱山かしら」
「お前ら、見ろ見ろ。どうでい、オレ様の新しい工房は?」
得意げに胸を張る小熊のような獣人種の男性だが、その背後にあったのは造りかけの大きなかまどであった。
周囲ではゴブリンたちが、せっせと石を運んできている。
「こんなところに造るんですか?」
「ここは鉱石がたっぷり採れそうだしな。入り口のここなら魔物も来やしねえし安全だぜ」
「にゃあ、頭おかしいにゃ」
「なんだと、この猫耳! お前には言われたくねえよ!」
熊耳に言われるのも、どうかと思ったノエミだった。
気持ち悪い真っ黒な団子虫や頭だけネズミの裸人にわーにゃーと騒ぎながら、ノエミたちは無事に十階へと到達する。
そしてこれ以上ないほど、二人は目を見開いた。
「にゃにゃにゃー! 外に出たにゃ! ふしぎにゃ!」
「あれ? 下階段でしたよね。え? なんで?」
「ほう、なんとも素晴らしい眺めですな」
そのまま崖の羊を狩ったり中央の湖でトンボが飛ぶさまを眺めたりと、時間はまたたく間に過ぎ去る。
そして日が沈みかけたころ、楽しい見学の時間は唐突に終わりを告げた。
「にゃにゃにゃ! あの二人楽しそうにゃ! うちもやってみたいにゃ! にゃ、なんか来たにゃ!」
「何? 蛾? え、蜂? えええ?」
「皆さん、今のうちにあの洞窟へ! 急いでください」
「にゃ、うちの本能があの中はめちゃくちゃ危険だと言ってるにゃ!」
「外もめちゃくちゃ危険でしょ! ほら、早く入って!」
「にゃあー! なんかものすごく大きな蜂が居るにゃ! 刺されたらきっとノエミ姐さんのおっぱいなみにはれるにゃ!」
「う、うるさいわね。ハンスさん、その大丈夫なんですか?」
「ええ、あれを倒すのは二回目だそうですよ」
おそらく、その言葉に偽りはないのだろう。
ここに来るまでに、ノエミは村人たちの戦いぶりを間近でつぶさに見てきたのだ。
恐ろしい威力の火球を何十発も撃ち込んで、平然としている少女。
老齢ながら見事な剣さばきを披露し、なおかつ治癒術まで使いこなす鬼人種の男性。
魔物使いでもないのに妖精を手足のように使い、自在に矢を射る樹人種の乙女。
小柄ながらもその闘志溢れる姿で、鉄鉾を豪快に振り回す獣人種の男性。
それだけではない。
大きな盾で魔物の攻撃をことごとく受け流す青年たちや、高威力の魔術を平然と使いこなす女性たち。
見事に息を揃えて矢を放つ訓練された弓士の一団。
これほどの戦力を、よくもまあ集めたものである。
さらにあの二匹の魔獣。
可愛らしい外見とは裏腹に、その爪の一振りで魔物の体はあっさり引き裂かれ、一蹴りすれば骨まで砕けてしまう。
あまりにも信じがたい強さだ。
そしてその魔獣たちを含め、十匹近い魔物を使役してみせるパウラ。
その上、それら全員を手足のように操る異常な魔力の男。
勝てないと思うほうが不思議である。
そこまで分かっていながらも、ノエミは隣の少女のつぶやきに思わず頷くしかなかった。
「あいつら、みんな頭おかしいにゃ。絶対どうかしてるにゃ」




